第15話 Sな部分がはみ出てちゃってる
その後、一度ログアウトした俺は、何日ぶりかも分からない6時間以上の睡眠を貪った。目覚めたときのスッキリ感たるや、ボスを討伐した時にも匹敵したと思う。
起床後、朝食の準備をしていると、頼りない足取りのウタ姉がリビングに姿を見せた。
「くわぁ……。おふぁよう、コーくん」
「おはよ、ウタ姉。昨日も夜更かし?」
「うん~……。昨日も遅くまで璃鳥ちゃんと通話してて……ぱたり」
言葉の途中で食卓に突っ伏してしまったウタ姉。寝癖のついたこげ茶色のゆるふわ髪に、木綿のパジャマ。隙だらけの姿も、うん……最高。ついでに叶璃鳥さんは、中高大と学び舎を同じくするウタ姉の幼馴染だった。
(寝不足っぽいし、もうちょっとだけ寝かせてあげようかな)
ダイニングテーブルにもたれかかって寝息を立てるウタ姉にブランケットをかけてあげてから30分後。
「わっ、ごめんね、コーくん! 私、寝ちゃって……。う~、恥ずかしいところ、見られちゃった」
顔を真っ赤にして飛び起きたウタ姉と9時頃に朝食を取り、11時からのバイトへ。途中休憩もはさみながら6時間働いて、帰宅。
アンリアルの王都セントラルにログインすると、現実世界よりも一足先に、夜の世界が俺を迎えてくれた。
後夜祭と銘打たれているだけあって、今日のアンリアルは15時から夜になっている。きらびやかな街灯が照らす王都の中世的ヨーロッパ的な町並みは、公式ホームページに掲載されるほどに美しい景観だった。
(次にウタ姉を呼ぶなら、夜かな)
アンリアルの夜は探索の難易度がグッと上がる反面、どの町も一様に昼とは異なる顔を見せてくれる。きっとウタ姉も満足してくれるだろう。
ニオさんから送られてきた地図を片手にそんなことを考えながら、歩くこと10分ほど。
「ここ……かな?」
俺はとある建物の前で足を止める。
そこに在ったのは、漢字の「凸」の字に似たシルエットの、巨大建造物だ。直線とアーチを組み合わせた、木と石とを組み合わせたその建物は、1階が大衆居酒屋。2階が居住区画になっているらしい。ドデーンとした佇まいと言い、建物の造りと言い……。
(めちゃくちゃ“冒険者ギルド”っぽい!)
それが、第一印象だった。
ニオさんによればAquariusさんが外装、こよみんさんが内装を手掛けたらしい。なんて言ったことから分かるかもだけど、この建物はTMUのクランハウスだ。それも、各地にあるTMUのクランハウスの総本山。
俺が今日ここに来た理由は、SBさんからイベントのちょっとした打ち上げをしないかって誘われたから。個人主義かつ社会人が多いTMUのメンバーがどれだけ集まるかは分からないけど、ルーティさんを除いた戦闘メンバー4人……俺、ニオさん、SBさん、ペンさんは参加するとのことだった。
(緊張するけど、これも挑戦……!)
小さく息を吐いて地続きになっているクランハウス1階――酒場に足を踏み入れると、店内の様子が詳細に描画される。
パーティの基本単位でもある4人掛けの席が6つ、壁際を中心に、2人掛けの席が8つある。店内を照らす照明は、いわゆるシャンデリア。だけど派手さみたいなものは控えめで、品のある輝きを放っている。おかげで、居酒屋の親しみやすさの中に、しっかりとした“格”のようなものが感じられた。
そんな店内には意外にも(って言うと失礼かもだけど)、7割くらい席が埋まっている。漏れ聞こえる会話のほとんどが、もうすぐ開示されるイベントの受賞者・受賞クランについてだ。どうやら受賞有力なプレイヤーやクランもあるらしく、ここ数十秒だけでも何度か同じ名前を聞くこともあった。
(今さらだけど、有力なプレイヤーやクランをマークしておくのも、斥候としては当然のことだったのかも……)
そもそも“普通のゲーマー”は、上位ランカーについて嫌でも意識してしまうものなんだろう。意識しないと他人に興味を持てない俺の、悪いところが出てしまったかも――。
「……うくん? 斥候くん!」
「おわっ!? ニオさん?!」
不意に耳元で名前を呼ばれて、思わずのけぞってしまう。見れば、腕を組んだ姿勢で俺を見るニオさんの姿があった。
人目があるからか、今日もフードを目深にかぶった全身ローブ姿。奥にある整った眉を逆立てて、不機嫌そうに……というよりは、呆れたように、俺のことを見ていた。
