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チート妖精連れのコミュ障ゲーマー、陰キャオタクとパーティを組む  作者: misaka
第三幕……「ゲームに“奇跡”は存在しない。……けど」

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【次章予告】『助けて下さい……っ!』

 例年より長い梅雨が明けた、7月中旬。府立六花高校はつい先ほど、1学期の終了を告げる終業式が行なわれたところだった。


 ケンスケや南雲、法月、千木良たちとしばしの別れを共有して部活に送り出した頃には、教室にいる生徒もまばらになっている。梅雨も過ぎて、ぐんぐんと気温が高くなってきた今日この頃。帰宅するまでのわずかな時間とは言え、空調の効いた教室から出るのに少しだけ“弾み”がいるのは俺だけじゃないと信じたい。


 今日はバイトもないし、先週と違ってテストもない。次にバスが来るのは5分後と15分後。教室からバス停までは余裕を見て8分くらい。ということで、アンリアルのアプデ情報を眺めながら待つこと5分ほど。


(……よしっ)


 内心で息を入れ、残っていた顔見知りのクラスメイトに別れを告げてから教室を出た。


 ドアを開けるとすぐに出迎えてくれた湿度の高い空気にげんなりとしつつも、足を止めたらそれこそ夏の思うつぼだ。一刻も早く家に帰って、クーラー……は電気代が高いから、冷たいシャワーと扇風機で涼を取ろう。


 そんな感じで少しでも涼しいことを考えながら階段を下りて、下足室へ足を踏み入れようとしたところで、


「にゃーむさん! おやつだよ~!」


 聞き覚えのある声に、ふと足を止めた。特に意味もなく昇降口の影に隠れた俺は、こっそりと下足室の様子を見遣る。そこには、六花生からの愛情を脂肪として蓄えている黒猫にゃむさんと、背もたれのないベンチに座って、手渡し用の猫のお菓子『ちゅぅる』を与えている鳥取がいた。


(鳥取。目の前に「むやみに餌を与えないで!」っていうポスターがあるの、見えてないの……?)


 なんて、内心では思いつつも。


『ナゴフ……(ペロペロ)』

「どお? 美味しい?」

『ナァゴ♪』

「そっかぁ! たくさん食べてね~」


 猫が相手だからだろう。俺と喋ってる時みたいに緊張して言葉に詰まる様子もなく、自然な表情でにゃむさんを撫でている。そんな姿を見せられると、ポスターに触れるのも野暮な気がした。


 邪魔をせずにしばらく待ってあげるべきかなと思うけど、実は今がチャンスでもある。というのも、リアルにゃむさんはなぜか、俺の行く手を阻んで来ることが多い。6月の終わりはそのおかげ(せい)で、入鳥さんと知り合うことになってしまった。


 熱波押し寄せるいま足止めをされると、余計な汗をかくことにもなる。ということで、にゃむさんが鳥取のおやつに夢中になっている今のうちに、そっと、そぉっと……。


 ゲームで培った忍び歩きの技術を使って下足室までのわずかな廊下を抜け、下駄箱の影に滑り込んだ、まさにその時だった。


「ようやく見つけました!」

「ひゃわぁっ!?」

『ナゴッ!?』


 突如、廊下に響き渡った女子生徒の声に、鳥取とにゃむさんが揃って悲鳴を上げた。にゃむさんが巨体を揺らしてどこかへ走り去ったことにも構わず、女子生徒の声が近づいてくる。


「アナタです、アナタ! (ぬし)様に餌をあげないでというポスター、見えないんですか!?」


 一瞬、俺のことかと思ったけど、(くだん)の女子生徒は俺のことを素通りして鳥取のもとへと歩いていく。


「アナタ、名前は何と言うんですか!?」

「あ、え……。と、鳥取、柑奈……です」

「青ラインの校内スニーカー……。アリスと同じ、1年生ですね!?」


 腰に手を当てて鳥取を糾弾するのは、どことなく生真面目そうな雰囲気を持つ女子だった。


 肩甲骨辺りまである長い黒髪は、よく手入れされているんだろう。下足室の窓から差し込む夏の日差しを、艶やかかつ涼しげに照り返している。ともすれば入鳥さんのように近寄りがたい雰囲気を持つだろう容姿。しかし、その外見を中和してくれているのが、女子生徒の身長だろう。目測だけど、140㎝あるかないかくらいじゃないだろうか。


 俺のクラスにも千木良の友達で背が低い子が居たけど、眼白鳥さんはそれ以上に小さい。ここが府立六花校舎内でなければ、中学生……いや、小学生と言われても納得の“こぢんまり感”だった。


