第6話 俺の性癖が歪みそう
帰り道。AIが運転するバスの中、俺は小さくため息をこぼす。あの後、結局俺はトトリに協力することになった。もちろん、こちらが出すいくつかの条件を飲んでもらう形で。
まず1つは、最低限のプレイヤースキルがあるのかどうか。少なくとも、リアルとそん色なく動けるくらいじゃないと、ボスのソロ討伐は厳しいと思ってる。俺は人が死ぬところを見たいわけじゃない。個人的に無理だと判断したら、諦めて欲しいと言っておいた。
その1つ目の条件をクリアした後に、もう1つ。情報にはきちんとお金を払ってもらうこと。なぁなぁは、良くない。1つ妥協すると、他も妥協しないといけなくなる。それに、ちゃんとお金を払ってくれているSBさんを始めとする人たちに申し訳ない。
(多分こういうところをちゃんとしないと、信頼に傷がつくと思うし)
いや、もう、本当に。どうしてこうなったと、愚痴を言いたくなる。謎多きプレイヤーだったトトリがどんなプレイヤーなのか。それを気にしてしまって踏み込んでしまったのが、良くなかった? 結果的に1時間近く時間を無駄にしてしまったし、何ならこの後、アンリアルの中でも時間を無駄にすることになる。
(鳥取柑奈。関わるべき人じゃなかったなぁ……)
けど、俺がにゃむさん(ゲームの方)を連れて行ったことでトトリの集中力が途切れ、ボスの攻撃を食らった……と言われてしまって仕方ない。
(しかも、あの人。断るならフィーの情報をばらすとか言ってきたし)
俺がフィーのことを隠そうとしているのを、きちんと鳥取は理解して、脅してきた。本人曰く人間観察が趣味だそうで、俺がフィーを隠そうとしているところも見抜いたらしい。俺が『斥候』であることも、フィーに話しかける声色や、ゲームでの歩き方を始めとした、ちょっとした仕草から見抜いたと言うから驚きだ。
(すごいのか、すごくないのか……。それに、人を脅すとことか。気弱そうに見えて、マジで厄介な人だなぁ)
いや、まぁ、人目を気にせずストーキングしたり、たまたま見つけた(鳥取の本人談)隠しボスに単身で挑んだりする。そんな変な度胸は持ってるのか。でも、お金についてはきちんと理解を示してくれていたし、フィーの件で俺を強請ることも無かった。
(多分、悪い人じゃない……はず。頭のねじがぶっ飛んでるだけで)
早速、今日の夜10時にファーストの町の噴水広場で落ち合うことになっている。フィーへの説明とご機嫌取り。1時間程度とは言え、大好きなゲームで他人と行動しなければならないという不安。何より、またあの人と関わらないといけないのかという、面倒くささ。
どうしようもない憂鬱を抱えたまま帰宅すると、
「お帰り、コーくん。遅かったね」
ラフな部屋着姿で俺を出迎えてくれる、天使様が居た。ちょうど、ご飯を作ってくれてたんだと思う。愛用の深緑色のエプロンをして俺を出迎えてくれるその姿は……言うまでもないか。とりあえず、さっきまでの重たい気持ちは吹き飛んだ。可愛い義姉は万病に効くかもしれない。
「ただいま、ウタ姉。晩ごはん作り、手伝うよ」
「そう? ありがと。でも大事な制服が汚れたらダメだもん。先にお着替えしてきてね」
相変わらず家では完全にoffモードのウタ姉。子供をあやすような話し方は、しないで欲しいんだけどなぁ。俺が変な性癖に目覚めそうだから。
とりあえず、ウタ姉の言うことに従って、俺は2階にある自室で着替える。親が……正確には、ウタ姉の両親で、俺の叔父と叔母に当たる小鳥遊卓・詩音さん。2人が残してくれた2階建ての一軒家。間取りは4LDK。1階にリビングダイニングと、キッチンを始めとした水回り。2階にそれぞれの部屋がある。
都心部から距離はあるけど、電車で1本だし、近くに六花とか他の学校もある。個人的には、結構良い立地だと思う。両親を失って1人になった俺を迎えるにあたって、卓さん達が買った新築物件だった。当然、ローンも結構残っていて、卓さん達が残した遺産なんかはその返済に当てるってウタ姉は言ってた気がする。
(卓さんと、詩音さんの思い出が詰まった家だもんね……)
大切な家を守るために、俺もウタ姉も、お金を稼いでいると言ってもいい。もちろん、天国にいる卓さん達が心配しないように、学業に差支えのない範囲で、だけど。そうでなくても、学費が安い国公立の学校に行こうと思うと、それなりの学力を維持しないといけないって側面もあった。
「だから、本当は寄り道なんてしてる場合じゃないんだけど……」
暗い部屋で、俺はひとり溜息をつく。晩ごはんの後に控えている鳥取との約束を思い出すと、やっぱり気が重い。どうして、家族でもない他人のために時間を使わないといけないのか。
(いっそ、時給を払ってもらおうかな……?)
