第11話 ここにきて“良くないところ”が表れる
じっとりとまとわりつく湿気を纏った暑さ。見事に再現された頬を伝う汗の感覚と、濡れた服の感触が気持ち悪い。また、少しずつ濃くなっていく霧が、視覚的にも蒸し暑さを演出してくる。
お世辞にも快適とは言えない状況で、俺たちプレイヤーは最後の敵――デーモンジェネラルとのレイド戦へと移行していた。
「赤いオーラ……敵の必殺技、来ます!」
主にTMUの面々に注意を促しながら、俺は霧の中に目をやる。と、次の瞬間には赤い残光が虚空に描かれ、霧の向こうに居た名も知らないプレイヤーを襲う。ただ、金属がぶつかり合うような音がしたから、急襲されたプレイヤーはきちんと迎撃したんだろう。
メインシナリオの時にデーモンジェネラルが見せた『赤槍一閃、五芒星』。この場にいる10人――1人はゲームオーバーになったらしい――の中からランダムに5人を槍で切りつける、高速の連撃だ。
攻撃力は300。ボスの必殺技なだけあって、ジャストガード&ノックバック無効の効果もついている。けど、避けるには攻撃が早過ぎる。だから基本的には最低限のダメージ覚悟で、盾や剣を使って迎撃するほかなかった。
(次、来る!)
間髪を置かず、再び赤い残光が霧の中を駆ける。次に狙われたのは……ニオさんだ。
予想外の攻撃で一網打尽にならないよう、それぞれが距離を取っていたTMUの面々。よって、俺からやや離れた位置に居たニオさんに向けて、デーモンジェネラルが駆ける。まさに瞬きの間に目の前に現れ、振り下ろされる赤い槍を、しかし。
「ん……にゃっ!」
ギリッギリのタイミングでニオさんが躱してみせた。
さっき避けられないって思ったけど、やっぱりニオさんは例外中の例外みたいだ。なんて、内心で驚きを通り越して呆れている俺に、ニオさんからドヤ顔が飛んでくる。
(そんなことされたら……)
次は別のプレイヤーの所に行った赤槍が、4撃目にして俺に向けられた。
遠くにいたはずのデーモンジェネラルがいつの間にか俺の目の前に居て、槍を振り上げてくる。
安全策を取るならもちろん、剣で槍を軽くいなしつつ身を逸らすのが正解だ。けど、さっきのニオさんからの挑戦状には、ゲーマーとして、応えてみせたい。SBさんの回復スキルのおかげでHPにも余裕があるし、楽しむことが大事だっていうウタ姉とSBさんの言葉もある。ということで……。
『フゥ……ッ!』
気迫を込めて俺に迫る槍を、俺も勇気をもってどうにか回避。さらに、攻撃範囲が敵の槍よりも広い『長槍』にフィーを〈変身〉させて、心ばかりの反撃をしておいた。
リターンに釣り合わないリスク。言ってしまえば、ただのギャンブル。だけど、これでニオさんも満足だろう。そう思って煽って来た黒猫の方を見てみれば、
(いや、見てないんかい!)
その金色の瞳は、全く別の方を見ている。その視線の先に居たのは、敵の5回目の切り付けで狙われたSBさんだ。
プレイヤースキルは普通程度のSBさんが狙われるのは、戦闘が始まって初めてのこと。並みの攻撃ならともかく、目にもとまらぬ赤い槍撃にSBさんが対応できるとは思えない。しかもSBさんのHPは150と、ほぼ初期値。敵の攻撃が300であることを考えると、どんな防具を付けていてもほぼ即死と言える状況だ。
しかし、SBさんには……俺たちには頼れる“盾”が居る。
「〈庇う〉!」
低い男声が聞こえたかと思えば、今まさにSBさんに振り下ろされようとしていた槍が、背の高い男が構えた盾によって防がれるのだった。
これで、ひとまず回避がほぼ不可能な敵の連撃が終了。余裕があるプレイヤーが、攻撃後の隙を見せるデーモンジェネラルへと武器を振り下ろす。
一方で、俺たちTMUは一度集合し、お互いの状態を確認しつつ情報を交換していく。
「大丈夫か、団長?」
TMUの頼れる盾ことペンさんの言葉に、SBさんが激しく頷く。
『ああ、ペンちゃんのおかげだ』『みんなも大丈夫か?』『HP以外にも、時間とか、気疲れとか』
ゲームでは目に見えない部分の心配をしながら、SBさんが全員分のタオルを渡してくれる。これで汗を拭えば、しばらくの間、快適にプレイできるようになる。
「大丈夫です。それよりも、状態異常が強化されてきてるのでHP管理に注意を」
