第14話 ボス戦は、敵のHPが減ってから!
HPが75%を下回って、いよいよ本格的なボス戦が始まった。
ボスの速度はそれほどでもないんだけど、敵が動くというそれだけで、難易度はグッと上がる。まず、敵が使う〈火球〉の使用される位置が毎回変わって来る。加えて、こちらの攻撃が狙った場所を捉えづらくなる。たったそれだけの変化なんだけど、これが意外と大きい。
『KrKr KrKr……!』
骸骨らしく乾いた音を立てながら、接近してくる隠しボス、ソマリ。本が光って、これまでよりも近い位置から〈火球〉が飛んでくる。小学校高学年男子が投げるドッジボールくらいの速さはある火の玉。接近されれば、当然、避けるのは難しくなる。
(ドッジボールみたいに球を取れたらいいんだけど……)
もちろん火の玉をキャッチするのは自殺行為になるから、全力で避けるしかない。
「……で、前回は見逃しちゃったけど」
俺が火の玉を避けながらボスの方を見ると、案の定、本を掲げて口を動かしているボスの姿がある。あれが、前回、俺とトトリを殺した強力なスキル〈炎弾〉を使用する際の固有モーションなのだろう。前は〈火球〉を避けることに集中し過ぎて、あの〈炎弾〉を食らってしまった。
(防具無しの俺が1発貰って死んだってことは、攻撃力それ自体は250以上……)
攻撃を引き受ける盾役と呼ばれる人々のHP平均が、現状で確か400前後。でもこのボスに挑戦する頃には、最低でも5レベルくらいは高くなってるはずだから、500くらいにはなってそう。で、盾役が即死しないできちんと役割をこなしつつ、でも余裕では受けきれない数値をアンリアル運営は設定してくるだろうから……。
「攻撃力自体は、300~400くらいかな……?」
ある程度の数値を予想する傍ら、俺は攻撃モーションを中断させる方法も探っていく。こういった大技を使用する際、大抵はプレイヤー側が攻撃に備える時間がある。もしくは、攻撃そのものを中断させる方法があるのが常道。……というより、ゲーマーとしては、あって欲しい。
で、分かりやすく、かつ、遠距離系の攻撃でも狙いが付きやすい位置に掲げてある本に注目するべき……だよね。これまでも、あの本を使って魔法を使うモーションを見せてきたわけだし。
「だから、多分……。フィー、『バトルスピア』でお願い!」
「ん!」
俺の声で、フィーが三度、変身する。彼女が変身したのは、細い柄の先に太くて大きい円錐がついたような形をしている槍だ。基本はもう片方の手に盾を持って、攻防バランスが取れた中衛として活躍する人が使う武器でもある。そして、この槍。投擲武器としても非常に高い性能を持っていて……。
迫って来ていた5発目の〈火球〉を避けると同時に、俺は転身。右手に持った槍を全力で振りかぶって、
「せーの……っ!」
意味ありげに掲げてある本へ投げつける。逃げ回ったからボスとの距離は10mくらいに開いてる。しかも、狙うべき的である本は大判書籍くらいの大きさしかない。でも、バトルスピアそれ自体がかなり大きいから当たる――。
「いや、当たらないんかい!」
本の横スレスレを通り過ぎて行った真っ白なバトルスピア。攻撃モーションを中断できなかったマヌケな俺を待っているのは、強力な敵の大技だ。攻撃が外れたと分かって変身を解いたフィーが、ボスの向こう側から呆れた目で俺を見ている。サポートAIは、所持しているプレイヤー以外には影響を及ぼすことができない。敵を攻撃させたりすることも出来ないのだ。
「いや、まぁ、うん。攻撃力400って見積もっても、今着てる防具に耐性が50あるからギリギリは耐えれるはず。……耐えれたらいいなぁ、なんて」
〈火球〉とは比べ物ならない巨大な火の玉が、〈火球〉と同じ速度で俺に迫る。一縷の望みを込めて横っ飛びに回避してみるけど、残念ながら攻撃範囲外には逃げることが出来なかったらしい。
「あっ!」
誰のものとも分からない悲鳴が聞こえたような気がしたのと同時。前回死んだ時と同じような熱さが、俺を襲った。……でも。
(よしっ、耐えてる!)
さすが、防御力が無い代わりに魔法耐性が50もある『対魔の鎧』だ。市場価格は1万G。もしくは必要素材を集めて鍛冶屋に作ってもらうか。当然俺は、後者を選んだ。1週間かけて素材を集めて、2,000Gで作ってもらった防具だったんだけど……。
「さすがに、壊れちゃったか……」
武器にも防具にもそれぞれ設定されている耐久値。それが底をついたらしく、対魔の鎧が消滅する。倫理規定上、プレイヤーが裸になることはない。とは言え、装備が壊れたことで、何も装備していないデフォルトの状態――Tシャツに短パン姿になってしまった。
すぐさま、さっき防具屋に寄って買っておいた『皮の鎧』をインベントリから取り出して、身に着ける。この間もボスは俺に接近しようとしているため、狭い部屋で、なるべくボスと距離を取りながら作業を行なう。ワンタップで装備を装着できる辺りは、さすがゲームだ。
皮の鎧を着終えたところで、ちょうど10秒。ボスが再び〈火球〉を5発、使用してくる。先ほど〈炎弾〉を食らった俺のHPは、残り40。体力最大から受けたダメージが200、その後の火傷のダメージで10を貰った計算だ。
(つまり、〈炎弾〉それ自体の攻撃力は予想通り400!)
自分の予想が当たった時に嬉しくなるのは、俺だけではないと信じたい。出来れば、自分の身をもって経験したくはないけど。……って、そんなことを考えている場合じゃない。もし今、〈火球〉を1発でも食らえば俺は死亡、ゲームオーバーになってしまう。
俺を目がけてやって来る、5つの火の玉。直線で撃ってくれればいいものを、わざわざ少しずつ軌道をずらして、俺の逃げ場を奪うように飛ばしてくる。
「本当に、性格の良い……っ」
当たれば死ぬ。掠っても死ぬ。放っておいても、状態異常の火傷で死ぬ。今も、動くたびに、再現された火傷の痛みが俺を襲う。……でも、これが良い。これが、良いんだよなぁ。別にMってわけでは無くて、なんて言うんだろう。フルダイブ型のゲームをしてるなって感じられるこの瞬間が、最高に気持ち良い。
「まだまだ!」
自分の口元がにやけていることを自覚しながら、俺は迫りくる5つの〈火球〉を避ける。そして、すぐに腰に差してある試験管の中にある緑色液体……回復薬をまた1本飲んで、
「ぷはっ……。フィー、次! どんどん行こう!」
「んっ!」
頼れる相棒と共に、再びボスへと駆け出す。……それにしても、〈炎弾〉を食らう直前に悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせい? なんとなく、女の人のような気がしたけど。チラリとボス部屋の入り口を見てみるけど、誰もいない。
(気のせい……か? っとと)
よそ見をしていた俺に向けて、小さな火の玉が飛んできている。今はボス戦の最中。動くようになって難易度を上げた敵を相手を前に、他のことに目を向けている余裕は無いと考えて良い。
(集中、集中っと……)
にゃむさんが現れて〈炎弾〉に焼かれたトトリの二の舞にならないよう、俺は改めてボスへ意識を集中させるのだった。