「あたしの話、聞いてた?」
「ごめん、考え事しちゃってた。えっと……?」
考え事もそうだけど、集中してしまうとついつい周りが見えなくなってしまう。これも他人への興味の希薄さに並ぶ、俺の悪い癖だ。治すことは無理でも、上手く付き合っていく方法を探していかないと。
ひとり内省する俺に対して、ニオさんが今度こそため息を吐く。
「まったく……。挨拶を無視された時点でお察しだったけど……ほら、来て」
言ったニオさんが俺の手を引き、店の奥へと歩き出す。
「えっと、ニオさん? 厨房に行く感じ? でもイベントの打ち上げは2階って――」
「まだ18時まで時間があるでしょ? だからそれまで、あたし達でヒマつぶしをしましょう!」
言いながら、提供カウンターの奥にある厨房へと足を踏み入れた俺たち。そこでは、バイトとして雇っているNPC達があくせく働いている。賃金や労働時間などの調整をミスると、途端に幸福度が下がってNPC達が自主退職やストライキをしてしまうらしい。そうしたNPCの運用もアンリアルの楽しみ方の1つなんだけど、今はスルー。
というのも、ニオさんと俺の行く先に、地下へと続く階段があったから。
「地下……?」
「そっ!」
歯を見せて得意げに笑ったニオさん。彼女に手を引かれ、壁掛け松明が照らす、石造りの薄暗い階段を降りていく。
「外観を見たとき、ファンタジー作品の冒険者ギルド見たいって思ったでしょ? で、外観通り1階が酒場、2階が宿屋を模した居住区になってる。じゃあ地下は何だと思う、斥候くん?」
挑戦的な目で俺の方を振り返るニオさん。
このクランハウスはファンタジーのお約束を踏襲しているらしい。で、ギルドの地下にあるモノと言えば……。そこまで考えて、ようやく俺は、ニオさんが頑なに手を離さない理由を悟る。
(あっ、この人。俺を逃がさないつもりだ)
俺たちの今向かっている先――恐らく“地下闘技場(訓練場)”――と、これまでの言動。それらから察するに、ニオさんは今から俺とPvPをするつもりだ。
「ふふっ、気付いたみたいね、斥候くん! そのげんなりした顔……ゾクゾクしちゃう♪」
「ニオさんや。久しぶりにSな部分がはみ出てちゃってるから。ちゃんとローブの中にしまっといて。……ついでに俺の手を離してくれると助かるんだけど?」
「残念♪ あたしがどれだけこの瞬間を待っていたか、斥候くんなら知ってるでしょ?」
それはもう楽しそうに笑ったニオさんが、俺の手を握る力を強める。
一応、いまも視界に表示されているセキュリティアラートにYesを押せば、逃げること自体は簡単だ。けど、実は言うほどニオさんとの対人戦が嫌ってわけじゃない。
(ううん、この言い方はズルいよなぁ……。自分の気持ちに正直になろう)
俺は、ニオさんとの対人戦にワクワクしてしまっている。さながら、ボスに挑戦する前の高揚感に近い……のかな。
思い出すのは、前回、シクスポート付近の森で行なった、ニオさんとの決闘だ。結果こそ俺の“勝ち”だったけど、その内容は“負け”に等しいもの。しかも、トトリの乱入で消化不良気味に終わってもいる。あれ以来、この天才にどうすれば勝てるのか。イベントを楽しむ傍ら、そのヒントを探し続けてきたつもりだ。
いまも俺の目の前で上機嫌に鼻歌を歌っているニオさん。勝つことを疑わないその様子も、油断なんかじゃない。事実として、ニオさんの方が格上だろう。……でも、だからこそ、俺は挑戦したい。
――俺とフィー。2人の力が、どこまでこの人に通用するのかを。
「フィー」
名前を呼ぶと、白銀の髪を揺らす千変万化の妖精さんが姿を現す。ひと1人通るのがやっとの階段。自然、俺の手を引くニオさんが先頭、俺がその次、最後尾をフィーがトテトテと追従する形になった。
「ん?」
後方、眠そうな目で俺を見上げるフィーが、何か用かと小首をかしげている。
他のプレイヤーが居たこともあって、イベント中はほとんどフィーの姿を見ることが無かった。だからだろうか。久しぶりに見る妖精さんは、なお一層美しく、頼もしく映る。
「今からまたこの人……ニオさんとPvP。行けそう?」
そうフィーに尋ねる俺の口元はきっと、笑っていたに違いない。心なしか青い瞳を見開いたように見えた妖精さんは、すぐに表情を不敵な笑みに変えて、
「……ん!」
渾身のサムズアップを見せてくれた。




