第7話 “復興度”が示す物
モンスターパレードについて、ストーリーという観点からデーモン系の敵を狙い撃つ。そんな俺の案に、TMUの戦闘部隊の3人は快く頷いてくれた。
「だけど、斥候くん。あなたの案に乗るのなら……ストーリーに意味があるっていうのなら、とことん踏み込まないと」
そう言って現在の復興度をみんなに見えるように示して見せたニオさん。そこには1,528という数字があって、今も絶賛減少中だ。ここまでざっくりと、1時間に700~800という速度で復興度が減少している。このままいけば、イベント終了にギリギリ間に合うかどうか……。
「あたしが気になったのはこの数値と町の様子の乖離です」
「あ、それは我も気になっていたな。ここに来る途中、団長と一緒に話していたことだ」
ニオさんの言葉に、ペンさんがロクノシマの町の様子のスクショを示して見せた。そこには、町にある建物のおよそ全てが無事な様子が写っている。町を囲む防塁も、ところどころ崩れかかっている程度で、まだまだ現役。……そう。さっきニオさんが言ったように、5分の1まで減ってしまっている復興度と町の様子には、大きな差があった。
これまで俺は、復興度の減少には目を向けてたけど、町の様子なんかには目もくれていなかった。でも思い返してみれば、町が崩壊しているような光景は無かったように思う。もし目に見えて町の崩壊が進んでいれば、さすがの俺でも気付いただろう。つまり、これまで俺が気づかなかったことそれ自体がヒントだったわけだ。
『じゃあ、ニオ。復興度の意味とは?』
俺が抱いた疑問を、SBさんが言葉にしてくれる。それに対してニオさんは、
「あたしは、運営による演出だと思っていたんです。減少する数値って、ユーザーの危機感と興奮を盛り立てやすいコンテンツですから」
少しメタ的な視点を交えて語る。
「……だけど、もし斥候くんの言うように、ここにも意味を見出すとするなら?」
好奇心に満ちた金色の瞳を俺に向けてくるニオさん。減少していく、一見すると意味がない数値。それがただの演出でないとするなら――。
「カウントダウンって考えるのはどう?」
「さすが! 『にゃいす』をあげるわ、斥候くん」
「にゃ、にゃいす……?」
恐らく配信者としての何かだと思われる『にゃいす』について、ニオさんが触れることは無い。
「カウントダウン。復興度をそう考えた時、このモンスターパレードにも意味を持たせることができるんじゃないでしょうか、リーダー、ペンさん?」
ニオさんが、今度はペンさんとSBさんに尋ねる。それに対してにやりと笑ったのはペンさんだ。
「モンスターパレードの意味、か。なるほどな」
そう言って背もたれにもたれかかる。一方、ペンさんの隣で小首をかしげているのはSBさんだ。ついでに俺もニオさんが何を言いたいのか分からないから、聞かれなかったことに内心ほっとしていた。
沈黙の中、懸命に頭をひねっているSBさん(と俺)に、ペンさんから助け舟が出される。
「団長。カウントダウンってことは、数字が0になったら何か起きるわけだ」
ペンさんの言葉に、SBさんがコクコクと頷く。
「何が起きるのか。それは恐らく、町の崩壊だろうな」
そんなペンさんの予想については俺も同意だ。イベント開始当初は町が崩壊すれば復興度が0になると思っていた。けど、復興度がカウントダウンとするなら、順番が逆。復興度が0になれば、町が崩壊する。
「そして、町が崩壊して喜ぶ奴がいる。……誰だ?」
ペンさんに問われて、SBさんが『デーモン?』と書かれたメッセージボードを提示する。
「そうだ。町を守っているのに減っていく復興度。そして斥候の予想では、モンスターパレードの裏にデーモンが居る。となると、このモンスターパレードの目的は町を壊すことじゃなくて……」
ペンさんにそこまで言われてようやく、SBさんが「あっ!」と可愛らしい声を漏らした。分かったことがよほど嬉しかったんだろうな。一瞬、ソファの上でちょっとだけ飛び跳ねたように見えた。
「こ、こほん……『多分だが』『陽動』『だろ?』」
さも分かっていた風を装って言ったSBさんに、ニオさんの「にゃいすです!」がまた1つ与えられる。
「そうなんです。このモンスターパレード自体が陽動の可能性があるんです!」
モンスターパレードが目玉であると見せかけて。シナリオをちょっと読み解くだけで、その背後にいるデーモンの影がちらついてくる。
『陽動ということは』『デーモンたちは裏にいる』『つまり、表』『モンスターパレードに紛れてやってくることはない?』
手早く文字を打ち込んだSBさんが、デーモン捜索の糸口を見出す。
そう。モンスターパレードが陽動だとするなら、デーモンは別の場所にいるということになる。デーモンの情報だけ、やけに集まらないわけだ。
じゃあどこにいるのかって話になるんだけど……。
「設定に忠実に行くなら、町を破壊できるくらい強力な“何か”がある場所に居るんだと思います。ただ、この広いロクノシマのどこって言われると……」
肝心の“場所”が分からないと、耳と尻尾をしおれさせるニオさん。ただ、これについては俺の方で1つ、考えがあった。
今回のモンスターパレードが、デーモンの使役する魔動機たちの暴走によって発生したことは間違いないだろう。
(でも、それだけじゃないとしたら……?)
