第8話 こんな俺でも共感できる感情
『も、もうちょっとだけ!』
と、そう言ったトトリに付き合う形で、さらに20分。イチノハラで散策してたんだけど、俺の判断は変わらなかった。
「う、うぅ……」
芝生の上。手足をついて項垂れるトトリに、俺はボスに挑むのをやめるよう、促す。
「トトリ。多分トトリって、自分が思ってる以上に運がいいと思う。だから、そこら辺のモンスター倒してドロップアイテム売る方が、絶対に効率良いって。これまでも、そうしてたんでしょ?」
「そ、それは、そうだけど~……」
やっぱりと言うか、なんと言うか。トトリは、基本的にモンスターを倒すのではなく採取……薬草を採取したり、鉱石を掘ったりして、お小遣いを稼いでいたらしかった。1時間粘ってようやく見つかるかどうかの滝鉄も、大体10分くらいツルハシを振れば出てきたのだという。
10分で、1万円。本人の話では1日、最高でも5個くらいが限度――俺は運営が設定した上限説を推す――らしいけど、それでも十分な額になるはずだ。わざわざ苦手な戦闘をする必要はない。そう言った俺に、トトリはなおも食い下がる。
「で、でも……」
「でも? なに?」
「な、なんか、モヤモヤする、から」
「いや、モヤモヤって……」
具体的にどうモヤモヤするのか聞いても、首を振って分からないと答えるトトリ。
「そ、それに……。わ、わたしでも頑張れるって、変われるって、見せたいから……」
「見せたいって言うと、トトリの配信見てる人に?」
芝の上に座り直したトトリが、俺を見上げて頷く。
そう。トトリは最近、アンリアルのプレイ動画をネットに配信し始めたらしい。さっきのメタルスライムとの戦いも、アンリアルの録画機能を使ってきちんと録画していて、あとで編集・公開する予定だそうだ。ファーストの町で待ち合わせた時に言っていた、トトリからのもう1つのお願い。それこそが、
『は、配信用の録画、していても良い……かな?』
だった。
アンリアルには、シナプス内部の内部メモリにプレイデータを保存して、PC・タブレットなどで編集できるような機能が備わっている。しかも、個人情報保護の観点から、録画者とそのパーティ以外のプレイヤーは基本的に見えないように処理される。
トトリとパーティを組んでいない俺との会話も音声だけになるため、まぁそれくらいなら良いと録画の許可を出していた。
この前、隠し通路に入ったのも、配信を少しでも面白いものにしようとトトリなりに頑張った結果だそうだった。まぁ、そのせいで滝鉄の鎧(時価250万円)を失うことになったんだけど……。
(でもなぁ……)
俺でも分かる。トトリは、どう見ても配信者向けの性格をしていない。口下手だし、ゲームの技術もド素人。キャラクターの見た目こそ完ぺきなまでに整ってるけど、そのあたりは配信者なら全員が整えるはず。その他大勢いる配信者との差別化には、ならないんじゃないかな。
「聞いて良いか分からないけど、チャンネル登録者数って……」
「あ、あはは……。き、聞かないで……」
めちゃくちゃ分かりやすく視線を逸らしたトトリ。その答えがまさに答えだと思うけど、そうだろうなって感じ。数十人か、ひょっとしたら一桁かもしれない。そう予想する俺の目の前で「でも」と、トトリは言う。
「そ、それでも……! 見てくれてる人が、居るから。ミャーちゃんが、見てるから……」
ミャーちゃん。ニオちゃんに続いて、また俺の知らない名前が出て来た。配信者とか? それとか、名前からしてペットの猫だったりしないよね? ミャーちゃんが誰かは知らないけど、トトリはその人が見ているから、頑張れるんだろう。俺にとってのウタ姉みたいな存在なのかな。
(意外と、頑固な人なんだな)
とりあえず、トトリに挑戦を諦める意思が無いことは分かった。だったら、気は進まないけど、隠しボスに関する情報とかを売ってあげるべきだと思う。それに何より、アンリアルは自由だ。俺がトトリのプレイに口を出すのも余計なお世話だろうし、ここからは情報を買いに来た客として、トトリと接することにしようかな。
「分かった。それじゃあ、予定通り、俺はあのボスの情報を売るから――」
「あっ!」
情報を売ってそれでトトリとの関係もお終い。そう思ってたんだけど。
「わ、分かった、よ? モヤモヤの、正体!」
