第12話 だから俺は、会話が苦手なんだと思う
俺がアンリアルをプレイし始めた当初からよしみにしているよろず屋。その店主が、男性タイプの機械人間『ぷーさん』さんだ。プレイヤー名の『PO03』の0をOに見立てて「POO3」さん。そこから敬称を1個省いて、ぷーさん。
「いらっしゃい! って斥候さんじゃん。久しぶり!」
銀色に輝く手を振りながら、嬉しそうに言ってくれるぷーさん。瞬間、俺は心の中で人と話すスイッチのようなものを入れる。相手の目線、話す内容、仕草。その全てに神経をとがらせて、人並みに「会話」が出来るようになってる……はず。
少なくとも昼間、学校で同級生たちと話したときは上手く出来たと思う。
(こう思うと、会話もゲームに似てるような?)
適切な間で、適切な返答をして、適切な問いかけをする。けど、そこには明確な正解は無い。終わってみて初めて、上手くできたかな? ってなるくらい。でも、やっぱり気を遣うから疲れる。多分、こういうことを考えてしまうから、俺はコミュニケーションと呼ばれるものに、多少の面倒くささと苦手意識を感じてしまうんだろうな。
「斥候さん?」
「あ、ごめん! ……久しぶり、ぷーさん」
「半年近く見なかったから、てっきり引退したもんだと思ったよ」
「あはは、まさか。ちょっとリアルが忙しかっただけ」
軽く挨拶を交わして、俺は久しぶりに訪れた馴染みの店を見渡す。広さはざっくりと10m四方くらい。内装はあえてくたびれさせてあって、年季が入った店構えを再現している。狭い店内には商品棚が所狭しに並んでいて、たくさんのアイテムが陳列されていた。
ぷーさんが居るのは入り口から見て一番奥。会計や商品の受け渡しをするカウンターの向こう側に居た。
「それで? 今日もソロ探索?」
「そう。回復薬10と、強壮剤を5、お願い」
「はいはい、ちょっと待って」
そう言ったぷーさんが、手元で何やら操作を始める。多分、インベントリからアイテムを取り出してるんだろう。大きな倉庫が必要ないって言うのは、商人にとってありがたいんじゃないかな。普通は100種類、99個までしか納められないインベントリも、〈ボックス拡張〉を始めとしたスキルを獲得することで上限を増やすことができる。
「ぷーさんってさ、どれくらいアイテム収納できるの?」
「んー? 大体、2000種類くらいじゃない? 基本、レベル上がるたびに拡張するスキル取ってるし」
ぷーさんは見た目や声こそ男性タイプなんだけど、なんとなく物腰が柔らかくて話しやすい。多分、人当たりの良い人って、こんな感じの人のことを言うんだと思う。
(商売ってコミュ力が必要って聞くし、ぷーさんは向いてそうだな)
リアルタイムで会話できてるから、少なくとも脳波で操作してるんだと思う。コントローラー操作だと、基本的にフィーが使うようなメッセージボードでのやり取りになるから。で、俺と同じく脳波で操作してるってことは多分、身長なんかも現実に即しているわけで……。
(めちゃくちゃモテそう)
高身長に、接しやすい人柄。昼間にガタイのいいバスケ部男子……えっと、そう、源田健介。ケンスケと、モテたいとかの話をしたからかな。俺はついついモテるモテないの想像をしてしまった。
「はい、お待たせ! 値段は相場の2割引き。悪いんだけど、これ以上は運営にダメって言われててさ」
「いいよ、ありがとう。これ、お金ね」
「毎度あり! っと、そう言えばあの人が斥候さんのこと探してたよ?」
「あの人……?」
「そうそう、なんかこう、美味しそうな……」
美味しそう? ……誰だろう。ゲーム内で俺を探す人となると……。
「こう、全身ローブでさ。いかにも怪しいです! って感じの……」
「あー、うん、分かった。多分、SBさんだ」
「そう、SBさん! 彼? 彼女? が、ちょくちょく探しに来てたよ?」
