第2話 1年G組
始業式、英語、数学、歴史と順に授業をこなせば、待っているのは高校生活最初の昼休みだ。そして、この昼休みに、俺はウタ姉からとある注文を受けている。それは、
『これ、お弁当ね。いい、コーくん? 絶対に、誰かと一緒にご飯を食べること。教室でも食堂でも、最悪、おトイレでも良いから』
っていうやつ。いや、トイレで誰かと一緒にご飯食べるってどういう状況? って言うツッコミはひとまず置いておいて。
実はこの注文、小・中学時代にも課されていた。中学までは給食があったんだけど『絶対に給食の時間で誰かと話すように。美味しいね、だけでも良いから』と言われていた。その言いつけを守ったおかげかは分からないけど、少なくとも、ボッチ飯というものは経験したことがない。そう言えば、食事以外でも孤立することは無かったように思う。
(中学の時は「なんで?」とか思ってたけど……)
ひょっとしたら、給食の時間に話していたから、とか? じゃあ、もし話しかけなかったら、どうなっていたのか。セーブして試したくなってしまうのは、俺だけかな? ゲームだと、とりあえず「いいえ」を押したり、正規ルートとは別の道を選んでみたりしたくなるんだよなぁ。
「さて、じゃあ誰とご飯を――」
「たたたた、小鳥遊くん! 一緒にご飯食べよう!」
ケンスケか、南雲あたりが無難かな、なんて考えていたら、あからさまに緊張したような声が聞こえて来た。方向は、俺の左側。理系男子として記憶している少し目つきの悪い眼鏡の男子生徒、南雲国治が、俺に声をかけてくれていたのだった。
「南雲? どうしたの、そんなに緊張して?」
「いや、僕、こうやってお昼ご飯に誘うの初めてで……」
「初めてって……」
大袈裟だなぁ。そう言いかけて、そう言えば南雲の小中学校時代が、本人曰く暗黒だったことを思い出す。ってことは多分、南雲の言うことは、わりと本気。どうしてだろう、南雲の思いが、重い。
とはいえ、こうして誰かを誘うという行為に勇気がいるのも、なんとなく分かる。俺も、誰を誘おうかちょっとだけ緊張していたわけだし。その点、誘ってくれた南雲には、感謝しないといけないんだろう。
「うん、じゃあ、一緒に食べようか」
「……っ! うん、ありがとう!」
子犬のように表情を輝かせて、通学カバンから黒い弁当箱を取り出した南雲。たかだか弁当を一緒に食べるというだけで、これだけ嬉しそうにされると、俺としては反応に困る。でも、不思議と、悪い気はしないかな。
南雲に続いて、俺も紺色の通学カバンからウタ姉お手製の愛妻……愛姉? 弁当を取り出す。春休み、近くのショッピングモールで買っておいた大き目の弁当箱には、色とりどりのおかずが入っていた。
(ウタ姉の料理が、学校でも食べれる……。高校生活、最高!)
我が家の女神である小鳥遊唄は、家事全般をそつなくこなす。と言うと語弊があるかも。俺の保護者として、家事全般をこなせるようにならないといけなかった。だから、料理、洗濯、掃除。これまで両親に甘えていた全てを、高校生の間にマスターしてしまった。
もちろん俺も、手伝えるところは手伝った。料理も、並みの高校生以上は出来る自信がある。けど、手伝おうとしても大抵は「大丈夫、大丈夫」と固辞してくる。早起きをしないといけないお弁当もそうだ。少し先に決まるウタ姉の大学での時間割にもよるけど、1限目がある日以外は必ず作ると息巻いていた。
(無理は、して欲しくないんだけどなぁ……)
ポテトサラダを食べながら、エプロン姿のウタ姉を思い出す。きっと張り切って作ってくれたんだろうな。揚げ物とかはさすがに冷凍のやつ……だよね、ウタ姉? もし朝から手間も時間もかかる揚げ物なんかしてたら、俺は全力でウタ姉の弁当作りを拒否するから。
なんて思いながら、ちょっとだけ手作り感のある串カツ(豚肉+玉ねぎ)を食べていたら、
「小鳥遊のお弁当、親が作ってくれたの?」
俺の弁当を見る南雲が、聞いてきた。
「ううん、違うくて――」
「お、じゃあ中学からの彼女か?」
