第16話 “現実”が無ければ“ゲーム”は存在しない
「それじゃ、あたしが伝令として、リーダーに話を通してくるわ。斥候くんはゴーレムの相手、よろしくっ!」
「あっ、ちょっ――」
言いたいことだけ言って、風のように去っていくニオさん。
「ほんと、人使い荒いなぁ……」
なんて口では言いながらも、内心、燃えてしまっている自分が居る。これは、「あんな敵くらい1人で対処できるでしょ?」っていう、ニオさんからの期待なんだと思う。
集団生活で良好な関係を築くためには、仲間からの信頼が欠かせない。そして信頼を勝ち取るためには、相手からの小さな期待に応え続けることが大事だって詩音さん達が言っていた。
でも、毎回毎回、相手からの期待に応えられるわけじゃない。
(肝心なのは、必ずしも期待に応えなくても良いということ、なんだっけ……?)
結局のところ大切なのは、ひたむきに頑張ることなんだと思う。
『そうやって精いっぱい頑張っていれば。きっと好くんは、あなたのご両親が名前に願ったように、みんなから好かれるような人になれるわ!』
そう言って、幼い俺の頭を詩音さんは何度も撫でてくれた。それこそ、まるで母親みたいに。
俺の母――日向さんと、詩音さん。2人の母親が、俺が他人から好かれることを願ってくれていた。だったら俺は、他人から好かれる努力もしていきたい。
「……フィー。行けそう?」
大剣として俺の手のひらに収まる相棒に問いかけてみれば、
「(んっ)」
元気いっぱいな返事が返って来る。親指を立てて「もちっ」とか言ってそう。……まったく、頼もしい限りだ。
ふぅ、と、小さく息を吐いてから、駆け出す。ものの数秒でゴーレムに肉薄すると、
「ペンさん、ここからは俺が!」
ゴーレムの左こぶしを盾で受け止めていたペンさんに、自分がタゲを引き付けることを明言する。
一瞬だけ目を見開いたペンさんだったけど、不意に白い歯を見せて、
「了解だ! 任せたぞ、斥候!」
全身にまとわせていた赤いオーラを消してくれる。敵のタゲを引く〈挑発〉のスキルを解除してくれた証拠だ。そうなると、この戦闘でペンさんよりもダメージを与えている俺にゴーレムのタゲが移った。
『GGGGGG!』
軋みと電子音を響かせながら振るわれるゴーレムの左腕を、左右に跳んで、屈んで、回避。バックステップでゴーレムから距離を取ると、ゴーレムが四肢をついて俺に赤いレンズを向けて来た。レーザー攻撃の前兆だ。
当初はモーションに入ってから2秒後に撃つと思っていたレーザーだけど、実際は違った。丁寧に俺の方を向いて狙いを定めてくるゴーレム。次の瞬間、ゴーレム左頬にある赤いランプが光った。それが、レーザーを放つ合図。俺が横に転がると、脇を極太の熱線が通り抜けていく。チリチリと肌を焼く感覚は、フルダイブ操作ならではの感覚だ。
きちんとレーザーを避けられたことを確認した俺は、すぐさまゴーレムに向けて駆け出す。この後、流れるように追尾型ミサイル攻撃が飛んでくる。その攻撃をどう防ぐかが、ゴーレムを引き受ける上での要点だ。
全方位、各プレイヤーを狙うミサイル攻撃が行なわれてしまうと、ニオさん達の話し合いが中断してしまう。もちろんTMUの面々ことだから個別に対処するだろうけど、それだときっと、ニオさん達の信頼を得ることは出来ないだろう。
背を丸めたゴーレムの背中からミサイルたちが煙を上げ始めた。ミサイル発射の前兆だ。この3秒後に、6つのミサイルが勢いよく飛び出す。
これまでであれば、このタイミングでニオさんが〈炎弾〉を使って発射と同時にミサイル全てを撃墜してくれていた。さっきみたいに〈炎弾〉がクールタイム中で使えない場合は避ければいいんだけど、今回は俺1人で攻撃を無力化する必要がある。
でも残念ながら、探索がメインの斥候役の俺には広範囲を攻撃するスキルは無い。となると、俺に出来ることは1つだけ。ミサイルを1つ1つ、武器を使って全部撃ち落とすことだ。
「フィー! 黒鉄の双剣!」
「ん!」
俺の声で傍らに現れた妖精さんが、すぐさま純白の双剣となって俺の手に収まる。そうして手元に現れた双剣を、俺は発射前で狙いやすいミサイル2本にそれぞれ投てき。爆発させて、無力化することに成功した。
「まず2発!」
通常、投げた武器は〈帰投〉というスキルが無いと自動で返って来ることは無い。だけどサポートAIのフィーの場合、
