第13話 回復薬は、エナドリ味
壁にかけられた松明が照らす、薄暗い地下。縦横20m、高さ5mほどの隠し部屋には、俺と、白銀の髪を持つサポート妖精AIフィー。そして、神官のような格好をした骸骨の隠しボス『“安息を願う者”ソマリ』が居た。
俺の頭上スレスレを通っていく火の玉。接近するたびに振るわれる、木製の武骨な杖。その全てを落ち着いて回避してようやく届く、俺の攻撃。現行の最難関ダンジョン『安息の地下』にやって来て15分。隠しボスとの戦闘は、もうすぐ5分が経過をしようとしていた。
「フィー! 『クレイモア』!」
「ん!」
短い答えの後、俺の身の丈ほどある巨大な白い大剣に変身したフィー。全長150㎝もある幅の太い大剣だ。
(やっぱり重い! けど……っ!)
運営がきちんと作ってくれているモンスターの隙の時間をいっぱいに使って、使い慣れない大剣を振り下ろす。と、白い大剣クレイモアが神官骸骨ソマリの頭部を捉えた。「Critical!」の表記と共に現れる数字は、120。
「フィー、『ナイフ』!」
「ん!」
すぐさま身の丈ほどもあった大剣から、扱いやすい刃渡り20㎝くらいのナイフへと姿を変えたフィー。彼女を握って、俺はボスから距離を取る。
(大剣使う人、あんなに重い武器、よく振り回せるな)
攻撃力の高さと攻撃範囲が売りの、武器カテゴリ「大剣」。他の武器の攻撃力を圧倒するその攻撃力は、武器の重さと大きさという代償があるからに他ならない。重いし、広すぎる攻撃範囲のせいで味方が邪魔になる。その代わり、使いこなせば間違いなく、最強の武器なんだけど……。
「少なくとも、あんな重いものを持って動き回るなんて、俺には無理だな……っとと」
再び飛んでくる火の玉を避けながら、俺は隠しボスソマリの頭上にあるHPゲージに目を向ける。減っている体力は、目測で2割ほど。このHPゲージが75%を下回ると、新しい行動パターンを見せるようになる。前回はそこまでHPを削ったところで、やられちゃったけど……。
「フィー! 『戦場の槍』!」
「ん!」
火の玉を作り出す〈火球〉のスキルを避けて、杖による〈痛打〉も避けて。俺はボスの胸に向けて槍を突き刺す。ダメージが1.5倍になる「Critical!」の表記は無くて、浮かび上がった数字は15。
攻撃モーションが小さくて済む槍は、一度の敵の隙に3回くらいは攻撃を仕掛けられる。俺はそう判断して、肩、膝と順に突く。すると、肩の位置でのみ「Critical!」が発生することを確認。フィーを再び「ナイフ」へと変えて、ボスから距離をとる。
でも、3回目の槍の攻撃は欲張り過ぎたらしい。〈火球〉1発がバックステップで後退する俺の肩を焼いて、ダメージ50と「火傷」の表記を出現させた。
「熱っ!?」
再現された炎の熱と火傷の痛みが、俺の身体を焼く。直感的な操作と没入感を得られる、脳波によるキャラ操作の弊害だ。まだ少し残っているらしいブランクへの戒めとしつつ、それでも各種の情報に目を向けてしまうあたり。自分でも末期だと思う。
防御力0の代わりに魔法耐性50――魔法系スキルのダメージを50%カット――の防具だから、〈火球〉の攻撃力は100。俺のHP最大値は250。これまでに2回〈火球〉によるダメージを貰っていて、現在値は120。攻撃を貰っていないのに、余計に減っているダメージが「火傷」によるダメージということになる。
(で、このボスが与えてくる「火傷」は2秒で1ダメージ、と……)
持ってる杖は多分、未実装の武器。ダメージカット30%の盾で受けたら105だったから、攻撃力は150。……って、クレイモアと一緒!?
さっき俺が苦労して全力で振るった大剣と、あの細い杖が同じ攻撃力。その事実に驚いたけど、そう言えばボスは〈痛打〉のスキルを持っている。武器を大降りしないといけない反面、与えるダメージを1.5倍にするスキルだ。だから、多分、素の攻撃力自体は100で――。
「ん!!!」
手元、ナイフの姿で叫んだフィーの声で思考をゲームに戻すと、ちょうど他の〈火球〉が俺を目がけて飛んできているところだった。
「やばっ」
焦りながらも、横に転がることでどうにか火の玉を回避しつつ、俺は腰から提げている回復薬1つを手に取る。ぱっと見は、試験管に入った緑色の液体。よろず屋のぷーさんから買ったソレを飲むと、HPが秒間3の数値で回復を始める。効果時間は30秒。なお、同種の効果の重複はしない仕様で、再現されている味は、栄養ドリンクだった。
大抵のボスは、序盤、プレイヤーが余裕を持って対応できる行動をとることが多い。今回の隠しボスも、その例に漏れないらしい。今のところ遠距離攻撃は〈火球〉しか見せていない。しかも、ゲームの仕様だろうけど、頑なにその場を動こうとしない。
(つまり、距離をとっていれば、10秒ごとに5発飛んでくる〈火球〉を避けるだけで良い!)
HPが回復し切るまでは、回復に専念しておくことにする。
(一応、トトリっていうプレイヤーを焼いた〈炎弾〉のスキルだけは警戒しておいて……)
俺は〈火球〉が飛んでくるまでの10秒を使って、いま戦っているボス『“安息を願う者”ソマリ』の情報をメッセージボードに記録していく。そうして記録と回復が終わると、まだ試していない武器と攻撃部位の組み合わせを試していく。こんなことができるのも、自由に武器に変身できるフィーのおかげだ。
「ほんと、サポート妖精さまさまです。ありがとう、フィー」
「(んっ)」
武器を変えて。攻撃する部位を変えて。そんな、傍から見れば地味な。でも、俺にとってはひたすらに楽しい時間が続くこと、さらに数分。ついにボスのHPが、75%を切った。同時に……。
(よし! ちょくちょく被弾したけど、これで大体の武器と、それぞれに対応するクリティカルの部位は確認できた!)
敵の行動が変わるまでにやるべきことは、全て終わった。でも、その感慨に浸る余裕は無い。だって……。
「来た……」
頑としてその場を動かなかったボスが、ついに歩き始めたからだった。