そう考えるようになったきっかけは、モンスターパレードの中に『マンモス』が居たからだ。もっと言えば、マンモスから連想される言葉である「絶滅」の方に着想を得た形だ。
俺が考えていた、魔動機の暴走以外のもう1つのモンスターパレードの発生理由。それは、自然災害だ。地震の前にネズミや鳥が変わった行動を見せるのはよく聞く話。今ここに居る動物たちは、その異変を察知して逃げているんじゃないか。そんなふうに考えていた。
そして、逃げ惑う動物系モンスター達を、デーモン達が魔動機で町に誘導し、陽動として利用しているのだとして。町を……というか、人間側が取り戻しつつあるこのロクノシマを丸ごと消し去る自然現象の可能性を、俺たちはもう知っている。
『斥候』『何か考えがありそうだな?』
と、どうやって切り出そうか考えてたら、SBさんの方から話を振ってくれた。顔に出てしまってたんだろうか。例えそうだったのだとしても、話しながら俺を含めた全員の表情を見ていたSBさんは、リーダーとしてさすがだった。
「えっと。これも深読みの域を出ないんですけど……」
『構わない』『話してくれ』
狐面の奥にある青い瞳に促され、俺は改めて自分の考えを言葉にする。
「火山の噴火はどうでしょう?」
そもそもロクノシマは、火山の噴火によってできた島だってことは分かっている。
「数百年規模で噴火してないので、火山活動が沈静化したんだと思っていました。ですが、この前ロック火山の頂上に行った時。祠がありましたよね」
勝手なイメージだけど、祠って何かを祀ったり、鎮めたり。そんな、人々の思いが込められたものだって、俺は思ってる。
「つまるところ、祠には信仰の対象が在る・居るはずなんです。そして、魔動ゴーレムの二つ名。皆さんも覚えていますよね?」
「ああ。確か“三ツ首竜の守護者”だったな?」
尋ねた俺に応えてくれたペンさんは、しかし、顔をしかめる。
「だがな、斥候よ。我が言ったように、ゴーレムが落としたコアを祠の窪みにはめても、何も出てこなかったぞ?」
そう。あの日、俺とニオさんがログアウトした後、大人組であるペンさんとSBさんがさらなる探索をしてくれていた。しかし、結果は空振り。思わせぶりな二つ名をしておいて、三ツ首竜とやらは出現しなかったそうだ。
「はい、ペンさん。でもゲームのシナリオとして運営が伝えたかったのは、そこに祠があって、祀られているんだろう生物……三ツ首竜が居るという事実だったんだと思います」
プレイヤーが働きかけても“三ツ首竜”が登場するわけもない。だってもし登場してプレイヤーと戦闘になり、倒されるようなことがあれば――。
「ははん、話が見えて来たわよ、斥候くん。つまりあなたはこう言いたいのね」
「あ、ちょ、待ってニオさん。その先は俺が――」
「復興度はこの島を守る三ツ首竜のHPでもあるって!」
またしても美味しいところを持っていかれる形になったけど、そういうことなんだと思う。
つまり、もしこのイベントに本当に物語があったとするなら。プレイヤー達が楽しく、血眼になってモンスターを狩っている町から遠く離れた山の山頂で。
数百年に渡り島の安寧を守って来た偉大な竜が、デーモンによって討伐されようとしているのかもしれなかった。




