第1話 謎多きプレイヤー『トトリ』
隠しボスにやられてから、始業式までの1週間。わずかな春休みをフルに使って、俺は3度ほど『“安息を願う者”ソマリ』を倒した。3回だったのは、ボスへの挑戦に「36時間に1度」と言う時間的な制限があるから。数個とはいえ確実にアイテムをドロップするボス。アイテムの値崩れを防ぐために運営側が設けた制限だと思われた。
行動パターンが分かったボスを倒すのは、もうただの作業でしかない。適切に避けて、適切に攻撃していれば絶対に負けることはない。情報を渡すうえでは欠かせない再現性――確率によらず、きちんとした手順を踏めば、きちんと倒すことができるのか――もある程度は確認できた。
「しかも、新アイテムのドロップ……!」
昨夜の興奮が冷めない俺は、制服に着替えながら1人呟く。さっきも言ったけど、基本的にボスは3~6つのアイテムを落とす。3度ボスに挑んで、落ちたアイテムの総数は10個。その中に、俺も、ぷーさんも知らないアイテムがいくつかあったのだ。
(多分、新マップとかストーリーを進めれば普通に手に入るアイテムなんだろうけど……)
少なくとも大型アップデートが入るゴールデンウィークまでは、絶大な価値を持つことになる。人々にとって「普通のもの」になる前に、稼げるだけ稼がせてもらおう。
「ぐへ……。ぐへへへへ……」
「コーくん、朝だよ~……って、どうしたの? そんな気持ち悪い笑い方して」
「ウタ姉!?」
変な笑い方してたら、唐突にウタ姉が扉を開けて部屋に入って来た。春らしい、明るい色合いの普段着にエプロン姿。今日も俺の義姉は、エロ可愛くて……ってそうじゃない。着替えてる途中だったから、俺は今、下着にカッターシャツという中途半端な姿。無意識に股間の部分を押さえて、眉をひそめるウタ姉を見る。
「……まぁ良いか。それよりご飯出来たよ。一緒に食べよ?」
「あ、うん、ありがとう。あと、部屋に入る時はノックをしてくれると助かります」
「わ、コーくんもついに思春期だね」
口に手を当てて、微笑ましいと言うように笑うウタ姉。なんだろう、好きな人に「理解があります」って言われるこのむなしさ。
「そっか、もう高校生だもんね。もしそういうことしてても、お姉ちゃんは気にしないから」
「俺のためにも、そこは気にしてね、ウタ姉」
大学1年生なのに……もう大学生だから? いやに大人なウタ姉の一面を見た気がする。
「ネクタイ自分で締められる? 手伝おうか?」
「大丈夫! 大丈夫だから、ウタ姉はとりあえず出てって!」
「そう? じゃあ、下で待ってるから」
くすくすと笑って部屋を出て行くウタ姉。彼女という理想が誰かと結婚してくれない限り、俺は恋愛など出来る気がしない。というより、そもそもの話、家族であるウタ姉以外にそれほど興味を持てる気もしない。
「世の人は、どうやって他人に興味を持つんだろう……?」
「あ、それと……」
「ウタ姉! ノック! 絶対わざとやってるよね!?」
「うふふっ、どうだろう?」
のほほんとしたウタ姉に翻弄されながら、俺の新学期の朝が始まった。
4月8日。府立六花高等学校。その名の通り、雪の結晶を模した校章が印象的な、公立高校だ。1限目の始業式が終わって、2限目から早速、授業が始まる。新しい学校。新しい級友。新しい授業。そのどれもが楽しみなのは間違いないんだけど、いかんせん、俺の頭の中は新しいドロップアイテムのことで一杯だった。
(『安息の頭蓋』に『安息の骨』……。ここら辺は名前からして、あのボス固有のドロップアイテムかな……?)
2限目。タブレットの中で進む英語の授業の傍ら、俺は“メモ帳”機能を使ってドロップアイテムについてまとめていく。
アイテムを入手した時、作ることができる装備やアイテムがあれこれと表示される。〈鍛冶〉や〈調合〉などの「生産系スキル」と呼ばれるスキルを持っていれば、必要素材を集めて武器、防具、アイテムを作れるというのがアンリアルのシステムだった。
ぷーさんの話だと、作れる装備は『安息の○○』という武器と防具。フィーにそれぞれの装備に変身してもらって確認した値だと、全身装備した時の『安息の鎧』の防御力は65、魔法耐性が30。武器は『安息の杖』『安息の魔導書』。杖の方が攻撃力100で、追加効果として攻撃力100の〈火球〉が使えるらしい。魔導書は武器の攻撃力が無い代わりに、攻撃力150の〈火球〉、〈雷撃〉が使えるようになるらしかった。
(魔導書はともかく、それ自体がスキルを持つ武器は初めて。アップデートでその辺の武器も追加されそうな感じかな……?)