そう言えば、アンリアルにはフレンド機能があったんだった。互いにフレンド登録をした相手と、チャットでやり取りをすることができる。前回はブランクを埋めることだけに注力していたから見てなかったけど、新着メッセージを確認してみれば、SBさんから『インしてる?』と1週間おきくらいに送られてきていた。
「やばっ……。お得意様なのに……」
SBさんは、色々と俺から情報を買ってくれていたお得意様だ。多い時は、月に3万円くらい出してくれた時もある。アンリアルで稼いだお金は家に入れてたけど、その半分は俺のお小遣いにするよう、ウタ姉に言われていた。
『遊ぶことも学生の本分。お金のことなんか気にしないで、お友達と遊んでおいで』
だったっけ。その言葉、バイト漬けだったウタ姉にもそっくりそのまま返すけど。まぁ、俺はあんまり自分から人と関わるタイプじゃないし、結局はアンリアルのアイテム購入なんかに使わせてもらった。
とにかく、言ってしまえば、SBさんは小鳥遊家の家計を少しだけ支えてくれていた人でもあるわけで。
「お客さんなら大切にしないとね。長期でインできない時は、知らせてあげた方がいいかも」
「確かに、教えてくれてありがとう、ぷーさん! ……これで、良しっと」
急いで謝罪文と共に、新しい情報――隠し通路のこと――についての情報があると、メッセージで返しておく。見捨てられてないと良いんだけど……。
「どういたしまして。あと、斥候さん。今日からまた、イン率上がる感じ? だったら、僕からも素材の依頼とかお願いするけど」
「うん、する予定。だから、依頼してくれると素直に嬉しい。それから、お礼とお詫びになるか分からないけど……」
ぷーさんにも、各ボス由来の新しい素材が手に入るかもしれないことを伝えておく。もちろん、隠し通路の存在それ自体はぼかすけど。
「なるほど。新しい素材、ね……」
「そう。だから、もし何か新しいアイテムが手に入ったら、このお店に持って来るってことで、これからもご贔屓にしてくれると助かるんだけど……」
手を合わせて頼み込む俺に、ぷーさんは一度、黙り込む。表情を変えられないTECの人々は、声色と目に相当するレンズでもって、感情を表現する。そして、恐る恐る目を開いた見た俺が見たのは、緑色のレンズの中にある目を「笑顔」に変えたぷーさんだった。
「もちろん! って言うか、僕には優秀な人材を手放す気なんてないよ」
何も言わずに半年間も消えた“客の1人”でしかない俺に、そう言ってくれるぷーさん。やっぱりこの人には、頭が上がらない。
「アザマス!」
「よきよき、なんてね。でもそっか、まさかまだアンリアルに新コンテンツがあったとはね」
現段階ではおよそ探索し尽くされたアンリアルのマップ。未発見の情報があったことに、ぷーさんも驚いている様子だ。カウンターの上で頬杖をついて、何かを考え込んでいる。
「老婆心になっちゃうけど、武器とか防具は大丈夫? 良かったら知り合いのお店とか紹介するけど」
「うーん、今は大丈夫。でも必要なときは、頼らせてもらおうかな」
なんて話をしていたら、お店に別のお客さんがやって来た。結構長い間、話し込んでしまったような気がする。柔らかい物腰のおかげで話していてもほとんど疲れないし、ぷーさんとのつながりは今後も大切にしていきたい。自然にそう思える、大切なネッ友だ。
「それじゃあまた今度、ぷーさん」
「うん、期待して待ってるね。斥候さんの首にかけてあるその見慣れないネックレスの情報も」
フィーが変身しているこの白いネックレスにも気づいていたらしいぷーさん。相手の細かな変化に気付けるのも、モテる要因になりそうだ。
リアルは多分……いや、間違いなくイケメンの店主ぷーさんに見送られて、俺はよろず屋を後にする。この後、防具屋に寄って防具を見繕った後、俺は逸る気持ちのままファーストの町を出た。