第2話 眠れない夜になりそうだ
結局、俺が他者に共感できない理由を明かしてくれないまま、ニオさんと雑談すること5分くらい。時刻はモンスターパレードが始まる5分前になった頃だった。
「待たせたな、斥候、ニオ」
まずは、全身を銀色の鎧で固めた西洋風厳ついおっさん……ペンさんが姿を見せる。続いて、
『待たせた。ごめん』
今日も狐のお面を付けている狐の獣人SBさん。2りがクランハウスに帰って来た。お互いに軽く挨拶を交わし、恐らく年下の俺とニオさんとで協力して備品のコーヒー(ゲキ苦)を全員分淹れた頃。
モンスター達の襲撃を報せるアナウンスが響いた。
深夜0時。ここから24時間、プレイヤー達は並み居るモンスター達の対処をしていくことになる。きっと今外に出れば、ロクノシマを駆け回るプレイヤー達の声と熱気を感じることができるだろう。
しかし、そんな熱気とは裏腹に、TMUのメンバーはどこまでも落ち着いている。情報を大切にしているクランなだけあって、みんな、無策で走り回るリスクを把握しているみたいだった。
『それじゃあ、作戦会議を始める』
口調とは裏腹に、コーヒー片手に和やかな雰囲気で始まったクラン会議。まずは欠席の人たちについて、
「アクエリはサイトの編集作業に追われてるらしくて明日のお昼から合流予定。だが、合流できない可能性もあるらしい」
ペンさんがAquariusさんについてそう語る。次に、こよみんさんが仕事で今日のお昼ごろから合流は可能とのこと。名無しの権兵衛さんはもう既に仕事――武器の作成――が終わってるから、用が無ければ不参加とのことだった。
「最後にルーティについては……」
ペンさんが、顔の割には愛嬌のある、小さくて丸い茶色の目をSBさんに向ける。ルーティさんと言われて最初は分からなかったけど、消去法で「M.Luotiampuja」さんだろう。なんて読むか分からないどころか何語かすら分からないけど、愛称はルーティさんらしい。
思えば他人に興味を示せるような“普通の人”なら、人の名前が分からない時は調べたりするんだろう。ましてや、ルーティさんは同じクラン。クラスメイトと同じような関係だ。それも、30人以上いるクラスメイトとは違って、TMUは少人数クラン。覚えるべき名前は俺を除いて7つしかない。
(まずは小さい所から集団行動の練習を、だよね、ウタ姉)
後でフィーにルーティさんの名前を言語検索してもらおう。そう思って隣で足を遊ばせていたフィーを見ると、「ん?」と小首を傾げられてしまった。
『ルーティについては不明だ』『ただログインはしているみたいだし』『何かしらアクションはしてくれてると思おう』
SBさんにすら連絡を入れないなんて、個人の裁量に任せている面が大きいTMUの中でもルーティさんはかなりの自由人らしい。
「むぅ……、そうか。ルーティが居れば、モンスターの討伐もやりやすいんだがな」
不満というよりはあくまでも意見だという口調で、ペンさんがぼやく。多分、現在不参加の残り3人と違って、ルーティさんは戦闘要員なんだろう。盾役がペンさん、支援役がSBさん、遠距離魔法火力がニオさんだとすると、ルーティさんは近接物理火力だろうか。一応、遠距離物理火力の可能性もあるか。
ここでSBさん達に聞いてみても良いけど、あえて聞かないでおこう。どうせならルーティさんへの興味のとっかかりとして、「どんな役職の人なんだろう?」っていう、俺が興味を持ちやすいゲーム的な興味を利用していきたかった。
こうして出欠の確認を終えて、ようやく俺たちはイベントの進め方について話し合う。
『今回は序盤……』『本格的にボスが出現するようになると発表があった午後までは様子を見ようと思う』
コの字を描くソファの中央に置かれた机の上にホワイトボードが置かれ、そこにSBさんが文字を書いていく。ウタ姉とよく似た、丸みを帯びた字が可愛らしい。
「早いうち……それこそ午前中は情報を集めて、傾向と対策を練るってことだな、団長?」
腕を組んで言ったペンさんの言葉に、SBさんがコクリと頷く。続いて、すかさず同意したのはニオさんだ。
「あたしも賛成です。討伐数部門を狙わないと決まった以上、どの敵を倒すべきか冷静に絞っていく方が効率的だと思います」
その言葉を受けたSBさんは最後に、意見を求めるように俺を見る。
