第15話 弱点はきちんと突いていく方向で
隠しボス『“安息を願う者”ソマリ』との戦いが20分を迎えたころ。ようやく、ボスのHPゲージが黄色に変わる。それは、ボスのHPが半分を切ったことを示す、何よりの証拠だった。ここからはまた、未知の領域。俺は、変化するだろうボスの行動すべてに意識を割く。
『KtKt KtKt!!!』
雄叫びを上げるようなモーションと共に、赤いオーラをまとうボス。例によって本を輝かせ、〈火球〉を使ってくるんだけど……。
(数が1個増えた!)
少しマンネリを感じていた攻撃の変化に、思わずテンションが上がってしまう。
「ここから、ここから! フィー、次も『戦槌』で!」
「ん!」
飛来する速度自体は変わらないから、目が慣れてしまっている今、火の玉を避けるのはそう難しくない。6発全てを避けると同時に、一気に接近。骸骨系の敵に最も効率よくダメージを与えられるハンマー系の武器を使って、ダメージを稼ぐ。……つもりだったんだけど。
『KrKr KrKr!』
接近する俺の目の前で、ボスの本が再び光った。これまでは赤色だったのに、今度は黄色。瞬時に行動パターンの変化だと判断して、距離を取る。数秒後、ジグザグとした軌道を描いて伸びる雷が、俺に向けて飛んできた。
(〈雷撃〉のスキル! 基本攻撃力は〈火球〉と同じ50! でもボスの〈火球〉は100だったから……)
多分、攻撃力は100か、高くても150。そう判断して、あえて受ける。すると、全身が硬直するような痛みと共に俺のHPが90減った。皮の鎧の魔法耐性が10。つまり魔法系スキルのダメージを10%カットするから、〈雷撃〉の攻撃力は100。
(連続使用は……さすがに無いか。でも……)
俺は回復薬をまた1本飲みながら、ボスを注視する。〈雷撃〉はその名前の通り雷を飛ばすスキルだ。だからだろうけど、使用されてから着弾するまでの時間が驚くほど短い。少なくとも、〈火球〉のように見てから回避は間に合わないスキル。命中すれば攻撃力に比例したダメージと、ほんの少しの時間だけ相手を動けなくする「硬直」の効果を与えてくる。
一方で、もちろん弱点も設定されている。それは、攻撃が直線的であること。そして、狙いを定め、使用するまでに若干のタイムラグがあること。つまりは……。
「ここっ!」
火の玉6発を避け、その2秒後に飛んでくる〈雷撃〉が使用される直前、俺は思い切り横に飛ぶ。すると、さっきまで俺が居た場所を、強烈な雷が射抜いた。……そう、こうして〈雷撃〉が使用されてから効果が現れるまでの2秒の間に、移動してしまえば問題なく避けられる。
これがプレイヤー同士の戦いなら駆け引きもあったりするけど、さすがにボスモンスターはそんなことをしない。多分、今のAI技術なら出来なくはないんだろうけど、そんな設定をすればプレイヤーからの苦情が殺到するに違いない。
きちんと設定された隙。スキルの再使用までの時間、ダメージなど、各種数値がきちんと管理された世界。ゲームらしいところは、ゲームらしく。いわゆる「過剰なストレス」「余計なストレス」が無く、公平に。その辺りが徹底されているから、アンリアルはプレイヤー数3,000万人を優に突破したのだと、俺は思っていた。
「で、避けたら接近!」
〈雷撃〉のおかげで、ボスが見せる隙は〈雷撃〉が打ち終わってからの8秒に減った。距離にもよるけど、ボスに駆け寄るので大体2秒。攻撃した後、ボスから距離を取るのにも1秒強はかかる。つまり、実質的な攻撃の隙は5秒弱。
(杖の近接攻撃を避けて……っと、ここでもパターン変化に注意!)
