第9話 飛んでいる敵は地に落とすに限る
俺たちがロック火山山頂のカルデラ湖“魔女の瞳”に足を踏み入れた瞬間、特殊戦闘が始まったことを告げるメッセージボードが表示された。そこに書かれていたのは『“三ツ首竜”アリア』と共闘し、デーモンエリート10体を倒せというものだった。
俺たちが駆けつけた時点で、残されたデーモンエリートの数は7体。対してTMUの人たちを含めこの場にいるプレイヤーは合計11人。今もなお、アリアのHPは刻一刻と減っていっている。
このままだと、ヒュドラこと“三ツ首竜”アリアが倒されかねない。ということでSBさんとペンさんとでTMUのサイトにこのボス戦の存在を掲載。近くにいるプレイヤー達の協力を仰いでもらっている。
他方、戦場をすばしっこく駆けまわるのはニオさんだ。長年培ってきたゲーム勘を持って、アリアの攻撃パターンや、戦闘全体のギミックについて、調査してもらっている。
そして最後に、俺はというと……。
『また羽虫が湧きましたか……。本当に、人族というのは』
そう言って俺を見下してくる『デーモンエリート』1体と対峙していた。デーモンエリートは身長1.8mほどの、肌が青い成人男性と言った風貌をしている。髪の色は白。眼球は白目の部分が黄色に変色している。デーモンの特徴として、側頭部から上に向かって生えている紺色をした2本の角が生えていた。
俺に与えられた役割は、もちろん、本格的なパーティ攻略の前に敵の攻撃パターンを見切ること。有効な攻撃や隙について可能な限り調べることを求められている。なお、
「倒しちゃっても構わないんですよね?」
という俺の言葉は、可愛らしく小首をかしげたSBさんの『ああ』によって軽く流されてしまったのだった。さすがに少し、恥ずかしかった。
もしもの時の寝袋(たぶん戦闘の余波で壊れるけど)も設置してあるし、ペンさんにはダメージの一部を肩代わりしてもらう〈カバーリングⅡ〉のスキルを使ってもらっている。また、SBさんからは最低限の回復スキル。状況に応じて支援系のスキルを使ってもらう予定だった。
『まぁ、良いでしょう。ジェネラル様があの竜を倒されるまでもう少し。私がお前の相手をして差し上げましょう』
そう言って、長さ1.2mほどの剣を虚空から取り出し、構えるデーモンエリート。BGMが変わり、戦闘が始まる。
ただ、厄介なことに、デーモンエリートさんは地上5m付近を飛んでいる。だから、近接攻撃が主体の俺の攻撃が届かない。このままだとデーモンに上空から一方的に攻撃されるだけになっちゃうんだけど、アンリアルは良くも悪くも“ゲーム”だ。
『行くぞ、地面を這いつくばることしか出来ない雑兵め』
そう言って、律儀に地上にいる俺を目がけて降下してきてくれる。
(となると、攻撃できるチャンスは恐らく……)
『ぬんっ!』
威勢のいい声と共に振り下ろされる長剣を、身をひねって回避。都合、目の前を通り抜けていくデーモンエリートには明らかな隙がある。もちろん攻撃するんだけど、ここで注意したいのはどこを攻撃するのか、かな。
空中を浮遊するモンスターの場合、羽の有無は結構大きなヒントになったりする。具体的には、羽を部位破壊すれば空を飛ぶ能力を失う可能性があるのだ。
少し前までアンリアルに部位破壊の概念は無かったけど、トゲマルしかり、魔動ゴーレムしかり、この前の大型アップデートで部位破壊の概念が追加されている。というわけで、俺が狙うのはコウモリのような皮膜を持つデーモンエリートの翼。
そして、これまでしてきたゲームの傾向から推測するに……。
(多分、弱点は斬撃系、もしくは刺突系!)
