第1話 小鳥遊好が“共感”できない理由
一夜明けた、金曜日。6月7日。今回のイベントの目玉だろうモンスターパレードを15分後に控え、TMUのクランチャットには、大まかな方針が示されていた。
今回、TMUが狙うのは団体部門から「モンスター部門/最大獲得経験値」だ。名前の通り、期間内にクランで倒したモンスターから貰った経験値の最大値を競う。言ってしまえば「一番強いモンスターを倒したクランはどこ?」だ。
その他の部門は“数”を競うものが多く、所属するプレイヤーが多いクランが圧倒的に優位。最大50人のうちの8人しかいない少数精鋭のTMUは“数”を求められるとどうしても勝ち目が薄くなってしまう。その点、最大経験値部門はどちらかと言えば“質”を競うもの。あえて戦闘系の部門を狙うなら、この部門しかないとも言えた。
(……まぁ、でも)
俺はSBさんからによって抱えているチャットメッセージの文言に目をやる。
『私たちの目的は達成されています』『なので、きちんと“楽しむこと”を忘れないで下さい』
メンバー全員に向けたメッセージということもあって丁寧語で書かれたメッセージ。ここで注目したいのは、目的が達成されているという文言だ。
そう。実のところ、プレイヤー達の最前線に立ち人々を導くというTMUの目的は昨日、モンスターパレードに登場するモンスターの情報を集めきった時点で達成されている。それは同時に、俺の個人的な目標――今回のイベントで臨時収入を得る――も果たされていることも意味する。実際に今朝、“TMUが運営するサイト”を確認したら、俺が渡した情報を含めてきちんと情報が掲載されていた。
(あとはSBさん達の予想通りの展開になれば、俺は勝ち確……勝ちが確定するんだけど)
とはいえ、全ての結果が分かるのはイベントの後。現時点で勝ち確定なわけじゃない。
それに、どうせゲームをするなら上位を狙いたいと思ってしまうのがゲーマーの性。また、モンスターパレードに混じってやって来る未発表のボスモンスターに心躍らないゲーマーもまた、居ないと思う。
(案外、昨日、名前が挙がってた“三ツ首竜”もその1体だったりして)
クランハウスの天井を見ながら、不完全燃焼に終わった昨夜のこと思い出す。
結局、あの後。ゴーレムが落としたコア(球体)を祠の窪みにはめ込んでも、大ボス――恐らく“三ツ首竜”――が出現することは無かったらしい。あれだけ勿体ぶっておいて、そんなことある? とは思ってたけど、イベントするなら多少は理解を示せる気がした。
そんな感じで益体もないことを考えながら待つこと5分ほど。
「お待たせ、斥候くん!」
ここ最近、めっきり一緒に行動することが多くなった黒猫少女のニオさんが、クランハウスのリビングに姿を見せた。
ローブの装備を解除しつつ「疲れた~」と俺の隣に腰を下ろす。
「お疲れ様、ニオさん。バイトの後ちょびっとだけ生配信、見たよ」
「ほんと!? どうだった?」
「スキル構成は後衛なのにソロプレイ。しかも視聴者に解説しながらとか、なんの縛りプレイって感じ。素直にすごいって思った」
素直な感想を伝えると、ニオさんが「にっしし」と破顔する。
「そう? ありがと!」
「あっ、それから。コミュ障の俺としては会話をつなぐ技術もすごいと思った」
アンリアルだと、提携している配信サイトからのコメントであればリアルタイムで視界の端に表示できる機能がある。ニオさんも生配信の時はその機能を使ってるみたいなんだけど、なんて言うんだろう……。『www』『上手すぎワロタ』なんかの意味のないコメントも多くて凄い速さで流れていくコメントの中から、
»『ニオちゃんはイベントに参加しないの?』
»『なんでイベント前に生配信して、イベント中は配信しないし』
»『今のどうやったん?』
なんかの意味のあるコメントを抽出して、1つ1つに丁寧に返していた。まぁ動き方の解説については大抵の場合、『いや無理www』ってコメントが返って来てたけど。ニオさんの動きを真似できないと思ってしまうのは、俺だけじゃ無くて安心したのはここだけの話だ。
他にも、探索中で余裕がある時は、
『今日、彼女と別れたんですけど』
