第4話 “上位”がいることを、救いとするか否か
避けて、斬って。いなして、斬って。攻撃を受けて、それでも斬って。たまーに弓で敵を射抜く。時間が経つにつれて少しずつ、少しずつ、効率化されていく“作業”。次はああしたら良い、こうしたら良いという自分の直感に従って動いて。その通りだったらそれを続けて、間違いだったら元に戻す。
そうして最適解を導いていくと、変な言い方になるけど、どう動けば良いのかって言う“線”が見えてくる。全身の感覚が遠くなり、得も言われない全能感に包まれて、何も考えなくても身体が正解の道をたどるようになる。そんな状態をスポーツなんかでは“ゾーン”って言うらしいことを、俺はつい最近ケンスケや千木良から聞かされていた。
(つまり、さっきまでの俺はゾーンだったのかな……?)
モンスターを狩り始めて気づけば1時間半。周囲からモンスターが居なくなったことでふと冷静になった俺は、フィーが目の前に示してくれた1時間当たりのモンスター討伐数に目を見張る。
その数“181”体。
1分当たり3体、20秒で1体のモンスターを倒していた計算だ。モンスターに会うだけで最低でも1分以上を要する通常の湧きでは、まずありえない数字。きっとこの先、同様のイベントでもない限り、この数字に挑めることは無いと思う。……いや、ゾーンに入るためには運も必要だって聞いたから、本当に最初で最後の数字になるかもしれなかった。
一方で、記念としてスクショを撮っている今も、全く実感が無い。びっくりするくらい熱くなっている現実の身体と、やり切ったという心地よい脱力感はしっかりとある。だけど、やっぱり実感が無い。
どこか地に足付かない心持ちのまま、ひとまず町に戻って人目のない路地裏へ移動する。と、俺が指示する前に白い武器から妖精の姿に戻ったフィーが、
「ん~~~!」
鼻息荒く、翅を羽ばたかせている。キラキラとした目で「ん~! ん~!」と褒めてくれる第三者のおかげで、ようやく俺の中に「200体近い敵を倒したんだ」って言う実感が湧いてくるのだった。
そうして押し寄せてくる高揚感とは裏腹に、ゾーンの名残かな。妙に冷静な自分もいる。
「……お疲れ様、フィー。フィーのおかげだよ、ありがとう」
「ん! 『新記録』『斥候』『すごい!』」
俺のねぎらいの言葉に、フィーが改めて称賛の言葉をくれる。続いて、フィーが飛ばしてきたメッセージボードには、現時点でのソロ部門・モンスター討伐数のランキングが書かれていた。まだイベントが始まって6時間弱でしかないけど、181という討伐数は現在2位に入る好成績だった。
多くのプレイヤーが町の外に出て、人気のない路地裏。俺の手を取り、笑顔でスキップしながら回るフィーに合わせて踊る。しっかりと喜びをかみしめることが、ゲームを楽しむうえでは欠かせない。そのことをお互い分かっているからだ。
ただ、時間が経つにつれて、お互いの顔から笑顔は消えて、ついには踊りも止まってしまう。そして、無言のまま眠そうに俺を見上げるフィーの青い目と見つめ合うこと、少し。
「う~~~ん……」「ん~~~……」
俺とフィーの深いため息が、ものの見事に重なった。
そう、2位。好成績であることは間違いない。ちゃんと全力を出せたし、後悔も無い。でも、だからこそ、2位だということが悔しくて悔しくて、仕方ない。
「くぅ~! たまにあった他のプレイヤーとのバッティングさえなければなぁ……」
こらえきれずに負け惜しみを口にしながら、1位の欄にある『桜餅』さんの討伐レコード“193”の数字を指でなぞる。
目に見えるモンスターへの対処の順番や選択した武器に一切の間違いは無かった。ただ、いかんせん、多くのプレイヤーが入り乱れる戦場だ。1時間半も無我夢中で戦闘していたら、攻撃したモンスターが他プレイヤーと接敵状態で、攻撃が空振りとなったことが数え切れないほどあった。
きっと桜餅さんは、その空振りが少なかったんだろうな。ゾーンに頼らず冷静に戦況を見つめていたのか、あるいはプレイヤーが極端に少ないエリアに居たのか。それとも、単純に、桜餅さんがニオさん同様に天才的なプレイヤーなのか。2位と1位とを隔てる、わずかにして決定的な差はいくつも考えられた。