「アリスは、アリス。眼白鳥(めじろ)アリス。……春から生徒会の庶務をしています!」


 キュッと上履きを鳴らしながら肩幅に足を開き、『生徒会』と書かれた腕章を鳥取に示して見せる眼白鳥さん。長い黒髪が美しく揺れる。


 生徒会という肩書だけで、眼白鳥さんの鳥取に対する怒りも分かろうというものだ。生徒会が発行するポスターを前に堂々とにゃむさんに餌付けをする鳥取の蛮行は、生徒会の人たちにとっては明らかな挑発行為でしかなかった。


「コホン……。良いですか、鳥取さん。(ぬし)様は野良猫ですが、学校のマスコットでもあります。そのため生徒会が定期的に健康管理を行なっているのですが、春先からやけに体重の増加がみられ――」


 うんぬんかんぬん。つらつらと早口でまくしたてる眼白鳥さん。彼女の発言をざっと要約すると、にゃむさんこと下足室の(ぬし)様の体重増加が今年は顕著らしい。間違いなく、ポスターを無視して餌付けをしている生徒が居る。それも、今年から見られた現象であるために、新入生の中に犯人がいるのではないか。生徒会は、そう考えたようだ。


「――そして、今日は夏休み前最後の登校日。犯人は必ず現場に来る。……そんなアリスの予想は、当たっていたようですね!」


 腕を組んで胸を張り、見事なドヤ顔を見せた眼白鳥(めじろ)さん。ただ、さっきも言ったように全体的にちんまりとしていることもあって、背伸びをした小学生感がすさまじい。だから、


「鳥取柑奈さん! 観念して、生徒会に来てください!」


 流れるように鳥取に人差し指を向けて行なわれた自首勧告も、お遊戯会を見ているような、どこかほっこりとしてしまう光景だった。


 そんあ“凄み”のない眼白鳥さんの言動と容姿に気付いたんだろう。怯えていたはずの鳥取の顔にはいつの間にか生気が戻り、むしろどこか頬を赤らめた様子で――。


「ふふん……っ! これでアリスの有用性を会長に示せますね! アリスが会長になる日も近い――」

「あ、アリスちゃんって言うの!?」

「きゃぁっ!?」


 糾弾されていたはずの鳥取が唐突に詰め寄ってきたため、眼白鳥さんが悲鳴を上げた。


「な、なんですか、アナタ!? 質問しているのはアリスの方で――」

「やっぱりアリスちゃんって言うんだ! え、A組だよね!? ご、合同授業で見かけたことあって、お話してみたかったの! まさかアリスちゃんの方から話しかけてくれるなんて……えへへぇ~!」

「1人で身悶えて……。気持ちの悪い人ですね」

「そ、そうかなぁ……」


 冷ややかな視線を向ける眼白鳥さんに、しかし、鳥取はなぜかまんざらでもない様子だ。


 通常なら人見知りをする鳥取だけど、相手が美少女であればその限りではない。ただし、そんな鳥取の特性は現実の“人”に対しては発動しないはず……なんだけど。あれかな。眼白鳥さんの“個性(キャラ)”と“可愛さ”が強すぎて、人見知りするラインを越えた感じ……? 知らないけど。


「た、誕生日は!? 血液型は!? 好きな食べ物、好きな飲み物は何かな!? お休みの日は何してるの? 好きな番組とかある?」

「近い、近い、近い、近い!? 何なんですか、この人!?」


 さっきまでとは立場が逆転して、目をギンギンにする鳥取に眼白鳥さんが怯えてしまっている。


「真面目属性で、お家もお金持ちさん。それに身長も140㎝ちょっと……?」

「は、はい、そうです。あ、でも身長は138㎝でまだ成長の余地が……って、違いますっ! 質問しているのはアリスの方で――」

「高校生にもなって自分のこと名前呼びとか、あざとすぎ! こんなかわいい子、実在していいの!? でも、それが尊いぃぃぃ!」

「ひぃぃぃっ!?」


 鼻息荒く眼白鳥さんに詰め寄る鳥取の姿は、まごうこと無き不審者だ。


 と、その時、助けを求めるようにしてさまよっていた眼白鳥さんの濡れた瞳が、俺を捉えた。そして、声にならない声で「助けて下さい……っ!」と、助けを求めてくる。


 俺がこれまで帰るでもなく事態を静観していた理由。それは、俺がとある人から『眼白鳥アリス』の情報を集めて欲しいと言われていたからだ。


 けど、アンリアルならまだしも、現実で“情報収集”なんてものをすればワンチャン法に引っかかる。日常生活で接点も無いし、明日からは夏休み。依頼主さんには適当に「無理でした」って伝えるつもりだったんだけど、今なら……。


(これも人助けだよね、ウタ姉)


 こうして俺は、TMUともやや因縁のある相手……眼白鳥アリスさんと知り合うことになる。


 だけど、まさか依頼主さんが眼白鳥さんを殺そうとしているなんて。そんな現実離れした事態が動いていることなど、この時の俺は思いもしなかった。

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