俺の言葉に、ペンさんとニオさんが余裕のない顔で頷いた。
思い出すのは、10分前のニオさんの言葉。
『このままじゃあたし達。10分と持たずに死んじゃうわ』
その正体が、火口全体を覆うようにして存在する霧……いや、有毒ガスだ。恐らく硫黄か何かの再現だろうけど、じわじわとHPが減っていっている。最初は5秒に1程度だったけど、デーモンエリートを倒し、デーモンジェネラルとのレイド戦が始まってからこれで5分。3秒に1くらい減るようになった毒ガスが、少しずつその存在感を放ち始めている。
いまはまだ回復薬を飲むことで相殺できてるけど、もう少しすれば、いよいよ回復薬でもカバーできなくなる。だから、できる限り急いでボスを倒したいところなんだけど、そうも言ってられない状況になっている。
「ここでも魔動機が厄介だな」
ペンさんが茶色のつぶらな瞳で遠く見遣るのは、湖畔からアリアに向けてレーザー攻撃を行なう魔動機たちの姿だ。デーモンジェネラルとの戦闘開始時、デーモンジェネラルがどこからともなく呼び寄せていたのだった。
1対1体がザコ敵であることは変わりないし、アリアに対して与えているダメージも1とか2とか、その程度。けど、その数が百を優に超えている。
「本当は全員で手分けして、一部がボス。その他で魔動機の殲滅をしたいんだけど……」
言ったニオさんが目を向けるのは、デーモンジェネラルと戦っている6人のプレイヤー達だった。
俺たちが前情報無く、推測だけでこのロック火山山頂に来たことから分かること。それは、先客の皆様が、この戦いのことを隠匿していたことだ。
これだけの規模の戦い。豆粒みたいな人間11人(うち1人は死亡)が寄ってたかって戦っていたら、どうしても時間がかかる。だから本来であれば、さっきSBさんが運営サイトを通して発信したように、この戦いの存在を早い段階でその他のプレイヤーに周知するべきだった。
なのにそうしなかった理由は、恐らく、ボスを独り占めしたかったからだと思う。もっと言えば、ボスを倒して得られる莫大な経験値を他プレイヤーに渡したくなかった、かな。
レイド戦では、ボスに与えたダメージの割合に応じて経験値とドロップアイテムが分配される。特に経験値の面については、少数で倒せば倒すほど、旨味が多い。
しかも安息の地下でのハザとの戦いを思い出せば分かるように、レイド戦は少数でもクリアできないことは無い。実際あの時、約1時間かかったけど、俺とトトリだけでクリアできてしまっている。
(けどそれは、普通の……10~20人程度想定のレイド戦の話なんだろうなぁ)
どう見ても、今回のレイド戦は規模が違う。フィールドの広さも、ボスの大きさも。最低でも50人。もっと言えば100人規模で挑むような、そんなボス戦のように思える。
この戦いの存在に気付いたってことは、デーモンジェネラルと戦ってるプレイヤー達も間違いなく“出来る人”のはず。普通のレイド戦じゃないってことは分かっていると思われる。
もしアンリアルが通常の状態なら、あの人たちも救援要請をしたのかもしれない。けど、今はイベントの真っ最中。たくさん経験値を獲得すれば、100万円が手に入る状態だ。その欲に目がくらんでしまっているのかもしれない。
(これは間違いなく、イベントの良くないところだよね)
報酬がプレイヤー同士の連携を難しくする、典型的な例だと思われた。
「SBさん。救援の到着は?」
少し前に行なった救援要請はどうなっているのか。尋ねた俺に、SBさんはフードを揺らして首を振る。
『アクエリからの情報だと、足の速いプレイヤーでもあと10分はかかる』
とのこと。町から山のふもとまで、直線距離で5㎞ほど。しかも道中に舗装された道は無く、移動手段も限られる。さらに、ロック火山に着いても、そこから1㎞近い登山があるわけで、救援が来るのに時間がかかるのも当然だった。
ちらりと時刻を見遣れば、23時30分。イベント終了まで30分もない。イベントのリンクに跳んで復興度を確認すれば、412となっている。
(1時間前。クランハウスで確認した復興度が1,500とかだったはずだから……)
単純計算、30分で復興度が1,000減る。412なんて、15分と持たずに泡と消えてしまうほど、頼りない数値だった。