南雲の問いを否定すると、背後。席順としては俺の右隣りの席に当たるバスケ部ガタイ良し男子、源田健介が話に入って来た。ケンスケの机の上には惣菜パンと牛乳のパックが置いてある。ケンスケは、弁当派ではなくコンビニ派みたいだった。
後ろを向きながら話すのも窮屈だし、俺はひとまず、ケンスケの方を向いて座り直す。
「違うよ、ケンスケ。これは、ウタ姉……義姉が作ったやつ」
「姉ちゃん特製か。仲良いんだな?」
「少なくとも、こうやって弁当作ってくれるくらいには悪くはないって、信じてる」
「小鳥遊君のお姉さんって、もしかして……」
今度は、ケンスケの方を向いて座っていた俺の右隣り。席順にして俺の後ろの席に座る女子生徒、千木良姫苺が会話に加わった。暗い茶色のショート髪に、やや吊り上がった目元。身長はそれほど高くなくて、俺のあごくらいだから……多分、160あるかないか。確か、中学時代はソフトテニス部だったはず。
そんなスポーツ女子、千木良は、俺が入学式でウタ姉と一緒に写真を撮っているところをたまたま見かけていたみたいだった。
「めっちゃ美人さんだった!」
「でしょ? 自慢の義姉なもので」
「もしかしてコウ、お前、シスコンか?」
千木良のウタ姉に対する評価に頷いていると、ケンスケがにやにやとした笑みを浮かべて聞いてくる。
「ケンスケ。勉強も家事も出来ておまけに可愛い人を嫌いになる人、居ると思う?」
「いや、どうだろうな。無敵過ぎてオレは逆に無理だ」
「大丈夫。ウタ姉は結構、天然だから。これ、写真」
俺が携帯に映した、とっておきのウタ姉の写真を見て、ケンスケの目の色が変わる。
「了解だ、コウ。今度、唄さん、俺に紹介してくれ」
「無理。もうちょっとだけ、ウタ姉には俺のお義姉ちゃんで居てもらうから」
「うわ~、小鳥遊君、シスコンだ~。きも~!」
千木良からもからかいの声が飛んできたけど、ウタ姉を嫌いになる人は居ないと、本気で思う。……とはいえ、同じ年の女子からの「キモイ」評価を貰うのは良くない気もする。言動には、気をつけないと。
独り反省する俺の横でパックジュースを飲みながら携帯を触っていた千木良だったけど、ふと、思い立ったように声を上げた。
「そうだ! 前は聞き忘れちゃったけど、みんな連絡先交換しよ?」
「お、千木良ちゃんナイス! オレもそれ、言おうって思ってたんだった。いいよな、コウ?」
「もちろん」
流れのまま、俺、ケンスケ、千木良の3人でとりあえず連絡先を交換する。
「そうだ。ついでに南雲も……」
言いながら俺が振り返ったら、またしても南雲が涙ぐんでいた。……この人、情緒不安定過ぎない?
「南雲? どうかしたの?」
「僕が最初に小鳥遊くんをご飯に誘ったのに……。源田くんと千木良さんが持って行った……」
「お、おい、南雲!? 大丈夫、忘れてない! 忘れてないから! な!?」
必至で弁明するケンスケと俺とで南雲をなだめて、連絡先を交換する。ただ……。
「あ、私は大丈夫」
千木良の容赦のない拒絶(冗談)が、南雲の涙を加速させたことは、言うまでもなかった。
もはや号泣と言うレベルになっていた南雲を3人でなだめて昼食を食べ終わる。南雲とケンスケがトイレに消えたタイミング。
(シスコンキモイは反省だけど、なんとなく、会話が上手くできた気がするな)
なんて、俺が内心で自己評価をしていた時だった。
「……ねぇ、小鳥遊君。あの子、知り合い?」
そう言って、千木良が背後から俺の肩を指でつついてくる。振り返った俺に、千木良は教室の出入り口を指さした。その方向に俺が目を向けたら……。
「誰も居なくない?」
「あれ、ほんとだ。こっちをジッて見てた女の子がいた気がしたんだけど……」
そんな千木良の言葉に、改めて出入り口を見てみるけど、やっぱり誰もいない。
「……千木良って、そういうの見える人って言う設定?」
「違う、違う! そんなスピリチュアル女子じゃない! あれ~、見間違いじゃないと思うんだけどな~……」
ショート丈のダークブラウンの髪を手で撫でながら唇を尖らせる千木良。この人の言葉が嘘じゃなかったっていうのは、この翌日には分かることになった。