なんていう「え、それここで言うこと?」みたいな相談を受けてもいた。俺からすれば、他人の悩み事なんか至極どうでもいい。興味を持つなんてかなり意識しないとできない。なのにニオさんは息をするように敏感なアンテナで悩み事を拾い、親身になって相談者に寄り添っていた。
「相手に興味を持つ……。共感する。俺には出来ないから、そこもすごいって思った」
「うわ、めっちゃ褒めてくれるじゃない。さては斥候くん、あたしの信者になったわね?」
「信者って言い方は固辞させてもらうけど、ファンにはなった」
「そう? チャンネル登録、よろしく」
「してるしてる」
正確には、ウタ姉が。なんて、俺が心の中で注釈を付けていると、
「それに斥候くんが共感できない? 冗談でしょ?」
手を口にやって、可笑しそうにニオさんが笑った。
「残念ながら冗談じゃないんですよ、ニオさんや」
「え、本気だったの? なら、茶化してしまってごめんなさいなんだけど……」
素直に非礼を詫びたものの、何か引っかかることでもあったのか、ニオさんはあごに手を当てて考え込んでしまった。
「えっと、どうかした?」
聞いてみると、一度俺の方を見たニオさん。けどすぐに、視線を床に移し、考えながら話し始める。
「いえ。少なくともあたしの目には、斥候くんは他者の想いだったり、考えだったりを推測するのは得意なように見えてるの」
「え? そんなことは……」
否定した俺を、今度はニオさんが首を振って否定する。
「あなたの察しの良さはあたしもトトリも認めるところだし、何より。『ん』しか言わないフィーちゃんの意図を察することが出来ていることが、斥候くんが共感できている何よりの証拠だと思うけど?」
言葉そのままに、純粋な疑問をぶつけてくる。
「いやフィーの言動については、ずっと一緒に居たから出来る、ただの推測だよ」
「ただの推測って……。相手の気持ちを推し量るその考え方と行為を共感って言わないなら、何が共感か分からない……」
と、そこまで言って再びうつむき、黙り込んでしまったニオさん。普段は揺れている尻尾も、今はぴったりと動きを止めている。そうして、時が止まったのかという錯覚もつかの間。
「ねぇ、斥候くん。『共感』って何かしら?」
顔を上げたニオさんが、ポニーテールを揺らしながら俺に聞いてきた。
「え? そうだなぁ……。相手の気持ちと同じように自分も思うこと、かな」
「そうよね。同感と言い換えることができるとも辞書に書いてあった気がするわ」
「じ、辞書……?」
まさか辞書の内容まで暗記しているのか。俺がその真相を尋ねるよりも早く、ニオさんの薄い唇が開かれる。
「だけど、斥候くんは、自分が共感することが苦手だと思ってるのよね?」
尻尾を一度揺らしながら、真剣な目で俺を見てくるニオさんに、俺は頷いて見せる。
「うん、そう。さっきも言ったように、推測は出来ても共感できてる気がしない」
例えばボスに負ける悔しさだったり、ボスに挑むワクワクだったり。ゲームに関する事柄についてはある程度、他者の気持ちに寄り添うことができる気がする。けど、それ以外の事柄については、全て実感のない推測でしかない。
「誰かと一緒に怒って、泣いて、悩んで……。そういうことができるのが共感だと思う」
それこそ、トトリみたいに。あの人は『ニオちゃん』の一挙手一投足について、まるで自分のことのように喜怒哀楽を示すことができる。ハザとの戦いでは、ソマリの扱いに悲しみ、何よりも憤っていた。あるいはニオさんもそうだ。今も俺の悩みについて同じように悩み、考え、寄り添ってくれていることが伝わって来る。
でも、俺は――。
「なるほど」
その言葉を発したのは、ニオさんだった。
「ふふ……。なるほど、そういうことね!」
まるで難解な謎を暴いた探偵のごとく、晴れ晴れとした表情で頷いていらっしゃる。
「斥候くん。あなたはやっぱり、共感が苦手なんだと思う。けど、その理由は相手の気持ちを理解できないからじゃない。原因は……」
「原因は……?」
ゴクリつばを飲み込んだ俺を見て、ふと、いたずらを思いついた子供のような顔をしたニオさん。したり顔で俺の顔を覗き込み、スッと細められた金色の目と、人差し指が添えられた口が、三日月を描く。
「今はまだ、教えてあげない♪」
まるで視聴者である俺を引き込もうとするように、“お預け”をしてくる。彼女の背後では、黒くて細い尻尾が、それはもう楽しそうに揺れていた。




