第3話 ストーカーの居る新生活
新学期が始まって、早くも1週間が過ぎた。その間、例えばチャットアプリ『LinkS』でクラスのグループチャットの部屋が出来たり、それぞれ仲の良い友人と派閥? グループ? を作ったり、部活動の勧誘活動があったりした。でも、多分そのどれもが、一昔前から変わらない高校生活の一部だと思う。
ただ、俺にとって少し予想外だったのは、俺をストーキングするくらい気にかけてくれる生徒が居たことくらい。
(今日もかぁ……)
昼休み。南雲たちと昼食を済ませ、1人で用を足しに行った俺を、物陰から見つめる人が居る。別に俺が特別、人の視線に敏感とかそういう話でもない。「はっ、殺気!?」とか言って格好をつけられるような訓練も積んでいない。
ただ単に、相手の……その女子生徒のストーキング技能があまりにも拙いという話なんだと思う。今も、たぶん自分では隠れてるつもりなんだろうけど、めちゃくちゃ目立ってる。周りの人から、なんだコイツ、みたいな目で見られていることに、本人は気付いてないのかな?
(気付いてて続けてるとしたら、すごいメンタル……)
ひとまず教室に戻って、教卓前にある自分の席へと座る。そんな俺と、俺の背後――教室の出入り口にいるだろう女子生徒とを交互に見た南雲が、苦笑しながら口を開いた。
「お帰り、小鳥遊くん。……今日も来てるね?」
「そう。土日挟んで、先週からこれで5日連続」
声をかけるでもなく、今も教室の入り口のドアから顔を半分だけ出して、ただじっと俺を見ている女子生徒。あの人の挙動不審さがめちゃくちゃ目立つせいで、実は俺の方にも少しだけ、実害が出始めている。
「小鳥遊君。あの子を脅してるってホント?」
言って、背中をつついて来たのは、後ろの席に座るスポーツ女子こと千木良。六花高校には硬式テニス部しかなくて、部活をどうするか決めかねている、みたいな話をしていたような気がする。まぁ、それはどうでも良いとして、大切なのは千木良の発言の方だよね。
そう。部屋に入ろうとした別の女子生徒に声をかけられて、ヘッドバンキングさながらにぶんぶん頭を下げながらようやく退散していたストーキング女子。あの人のせいで、俺の方にあらぬ噂が立っている。例えば、俺があの子を脅して金を巻き上げた、とか、強姦した、とか。
他人と仲良くなるための話題としてだと思うけど、みんなが俺とあのストーキング女子との関係を邪推したせいで、噂は色々、すごいことになっている。
「え。僕が聞いた話だと、あの子と昔、結婚する約束をしてて、でも小鳥遊くんがそれを忘れてるから思い出してほしくてストーキングしてるって聞いた」
まさに今、南雲が言ったみたいに、間違いなく面白おかしく脚本されていた。しかも困ったことに、噂の中にはほんの少しだけ真実が含まれているものもあるから厄介なんだよなぁ……。
「どっちも違くて、実際は入学式の日にちょっと話しかけただけなんだけど……」
先週末の放課後。ストーキング女子の顔を見てようやく思い出したけど、あの人。入学式の日に猫と寂しく話していた女子生徒だった。
「驚かせたのは、多分、事実なんだよね」
「でも、小鳥遊君は話しかけただけなんでしょ? 悪くなくない?」
机に持たれながら、俺のことをフォローしてくれる千木良。
「まぁ、そう言ってくれるとありがたいかも。とは言え、あの人も悪いことしてるわけじゃないし――」
「いや、ストーキングは犯罪だから。それに小鳥遊君にも悪い噂立っちゃってるし……」
机に顔を伏せて、うんうん唸っている千木良。他人のためにこれだけ考えてくれる千木良は、きっと、良い奴。なんて思っていたら、急に千木良が立ち上がる。そして、腰に手を当てて胸を張った。
「よし、決めた! どうせまだ部活決まってなくて暇だし。今から私、あの子のクラス行ってくる!」
「いやいや、大丈夫。本当に困ったら、俺の方で対処するから」
わざわざ行動してくれなくてもいい。むしろ事を大きくしないで欲しい。そう言った俺に、でも、千木良は茶色い髪を揺らして首を振る。
「ううん、私の好奇心が止められないの! あと、なんか面白そう!」
「いや、本音が出てるって……」
「行くよ、南雲君!」
「え、僕も!?」
不意に巻き込まれて、南雲が飛び跳ねる勢いで驚く。
「もちろん! あの子ヤバそうだから、カッターとか持ってそうだし」
「なるほど。……なるほど? あれ、それってつまり、僕は肉壁――」
「いざ、参らん! 小鳥遊君はそこでステイ。座して待て!」
止まる気が無いらしい千木良の言葉に、俺はもう頷くことしか出来ない。
(これがウタ姉が言ってた、フッカルってやつなのかな?)
フットワークが軽い。思い立ったら即行動できるタイプの人を指す言葉だったと思う。
「守るより、攻めろ! コレ、わたしのお母さんの言葉ね! それじゃ!」
「ちょ、待っ……小鳥遊く~ん」
千木良に手を引かれて教室から出て行った南雲を可愛そうに思いつつ。手持ち無沙汰な俺は、明日に控えたSBさんとの取引について考えておくことにした。
あの後、色々あって、迎えた放課後。場所は、1-B教室。俺の所属する1-Gの教室とは、渡り廊下を挟んで反対側にある教室だ。多くの生徒が帰って静まり返った教室で、俺は今まさに、ストーキング女子と対面していた。この場は主に、千木良がセッティングしてくれた……んだと思う。
『今日の放課後、1-Bに行ってあげて』
という千木良の言葉に従ってみれば、こんな状況になっていた。
膝の上でぎゅっとこぶしを握って、俯いたままのストーキング女子。名前は……鳥取柑奈というらしい。先日、アンリアルで会った女性プレイヤーと同じ名前だったから、スッと憶えられた。
見た目も、先日とそう変わらない。肩口までの真っ黒な髪。ホコリ1つない制服は清潔で、なんとなく鳥取が几帳面な性格をして良そうだと思える。
ただ、先日見かけた時との違いがあるとするなら、あの日は見えやすいようにヘアピンでとめていた長い前髪が、今日は下ろされている。まるで、俺と目線が合うのを避けるみたいに。もしそれが狙いだとしたら、試みは成功していると思う。前髪の奥にある気弱そうに垂れた目元が、今日はとても見えづらかった。
「それで、俺に話って……?」
「あああ、あの、あの……」
再び、沈黙。時計を見れば、こうして面と向かい合ってからもう既に15分以上経っている。1分でも早く帰ってアンリアルをプレイしたい俺としては、手痛い時間の浪費だ。この場を作ってくれた千木良と南雲には悪いけど、ここは仕方ない。
「話がないなら、帰るね。あと、ストーキングは出来れば止めてもらえると助かるかな」
言いたいことだけ言って、帰ることにしよう。俺は通学カバンを担いで、椅子から立ち上がる。
「あっ、え、えっと……えとえと……!」
一応続きの言葉を待ってみたけど、鳥取が何かを話し始める様子はない。思えば鳥取も、無理矢理この場に連れてこられたようなもの。どう見ても口下手な人だろうし、ちゃんと言いたいことをまとめる時間が必要なタイプの人格のように思う。
「それじゃ」
一応挨拶だけしておいて、俺がB組の教室を出ようとした、まさにその時。
「ま、ままま、待って、斥候さん!」
ストーキング女子こと鳥取柑奈は、俺、小鳥遊好のことを、なぜかプレイヤー名で呼んだのだった。