俺はフィーを黒鉄の双剣に〈変身〉させ、すれ違いざまにデーモンエリートの翼を切りつける。すると、「Critical!」の表記と共に105のダメージ表記がなされた。これにより、翼に斬撃系の武器が有効であること、また、翼の防御力が30であることが判明した。
『ぅく……っ!』
鈍い声を発しながら、上空へと退避していくデーモンエリート。その隙だらけの背中に、俺はコンパウンドボウ+〈狙い撃ち〉の攻撃を行なう。すると、背中に命中した矢が、90のダメージを示した。
(今の弓の攻撃力が150だから、胴体の防御力は60……。人型ってことは、恐らく頭部を狙った攻撃は全武器クリティカルになるはず)
短い時間で色々推測を立てながら、デーモンエリートを攻略していく。
『劣等種が……っ。これでも食らえ!』
そう言ってデーモンエリートが腕を振るうと、上空に黒い靄を纏った黒い剣が10本、錬成された。何それかっこいい、なんて、俺がゲーマー魂を燃やしていられたのもつかの間。1本、また1本と闇の剣が俺を狙って落ちてくる。攻撃のモーション自体は、プレイヤーが使う〈氷槍〉に近いだろうか。
追尾性能は無いみたいだけど、いかんせん速度が速い。しかも、今のところ敵のタゲが全て俺に向けられているから、10本の剣すべてが俺を狙ってくる。1本、2本、3本目を避けたところで、4本目の剣が俺の脇腹をかすめた。
死ぬことが前提だから、防具も最低限の状態。皮の鎧の防御力20、ペンさんの〈カバーリングⅡ〉によるダメージの肩代わりを突破して表示されたダメージは104。ちょっと計算がややこしいけど〈カバーリング〉は最終的なダメージの1割(“Ⅱ”なら2割)を、使用者であるペンさんが肩代わりしてくれる。つまり、あの闇の剣による攻撃の攻撃力は150ということになる。
5本目、6本目は回避。7本目が被弾、肩口を軽く抉られる。8本目、回避。9本目を被弾。しかも今度は右太ももにしっかりと剣が刺さった。
「イッタ……ッ!?」
結構な痛みがあって、俺の動きが反射的に止まってしまう。これまで104の攻撃を3回で、都合312ダメージ。俺の残り体力は残り38。いわば瀕死状態の俺を、敵が見逃してくれるはずもない。剣の向こうにあるデーモンエリートの顔が愉悦に満ちた笑顔を最後に、10本目の剣がお腹に刺さった俺がゲームオーバーを迎える……ことは無かった。
気づけば俺の身体は緑色の光に包まれていて、HPが109になっている。俺の窮地を察したSBさんが、〈回復Ⅱ〉のスキルを使ってくれた証だ。回復量自体は〈回復Ⅰ〉と同じで対象のHPを最大値の半分回復させるらしいんだけど、再使用時間が30分から5分にまで短縮されるらしい。
さらに、俺の視界の端に表示されたのは双葉のマークだ。これは回復薬を使った時とほとんど同じで、1秒ごとに体力が回復する「リジェネレイト」の状態になったことを示す。回復系スキルの1つ〈再生〉の効果で、再使用までの時間が最初から5分と短い。世のヒーラーさん御用達のスキルだった。
(ランクを上げたら1回復するまでの時間が短くなっていくんだっけ……?)
1秒ごとに3回復しているところを見るに、SBさんの〈再生〉のランクはⅢだと思われた。
遠くで手を振るペンさんとSBさんの手厚いサポートに感謝しつつ、俺は再びデーモンエリートとの戦闘に集中する。
剣の雨を降らせる攻撃の後に何をしてくるのかと見ていれば、再び俺に向けて剣を構えて突進してくる。本当はデーモンエリート自体の攻撃力も知っておきたいけど、今はまだ回復の最中。
だから攻撃力の調査は後回しにすることにして、今回は槍を始めとした刺突系の武器がデーモンの羽に有効かを確かめる。地面スレスレを滑空し、横なぎに振るわれたデーモンエリートの剣を跳躍して回避。空中で縦に回転すると、そこにあるのは上下さかさまになった世界。頭上に見える地面とデーモンエリートの背中の羽に狙いを定めて、
「ふぅっ!」
手に持った槍を突き刺す。すると、予想通り「Critical!」が表示された。
(斬撃系、刺突系が有効……ってその前に)
素人が前宙をしてるわけだから、着地が怖い。フィーをナイフに変えて、度両手が使える状態で着地。膝と手を使って上手く衝撃を吸収して、すぐに立ち上がる。ただの学生でしかない現実だと、怪我が怖くて絶対に出来ない動きだった。
再び上空に戻ったデーモンエリートが、今度は〈火球〉を飛ばしてくる。ご丁寧に、〈雷球〉まで添えて。
(近接系のプレイヤーはカウンター主体の戦い方になるっぽい……?)
戦えなくはないけど、戦いづらいのは確か。空を飛ばれている限りは、討伐にも時間がかかる。
(各種攻撃力と防御力は地面に落としてからでも調べられるし……)
俺はまず、さっきから上から目線で見下してくるデーモンエリートを地に落とすことを目標にすることにした。