現在の最低賃金以上をトトリからせしめることも考えながら、着替えを終えた俺は部屋を出る。途端、漂ってくるのはご飯が炊ける良い匂い。それに、油の匂いがするから、今日は揚げ物かな。
「とんかつか、天ぷらか。唐揚げもあるか……」
階段を下りながら、揚げ物の正体を探る。弁当の時にも思ったことだけど、俺もそこそこ料理は出来る。俺が中学の頃は、ウタ姉がバイト、俺が料理+アンリアルというルーティンだった。疲れて帰ってくるウタ姉が喜んでくれるように、あれこれと腕を磨いていたあの頃が懐かしい。
(しかも、料理の腕と知識って長持ちするから良いよなぁ……)
現実では覚えた知識・技術が記憶や身体から飛んでいくことなんてザラだけど、家事は一度覚えておけば一生モノになる。こんなに効率の良いことはない。しかも、勉強よりもよっぽど実生活の役に立つ。ウタ姉も喜ぶ。家事、万歳。
なんてことを考えながらリビングダイニングに行ってみると、鼻歌を歌いながら上機嫌にキッチンに立つウタ姉の姿があった。髪を後ろでくくってエプロンを揺らすその姿だけで、胸いっぱい、お腹いっぱいになれる。もちろん、ご飯も食べるけど。
「お待たせ、ウタ姉。何か手伝う?」
「えっと、じゃあこれを運んでほしいのと、それから……」
女神さまからのありがたいお言葉を丁寧に遂行しながら、俺は晩ごはんの準備を手伝う。その後はもちろん、2人で食卓を囲んで、温かいご飯を食べる。食事中に行なわれるのは、互いの……というよりは主に俺がきちんとウタ姉からの課題をこなしているかどうかの確認だ。本日の振り返りとも言う。
「今日は体育があって、南雲が……あ、俺の左の席の眼鏡の人ね。で……」
「うんうん、それで?」
「そう言えば英語の授業の時、ケンスケが……」
「健介君。バスケ部の子だよね?」
別に面白いことを話しているわけでもないのに、それはもう嬉しそうに話を聞くウタ姉。そう言えば、卓さんも、詩音さんも、まるで俺の話がご飯のおかずと言わんばかりに俺の話を聞いてくれた。こうやって家族が喜んでくれるから、現実では俺も可能な限り、他人と接するようにしたんだっけ。いつからだったかな……?
「ウタ姉の方は? 大学、順調?」
「もちろん! 今週末、サークルの新歓コンパ行ってくるから、晩ごはん自分で食べてね」
「……ウタ姉みたいな人と新歓コンパって、結構ヤバい組み合わせに思えるの、俺だけ?」
包み隠さずに言えば、エロい。ウタ姉みたいなおっとりした人が、新歓コンパでヤバい奴の手にかかって、変えられる、みたいな話。ゲームの攻略サイトの広告で見た気がする。小鳥遊唄という存在と、そういう話の相性が(悪い方で)最高に良い気がするのって、俺だけ?
「ふふっ! やっぱりコーくん、思春期だ?」
クスクスと笑い飛ばすウタ姉と違って、俺は気が気ではない。大切な家族を待ち受けているかもしれない酒池肉林な未来に悶々《もんもん》とするあまり、わりとどうでも良い鳥取との約束なんてすっかり忘れていて――。