偶然発見された隠し要素と、名前さえ分かればおよそ全てのアイテムに変身可能なチート妖精フィーの存在。それらのおかげで、かなりの数の極秘情報を手に入れられた。
(ぷーさんとのアイテムのやり取りも、運営を通してる。でも黙認してるってことは、少なくとも隠しボスが見つかることは許容・想定内ってことだよな……?)
ぷーさんとやり取りした金額は『安息の頭蓋』が2万G。『安息の骨』を2つで3,000Gで引き取ってもらった。ただし、どこで手に入れたのか、などの情報は買ってもらっていない。なぜなら、現状、俺の中でこの情報の価値を定め切れていないから。
今後、ぷーさんからは頭蓋を1万5,000G、骨は1つ1,000Gで引き取ると言われている。でも、供給量が増えれば当然、アイテムの価値は下がっていく。誰かに隠しボスの情報を与えてしまうと、その人もまた、隠しボスの情報を売ることができるようになってしまう。そうなれば、情報とアイテムの価値が暴落するのも時間の問題になる。
(って考えると、隠しボスの情報自体はまだ秘匿するべきだよな)
アイテムだけを供給して、お金を稼ぐ。そっちの方が、得な気がする。ただ、それにも少しだけ問題がある。それは、隠しボスの情報を持ってるのが、俺だけではないということ。
「トトリ……」
太った黒猫を相棒としている、俺にとっては謎が多い女性プレイヤー。明らかにプレイヤースキルが低いのに、制作難易度が高い『滝鉄の鎧』を着ていて。相棒と離れ離れになるくらいどんくさいのに、あの隠しボス相手に長く生き残っていた。
(って言うか、初めて会った時。ボスが〈炎弾〉を使ってたってことは、あの時点でボスのHPが75%を切っていたってこと)
さすがにあのプレイヤーが1人でHPを削ったって言うのは考えにくい。やっぱり、複数人のパーティで挑んで、たまたまトトリだけが生き残ったと考えた方が、納得できる。それならトトリ以外にも隠しボスを知ってる人が居ると見るべき? もしそうなら、その人たちから隠しボスの情報が漏れる可能性だってある。
(なら、まだ噂すら広がってないこの状況で売り込んだ方が、値段は高くつくかも――)
「おーい、コウ。大丈夫か?」
考え事をしていれば、結構近い距離で、ガタイが良くて盾役が似合いそうなバスケ部男子、源田健介の声がした。
「うん? どうした……って。あー……」
見れば、タブレットに英語の授業が終わっている。気づかなかったけど、チャイムも鳴っていたようだった。
「さてはコウ。お前、初回授業から寝てたな?」
「違う違う、考え事してただけ。ほら、授業のノートは取ってるし」
「お、マジだ。てっきり、体調でも悪いんかと思った」
どうやら心配してくれたらしい。やっぱり、ケンスケは良い奴だと思う。いや、これで良い奴判定する俺がチョロいのかもだけど、どっちでも良いか。
「大丈夫、心配してくれて、ありがとう。次、数学だっけ?」
「そうそう、サインだとかコサインだとかが出てくるらしい」
「何それ、呪文……? まぁでも、この手の話なら多分――」
俺は背後を振り返って、(勝手に)理系男子と記憶している男子生徒、南雲国治に話を振る。いや、振ろうとしたんだけど。
「おぉうおうおう……」
南雲は、号泣していた。
「ど、どうかした、南雲?」
「良かった~……。小鳥遊くんも、源田くんも、実在した~!」
まるでオリエンテーションが夢だったような言い方をする南雲に、俺もケンスケもドン引き。多分、こういうところを直せば、もう少し交友関係も改善されるんじゃないかな。なかなか他人に興味を持てない俺が言うのも、なんだけど。
「安心しろって! オレもコウも、ちゃんとここに居るから。な?」
「お~んおんおんおん!」
南雲の男泣きは、数学の授業が始まってもしばらく続いていた。……鼻をすする音がうるさかった。