もちろん、俺にも否は無い。狐のお面の奥にあるSBさんの青い目に頷きを返すと、微かにほっと息を吐くような吐息が聞こえた気がした。
『じゃあ、本格的にモンスター討伐に乗り出すのは午後からとして』『何時にしようか?』
TMUの戦闘要員はここに居るメンツに加えてルーティさんの5人だけ。加えて、俺とニオさん以外は成人だろう。それぞれに現実があって、家庭の都合がある。そのため、どの時間であれば人が集まるのか――ひいてはボスに挑戦するのに都合が良いのか、そのすり合わせをするみたい。
『私は12時ごろと6時ごろ以外なら大丈夫だ』
「我は夜の6時……いや、夕食があるから8時以降だとありがたいな」
「あたしは、その……。習い事があるので10時以降だと助かります」
SBさん、ペンさん、ニオさんが順に都合のつく時間を言っていく。ついでに俺は今日、奇跡的にバイトがない。だから完全にフリー。その旨を伝えると、ホワイトボード上には4人の都合が合う時間がおのずから見えてきて……。
「22時以降、ですね」
俺が言った時間に、3人の頷きが重なる。
「となると、ボスに挑めるのは1回……。多くても2回か」
言いながら、ソファの背もたれにもたれかかったペンさん。特段、深い意味はなさそうだったんだけど、
「ごめんなさい。でも、あたしがアンリアルを続けるには現実を完ぺきにしないとなんです……」
耳と尻尾をしおれさせたニオさんが、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。年下の自分の都合に合わせてもらうことに、思うところがあるんだろう。さっき、わざわざ「習い事で」と明言していたところにも、誠意のようなものが感じられた。
一応、同級生なわけだし、フォローしてあげるべきなんだろうか。俺が悩み始めたその時には、
『ニオちゃんが誤ることじゃな!』
机をバンッと叩いたSBさんが、ニオさんをフォローしていた。急いで入力したからか、誤字脱字がすごい。ニオさんの呼び方も、威厳ある呼び捨てからちゃん付けになってしまっている。それでも何が言いたいかは分かるし、何よりもSBさんがニオさんを案じていることは伝わって来る。
『それに!』『ペンちゃんは!』『言い方!』
言葉を区切りながら、隣に座るペンさんに弱々しいパンチを繰り出しているSBさん。よく一緒に居てるし、ああやってじゃれ合ってるし、多分SBさんとペンさんは現実でも知り合いなんだろうな。
「がははっ! 悪い、ニオ。団長も言うように、お前を責めるつもりは無かった。むしろ、“次”が無い状況の方が、我は嬉しい。……な、斥候よ?」
俺が会話に入ることが出来るように計らってくれたペンさんの気遣いに感謝しつつ、俺もニオさんのフォローに回る。
「そうですね。たった1回しか挑戦できないからこそ、意識的にめっちゃ考えますし、万全の準備をしようって思えますもんね」
何回も挑戦できると思ってしまうと、どうしても気が緩んでしまう。けど、たった1回しか挑戦できないとしたら、自然と気が引き締まる。
「みんな……。ありがとうございます!」
俺たちの言葉を受けて、ニオさんがほっと息を吐く。
『気なんて使わなくて良い』『アンリアルはゲームだ』『何よりも“楽しく”』『それがTMUだろ?』
クランの方針どうこうの前に、楽しむことが大事。それを改めて確認するように言ったSBさんに、
「リーダー……。しゅきっ!」
感極まった様子のニオさんが飛びつく。膝にあごを乗せるニオさんの頭を「よしよし」と、優しくなでてあげているSBさん。ニオさんも(恐らく)演技で器用に喉を鳴らすから、まさに、甘える猫とそれを可愛がる飼い主の構図だった。
こうして、クランTMUは改めて22時に動き出すことが決まる。ただ、斥候の俺からすれば、22時にはここに居る全員でボスに挑める状態にするということでもある。差し当たって、それまでに俺が集めるべき情報は、事前の情報が無かった5体のボスに関する情報だろう。
(出現位置と出現間隔・時刻は当然として……)
限られた時間で経験値部門を狙う以上、5体それぞれの経験値も知っておきたい。
ただ勝つだけじゃない。イベントの完全勝利に向けて、眠れない1日が始まった。