「あー……、さっき言ってたやつ?」
わざわざボスを倒さなくても、持ち前の運を使って採取でお金を稼げばいい。そう言った俺に、トトリが使った言葉だ。
「うん、わ、わたし、ね。悔しかった……んだと思う」
たどたどしい口調ながらも、悔しいと、確かにそう言ったトトリ。
「あ、あのボスに負けたのが……。ううん、負けたまま、なのが、イヤ……なのかな?」
「いや、俺に聞かれても」
だけど、もし。もし、トトリが本当に、ボスに負けて悔しいとそう思っているのだとして。どうやったら倒せるのか。四六時中考えるようなことをしているのだとしたら。
「悔しい」というその気持ちは、他者への興味関心が薄いと言われる俺でも、共感できる数少ない感情なのかもしれない。
「せ、斥候さん! わたし、あのボスを倒したい。や、やられてばっかりじゃないって、証明したい。だ、だから……っ」
手伝って欲しい。そう、青い瞳で真っ直ぐに俺を見上げて頼み込んで来るトトリ。その表情にはさっきまでの気弱そうな雰囲気は無い。ただただ純粋にボスへのリベンジを願う、いちゲーマーであるように見えた。
同じゲーマーとして、そんなトトリにはボスを倒して、攻略と、ゲームの楽しさを知って欲しい。素直にそう思う。けど、現実問題、トトリのプレイヤースキルは絶望的だ。たとえどれだけ適切に情報を与えても、アドバイスをしても、それを実行できるだけの力が、トトリには無い。待っているのは「GAME OVER」の文字と、デスペナルティだけだ。
しかも厄介なことに、この人は……。
「ごめん、トトリ。一応確認なんだけど、あくまでもトトリ1人で、あのボスを倒すんだよね?」
「で、出来れば!」
出来ない、と。喉から出かかった言葉を飲み込む。俺がボスを攻撃して、最後にちょこっとトトリに手伝ってもらう。そんな介護プレイでは、トトリは満足しないらしい。それに多分、そんな配信、誰も見たがらない。ミャーちゃんとやらも、がっかりだろう。
じゃあ一から十までボス戦をトトリがやることになるんだけど、果たしてどれくらい練習すれば、ボスに挑めるくらいのプレイヤースキルを手に入れられるのか。
「トトリのアンリアルプレイ歴って、どれくらい?」
「え、えとえと、大体1年ちょっと……かな。レベルは41、あるよ?」
「まじか……」
つまり、最初期から居るユーザー。採取でもレベルは上がるし、これまでもレアモンスターに会ってたみたいだから、レベルだけはご立派だ。なんなら、俺以上……。なのに、本人がどんくさいから、プレイヤースキルは初心者以下という。
これらの情報全てが、トトリがアンリアルに……というよりフルダイブ型のゲームに向いていないことを証明している気がしてならない。
(でも、なぁ……)
これだけ必死になってボスに挑もうとするこの人の気持ちには、人として、応えてあげなきゃいけない気がする。
「だ、ダメ……?」
にゃむさんを膝にのせて、俺を見上げるトトリ。いま情報を渡しても、トトリはむざむざ死に行くだけ。かといって、情報を渡さないって言うのも忍びない。だから俺は、
「1週間だけ、考えさせて。一応、どうやったらトトリがボスを倒せるか、考えてみる」
問題を先送りにすることにした。
「ほ、ほんとに!?」
「考えるだけ、考えるだけだから! ……そんなに喜ばないで」
目に見えて表情を明るくしたトトリ。けど、今のところ、1週間程度でどうにかなる問題ではない可能性が高い。
(う~ん、どうしようか……)
何かいい手立てはないか。時間も惜しいし、さっそく考えることにした俺の横で。
「ふぃ、フィーちゃ~ん?」
「(ささっ)」
「わ、わたし、怖くないよ~?」
「(さささっ)」
フィーを構おうとするトトリと、トトリから必死に逃げるフィーが、俺を挟んでにらみ合っている。それを繰り返すこと、さらに2回。
「んーっ!」
ついにフィーが、俺の服の裾を強く引いて、帰りたい――データ化したい――と主張してくる。
「もうちょっと。もうちょっとで1時間経つから。その間だけ我慢して、フィー。今度また一緒にボスに行こ、ね?」
「……。……ん」
小さく頷いて、ぎゅっと腰に抱き着いてくる。そんなフィーの姿を恍惚とした表情で見ていたトトリは、ただ一言。
「……尊いっ」
地面にへたり込んだままそう言って、何かを噛みしめていた。




