第16話 「猫の首に鈴を付ける」
王都セントラル某所にあるTMUのメインクランハウス『ヴァルハラ』。その地下に広がる、約30×30×10mの巨大な闘技場にて。
「本当に1回勝負で良いの、斥候くん?」
ローブを脱いで軽装になったニオさんが、伸びをしながら聞いてくる。
魔法の威力を上げたり、攻撃範囲を広げたりするスキルは、大抵5分以上のクールタイムを要する。そういう意味では、短期間に何度も戦うBO3(3回勝負/先に2勝した方が勝ち)のルールの方が、ニオさんがスキルを温存しないといけない分、俺に勝ち目があるんじゃないかって言ってくれてるんだろう。
確かに一理あるけど、個人的には、たった1回の勝負に全集中してこの人を倒す方が、勝てる可能性が高いって俺は思っている。
「1回の勝負に全部を賭ける方が『楽しい』。……そうじゃない?」
フィーが〈変身〉した黒鉄の双剣を握りしめながら尋ねると、ニオさんがチロリと赤い舌を見せる。
「まぁ、そうね。3回戦ならじっくりと。1回勝負なら瞬発力を持って、相手を倒す。それぞれに楽しみ方があるわね」
尻尾をくねらせ、妖艶に笑うニオさん。勝利を疑わないその圧倒的な自信は、ぜひとも見習いたいものだ。
ついでに、俺もニオさんも、前回の戦いと全く同じ装備。ニオさんが、服が無ければビキニアーマーに視えなくもない白金シリーズ(黒塗装ver.)。俺がトトリとの共闘で得た安息シリーズの防具をそれぞれ装備している。
耐久値がギリギリだった安息の鎧たちも、クランの武器職人でもある名無しの権兵衛さんによって修理済み。それはニオさんも同じだから、お互いに万全の状態で今回のPvPを行なうことになる。勝っても負けても、言い訳は出来ない。
「さて……。それじゃあ最後に報酬の確認。あたしが勝ったら、斥候くんを1週間こき使える。もちろん、現実でもね」
「まぁ、俺に協力可能な範囲で、だけど。その時はお手柔らかにお願い」
俺からの補足に、にこりと笑うだけの黒猫少女。出来れば頷いて欲しいところだけど、まぁ、良いか。
「逆に、斥候くんが勝ったら、あなたが共感を苦手にしている理由を教える。……あたしが負けるなんて万に一つもないだろうけど、一応、確認ね。本当にそんなことで良いの?」
ニオさんからの確認に、俺はきちんと頷いて見せる。
今回の対人戦。俺はニオさんと戦えるだけで「ワクワクできる」っていうメリットがある。それ以上を望むとなると、今後の俺の成長のために、ひいてはウタ姉のために。俺が抱える課題の根幹部分を、ニオさんに教えてもらう必要があった。
「俺にとっては、けっこう大切なことなんだよね」
「ふふっ! そう、分かった! さて、それじゃあ……」
ニオさんから飛んでくる詳細なルールについて書かれた対戦申し込みのメッセージボードに、Yesを返す。さっき確認した勝者の報酬は、あくまでも口約束。だから、今回の対戦の報酬はどちらも空欄のままだ。
それでも俺の方に約束を違えるつもりはないし、ニオさんも同じだろう。
「どうやって斥候くんを使おうかしら? ふふっ、今から楽しみ!」
「マージでこの人、自信過剰が過ぎる……。そんなこと言うキャラってゲームでは大抵負けるの、知ってる?」
「うふふっ! それはシナリオの話でしょ? あたしの場合、自信じゃなくて、事実だもの。努力と才能と運の差よ。だから安心して負けてくれていいわよ、斥候くん?」
「…………。うぜー」
なんて煽り合っていたら、運営の審査を通った旨の通知が来る。同時に、「上記のルールでプレイヤー名:『ニオLv.46』と対戦しますか?」という確認メッセージが来た。
(ニオさん、ちゃっかりレベル上がってるし……)
完ぺきな自分を夢見て習い事三昧の日々の中、こうしてゲームでもきちんと前に進んで見せている当たりは、さすが“入鳥さん”だ。けど、俺も負けてない。もともとレベルで負けてたって言うのもあるけど、いまの俺はレベル44。前回は3レベル差だったことを思うと、差は詰まっていると思いたい。
「現実では出来ない殺し合い……。楽みましょうね、斥候くん♪」
「はいはい。せいぜい負け犬の遠吠えをしないようにね、ニオさん」
「あっは! ……それ、こっちのセリフだから」
お互いに言ってYesボタンを押せば、試合開始を告げる10カウントが始まる。
今回の勝負の鍵は、2つ。
1つ目は、ニオさんの魔法による弾幕をどうやって処理するか。もう1つは、ニオさん自身の身体能力と戦闘センスをどうやって攻略するか。特に後者については、底が知れないニオさんの才能を正確に見極める必要があるんだけど……。
(結局は、当たって砕けるしかないんだよね)
ニオさんの才能と努力を理解しようとするのが間違いだっていうのは、ここ数週間、彼女と行動を共にして分かっていることだ。だったら俺は俺の全てでもって、ニオさんにぶつかっていくしかない。そのうえで、猫の首に鈴を付けられるかどうか――。
『3、2、1……ファイッ!』
動き出しはほぼ同時。俺は一気にニオさんに肉薄する。
何かと便利な魔法スキルだけど、数ある魔法スキルから使用するスキルを目線or音声で選択、目視で照準、と、使用するにはいくつかの手順を踏まないといけない。特にフルダイブ操作だと、プレイヤーが焦れば焦るほど、魔法スキルは精度を落としていくことになる。
事実、前回、俺が運任せで魔法を防いだ時、焦ったニオさんは魔法を使えなかった。
(だから、徹底的にニオさんの余裕を奪う!)