でも、こうして悔しさを吐き出せば、待っているのはやっぱり、自己新記録を出せたことへの満足感かな。俺が、ゾーンって言う、ある種の集中力チートをもってしても届かない存在が、そこにいる。俺が限界だと思ったさらにその先の景色を見ている人がいる。
さらに“上”がある。
その事実に興奮して、安心してしまっている自分が居て――。
「もしかしてこれが、ニオさんが強者を求める理由……?」
チートをしてないって前提にはなるけど、同じ“人間”である以上、俺も努力と運を重ねればもっと上を目指せる。しかもアンリアルはゲームだから、対格差・筋力差による影響が現実に比べてはるかに小さい。老若男女問わず、より対等な条件で記録に挑戦できるわけだ。
つまり、あくまでも“理論上は”、誰かが出した記録を自分も出せるということでもあるわけで。
(相手と自分が現実よりもずっと対等に近くて。そのうえで負ければ、「自分にはまだ上がある」って納得できる。努力する意味が……目標が、きちんと目に見える)
だから向上心の塊であるところの入鳥さんは、ゲームに固執しているのかもしれなかった。
とはいえ、こうしてランキングなどを通して彼我の差が見えることには、リスクもある。中には「これだけやってもダメなんだ」って挫折する人も居るはずだ。全力を出してなお、負ける。しかも、さっきも言ったように、なまじ自分と相手が対等に近い条件で戦っているから、負けた時に言い訳が出来ない。突きつけられるのは努力と運と、どうしようもない才能の差だ。
(その差を受け入れて前を向けるかどうかが、きっと、ゲーマーになれるか否かを分けるんだろうな)
幸い、俺はまだ、現状を悲観していない。ゲームを嫌いにならなくて済んでいる。けど、時と場合によって心の持ちようはいくらでも変わる。余裕が無い時にどうしようもない“差”を見せつけられるようなことがあれば、もしかすると、俺がゲーマーじゃ無くなる日が来るのかもしれなかった。
「ふぃ~……」
反省を終えて一息つくと、どっと疲れが押し寄せて来る。現実の身体は動かしてないのに、不思議だ。
「ん?」
「あ、ごめん。フィーを呼んだわけじゃないんだ」
「……んん」
ややこしいことはするなと言わんばかりに、妖精の拳をかましてくる。そんな妖精さんに断りを入れた俺は、一度ログアウトして仮眠をとることにする。24時間ぶっ通しでアンリアルに励んでも良いんだけど、こういうのはメリハリが大事だ。
お昼まで大ボスが出てくることは無いと思うし、現状入手可能な情報については集めきったはず。だったら今は脳を休めて、午後からの大一番に備える方が効率的なはずだ。
「お疲れ、フィー」
「ん!」
翅をパタパタ、手をひらひらさせる妖精に見送られて、俺はアンリアルからログアウトした。
「んん……っ、ふぃ」
頭からシナプスを外して、仮眠する前に水分補給をしておくことにする。と、廊下に出てみれば、ウタ姉の部屋から明かりが漏れていた。
(ウタ姉……? いま朝の5時だけど……)
明かりをつけた状態で動画を見たまま、寝落ちしたんだろうか。そう思って部屋に近づいてみると、
「あははっ、うん。確かに!」
そんな声が聞こえて来た。シナプスを装着しながらゲームをしてる可能性もあるけど、ウタ姉のことだ。誰かと通話してる可能性の方が高い。
「そうそう、危なかったよね。……うん、うん。……えへへ」
時折声を弾ませながら、それはもう楽しそうに話しているウタ姉。こんな夜遅く……というか、もはや朝早くまで通話に付き合ってくれる人が、ウタ姉にいる。しかも、どこか甘えるような口調は「ウタ姉」をしている時には見せてくれない「小鳥遊唄」のそれだ。
素を見せられる相手を微笑ましく思う反面、もし相手が男だったらって考えてしまう、めちゃくちゃキモくて嫌な自分がいる。
もしこれが本当の姉弟なら、こんな感情、抱かなくて済むのかな、とか。ウタ姉、早く誰かと結婚して、幸せになってくれないかな、とか。そんな益体もないことを考えながら、俺はなるべく足音を立てないように、階段を下りるのだった。