「フィー、出て来て!」
「(ぽんっ)んっ!」
こうやって“サポートAI呼び出し”を行なえばすぐに手元に戻って来てくれる。
武器投てきのリスクが無い。これは、後隙の消滅に次ぐフィーの有能性だ。ソマリ戦ではバトルスピアの投てきで。ニオさんとの戦いだと〈雷撃〉と〈雷球〉を迎撃した時にも使った、システム上の抜け穴とも言えた。
と、そうしてフィーをそばに呼び出したところで、残りのミサイルが4発、天高く射出された。
まずは発射地点――ゴーレム――に近づいている俺を目がけて1本のミサイルが最短距離で跳んでくる。これについては
「フィー、『クレイモア』!」
全長150㎝もある幅の広い大剣にフィーを〈変身〉させて、
「せーのっ」
ミサイルを攻撃。クレイモアくらいの剣の長さがあれば、破壊時のミサイルの爆発(直径30㎝)に巻き込まれることもない。また1つミサイルを破壊した俺はその流れのままに、ニオさん達の所へ駆け出す。
案の定、上空からはニオさん達を目がけた3発のミサイルが落ちてきている。一方で、ニオさん達はというと、別に気にした様子もなく話し込んでいた。勘違いでも良いから、俺がミサイルを撃ち落とすのを期待してくれているんだと信じることにしよう。
追尾するってことは、軌道が読みやすいということでもある。事実、全く動かないニオさん達に向けて、ミサイルは真っ直ぐに落ちてきている。なら、その軌道上に攻撃を“置け”ば、ミサイルが勝手に当たってくれるわけで。
「〈火球〉。で、フィーは、コンパウンドボウ」
俺の唯一の魔法スキルをミサイルが落ちてくる軌道上に放つ一方、俺は火球が当たると信じてインベントリから矢を取り出す。そしてコンパウンドボウに番えると、走りながら――。
「〈狙い撃ち〉」
矢を1本だけ射る。〈火球〉を先に使用したのは、〈火球〉の方の弾速が遅いから。俺の予想では、いま射った矢と〈火球〉はほぼ同時にミサイルを撃ち落としてくれる……はずだ。でも、結果は見ない。当たる確信があるとかじゃなくて、これが当たらなかったらいずれにしてもニオさん達を守れなかった。
〈火球〉と弓が当たると信じて、俺は足を止めずに最後……SBさんの頭上に迫るミサイルに目をやり――
「フィー、滝鉄の剣!」
「(んっ!)」
確実に攻撃を当てるためにあえて投てきはせずに、近接武器を選択してから、跳躍。
「ふぅっ!」
SBさんの頭上で、ミサイルを斬り落とした。
「わっ、とと……」
とっさのことで上手く着地できずに地面を情けなく転がる俺。受け身を取って、背後を振り返って見れば――。
「ナイス、斥候くん!」
上空。3つあるミサイルの爆発でポニーテールを揺らすニオさんの嬉しそうな笑顔が、そこにあった。
3人が無事なことを確認しつつ、俺は話し合いの行方を尋ねる。
「話し合い、終わった?」
「うん! 今回は撤収よ!」
「そっか。さすがニオさん、説得に成功して……無いんだ?」
自信たっぷりに言うから説得に成功したんだと思ったけど、違ったみたいだ。俺は、苦笑しながら申し訳なさそうに片手で“ごめんね”をするニオさんから、静かにたたずむSBさんに目を向ける。
「……情報は、良いんですか?」
TMUは情報集めを目的としたクランだ。そこに未知があるのに放置するのか。尋ねた俺に、SBさんは首を振る。
『まさか』『ここからは私たち大人がやっておく』『斥候とニオは最近、ログインし過ぎ』『寝ろ』
地面に膝をついたままの俺を、自然体のまま見下ろすSBさん。
仮面の奥にある青い目は俺をまっすぐに見ていて、有無を言わさぬ姿勢だ。それでも食い下がろうとした俺に、
『それに』『ご家族も心配してると思うぞ?』
そう付け加える。
ウタ姉が心配する。そう言われて思い出すのは、この前の家族会議だ。俺がウタ姉を心配しているように、ウタ姉も俺のことを気にかけてくれている。そして俺が勉強・体調面で不調を見せれば、ウタ姉はさらに心労を重ねることになる。
「…………。分かり、ました」
めちゃくちゃ嫌だし、出来るならもっとボスと戦っていたい。けど、ウタ姉への心労には代えられない。現実あってこそのゲームなんだから。
こうして結局、俺たちは中ボスを倒した後に待っているだろう大ボスという名のご褒美――“三ツ首竜”――を見ることすら許されず、ログアウトすることになったのだった。