対するニオさんも、そんなことは分かっていて、
「甘いわ、斥候くん!」
俺に近づかれまいと、速攻の構えだ。
〈雷球〉、〈火球〉、〈氷槍〉。黄、赤、青。色とりどりの弾幕がニオさんの周囲に展開され、次の瞬間には俺を目がけて一斉に飛んでくる。こうして俺とニオさんを結ぶ直線上には魔法たちが居て、最後の砦と言わんばかりにリューが巨大な剣と盾を手に立ちふさがる陣形が出来上がる。
こうなってしまうと、遠距離から一方的に攻撃できるニオさんの方が圧倒的に有利。スキルなんか使わないで己の身体能力だけで“受け”をしつつ、システムという最強の軌道・威力補正を持つスキルと、頼れる相棒で対戦相手を屠る。これぞまさに王道、強者の戦い方だ。
(でも、だからこそ、勝機がある……はず!)
前回のニオさんとのPvPを経て、俺には今回、1つだけやってみたいことがあった。それは、遠距離攻撃主体のニオさん相手だからこそ出来るもの。そして、今回に向けた練習は、魔動ゴーレムを相手にさんざん繰り返してきたものだ。
「フィー……、やろっか!」
「(ん!)」
俺はまず、弾速が早い〈氷槍〉4本を見据える。
(まずは、2本)
黒鉄の双剣を使って、2本の氷柱を斬り落としながら、
「フィー、A」
「(ん)」
フィーを〈変身〉させ、後隙を消去。残る2本も斬り落とす。さらに時間差でやって来る〈火球〉については、黒鉄の双剣を投げて無力化。最後の〈雷球〉についても、手元に残る双剣の片方を投げることで無力化した。
「魔法を全部斬ったの!? ……って、なるほど。ゴーレム戦から着想をえたのね? やるじゃない、斥候くん!」
「それはどうも!」
ニオさんの魔法を斬り落としつつも、きちんと接近することはやめない。
こうなると、ニオさんは魔法スキルが再び使用できるまでの時間稼ぎをしないといけない。それを買って出るのはリューなんだけど、良くも悪くも、リューはAIが操作するモンスターだ。しかも前回の戦いから察するに、知能レベルは動物並み。駆け引きが出来るほどの設定はされていない。そんなモンスターは、正直、脅威でもなんでもなくて……。
『グルァ!』
「ごめん、リュー」
リューが振り下ろす大剣を回避。後隙を晒すリューに、爬虫類系のモンスターの弱点である刺突系の武器で攻撃を加える。
一緒に居る中で知ったリューのHPは300。鱗がある部分に防御力50があるのは知ってるけど、お腹側には防御力が無い。だから隙だらけのお腹に攻撃力130の白金の長槍を突き刺せば、「Critical!」と共に195のダメージ表記がなされる。
ついでにフィーを黒鉄の双剣に変えて追加のダメージを与えれば、
『キュルルゥ……』
可愛らしい悲鳴を上げたリューが、仔竜の姿に戻る。
そうして前衛の盾がいなくなれば、そこに居るのはむき出しになった後衛職のニオさんただ1人。
「行くよ、ニオさん!」
「にゃはっ♪ やっぱり勝負は、こうでなくっちゃ!」
そこから続いた白兵戦は、たったの十数秒。けど、そのわずかの時間で俺とニオさんの間では多分、100以上の駆け引きがあったはずだ。
けど、いつだって、楽しい時間というものはいつだって、あまりにもあっけなく終わりを告げるもので……。