俺を攻撃する杖の先端に注意しておくけど、幸い、ここに行動の変化はなさそう。バックステップで攻撃範囲外に逃げて……。
「フィー! 『戦槌』!」
俺の声で、先ほど伝えていた作戦通り自身の姿を『戦槌』に変化させる。1mほどの細い柄に、巨大な円筒がついている。そんな、真っ白なハンマーだ。大剣と同じで重いぶん、攻撃力の高い武器。
「よい、しょっ!」
武器固有の攻撃モーションを目一杯に使ってボスの頭部へ戦槌を振り下ろす。重い金属同士がぶつかり合うような音がして、「Critical!」の文字と共に表記されたダメージは180。武器の攻撃力175から敵の防御力95を引いて、弱点属性とクリティカルで、それぞれダメージに1.5倍が2回入った数値だ。
ボスのHPが75%を下回ってからは、基本的にこの攻撃をしている。48回繰り返したところで敵のHPが50%以下になったことを考えると、この隠しボスのHPは3万6,000前後。一応、あと100回くらい叩き込めば、ボスは攻略できる。
(でも、俺がいまするべきなのは、プレイヤーとしての攻略じゃなくて斥候……情報を集めるための攻略)
自分の目的を間違えないよう、しっかりと心に刻んでから、
「フィー、『ナイフ』!」
「ん!」
フィーの〈変身〉を使うことで武器に設定されているプレイヤーの隙を省略。すぐにボスから距離を取って、直後に飛んでくる火の玉6つを落ち着いて避けることに成功した。
(……それにしても)
どう見ても妖精遣いの荒い俺の指示にも、文句ひとつ言わずに対応してくれるフィー。むしろ、ちょっと楽しそうまであるんだよね。街で一緒に行動しなかったら不機嫌になる癖に、こういう、物みたいな扱いに不機嫌になったことが無いのは、なんでだろう……? 戦闘支援がサポートAIの務めだから、とか? まぁ良いか。
フィーは、俺が知る限りの全ての武器・防具に変身できる。当然、このゲームの物語でいつか手に入ることが公表されている『聖剣エクスカリバー』にだって、変身可能だ。攻撃力が777あることも、俺は知ってしまっている。だけど、アンリアルでは、装備できる武器はレベルや称号によって大きく変化する仕様だ。俺が弱ければ装備できる武器も弱いし、俺がゲームをさぼるだけ、装備できる武器の幅は小さくなる。
(そもそも、俺が武器の名前……情報を知らなかったらフィーは変身しないわけだし)
あらゆる武器と防具に変身出来て、仕様上、攻撃後の隙もキャンセルできる。間違いなくチート級のサポート妖精と言える。だけど、彼女を使いこなすことができるのか。それについては完全に、俺個人の努力にゆだねられていると言って良い。
(ほんと、ゲーマーのためのサポートAIだよなぁ……っと、考え事してる場合じゃない。〈炎弾〉のモーションが来た……)
〈火球〉、〈雷撃〉、杖による〈痛打〉。そして、時折混じる、強力なスキル〈炎弾〉。この攻撃力が400もある〈炎弾〉については、今の装備――皮の鎧――だと絶対に受けきれない。しかも、何が厄介って〈炎弾〉の攻撃範囲の広さ。ここは縦横20mほどの閉ざされた密室。対して、〈炎弾〉の攻撃範囲は、目測で直径5~6mの円形範囲。使用された場所によっては、逃げる場所がなくなることも想定される。
だから、比較的攻撃力が低い〈火球〉や〈雷撃〉をあえて受けてでも攻撃モーションを中断させなければ、わりとガチ目に詰む。位置取りと、敵の観察。ここからは一切気の抜けない作業になる。
しかも、困ったことにボスが使う〈火球〉の数が1つ増えた。たったそれだけの変化だけど、〈炎弾〉のモーションを中断させるための時間がグッと減ってしまっている。
(多分、回避で0ダメージは、もう無理かな……)
そう判断して、俺に向けて飛んでくる6つの火の玉のうち、最後の2つを盾で受け止めることにした。
「フィー、〈火の盾〉!」
「ん」
微かな衝撃と共に表示されたダメージは25が2回。その代わり、盾で防いだから火傷を負ったりはしないで済む。しかも、盾を使って攻撃を受ければ体勢が安定するから、次の行動に移りやすい。この先は、小さなダメージを覚悟しながら、大きなダメージを徹底的に防いでいくことになる。
(回復薬は、残り6……。フィーの〈回復Ⅰ〉もクールタイムまであと5分以上。もう1回やり直すのは時間もお金もかかるし、最後まで持って欲しいんだけど……)
もう既に、『対魔の鎧』1万G、『皮の鎧』1,000G×2の損失が出ている。回復薬だってタダじゃないし、出来れば今回で情報を集めきりたい。あと、本音を言うなら、負けたくない。
(でも、あくまでも斥候としての攻略が優先!)
倒せればそれが最高だけど、目指すは残り10%以下。敵が最後の固有のスキルを使う目安まで。
「もうひと踏ん張り! フィー、今度は『バトルスピア』で!」
「んっ!」
全身に赤いオーラをまとって本を掲げ始めた隠しボス『ソマリ』を目がけて、俺はバトルスピアに変身したフィーを投てきした。