第15話 最小公倍数と最大公約数
錆びついた金属でできた、体高3mほどの人型のゴーレム『魔動ゴーレム:タイプD』との戦闘が始まって10分。この頃になると、およそ全ての情報を集めることが出来ていた。
まず「Critical!」が発生する部位が最も多い弱点武器は、打撃系。これはコロンなんかの魔動機全般に言えることで、恐らく種族としての弱点武器なんだろう。腕以外の全ての部位に対して「Critical!」が発生することが分かった。
逆に、斬撃系の攻撃はどうやらダメージが半減されてしまうらしく、腕以外に有効打となるダメージが入り辛い。また、「魔動」と名がつくだけあって、魔法耐性も高いらしい。ニオさん自慢の魔法スキルをもってしても、威力が6割カットされてしまっては形無しだった。
「ミサイル、レーザー、それに〈雷球〉。遠距離攻撃主体なのに防御力も高くて魔法も効き辛い……。これまでの中ボスでもかなり厄介な部類ね」
後衛のはずなのに前衛の俺の横に並んでミサイルを魔法で迎撃するニオさんが、魔動ゴーレムについての所感を口にする。ついでにこのミサイルのHPは50。防御力・魔法耐性ともに20だ。
「攻撃のモーション自体が大きいのと、動き自体が早くないのが救いだよね。……〈狙い撃ち〉っと」
「そう? 構えてから2秒も経たずに飛んでくるレーザー(攻撃力400/魔法属性)なんて、けっこうな初見殺しだと思うけど」
そう言われてみると、確かに。生身で受けたら間違いなく即死級の攻撃力だ。しかも2秒間に満たない攻撃モーションを見逃せば、それこそ回避不能な速度で跳んでくるんだもんね。
後衛……特に支援役の人たちは味方の動きやHPに気を配る反面、どうしても敵への注意がおろそかになる。しかも、さっきも言ったように、後衛は総じてHPが低い。もしレーザーの攻撃モーションを見逃せば、例え防具を着けていてもワンチ死ぬ。
ミサイル攻撃だって、ゴーレムと距離を取っていようがいまいが関係なく飛んでくるし、追尾性能まで付いている。さらに言えば、着弾地点から半径15㎝くらい爆発の範囲があるから、結構余裕を持って避けないと攻撃力200を貰うことになる。
それら多彩な遠距離攻撃でプレイヤーの接近を拒否しつつ、例え接近できても、高い防御力と魔法耐性でHPをなかなか削れない。
「……あれ。これ、もしかしなくても、運営やってるな?」
プレイヤーに過剰なストレスを与えかねない敵だ。どう見ても、調整ミス。やらかしているように見えるんだけど……。
「ふふ、楽しくなってきたわね、斥候くん!」
「……確かに!」
ここ1時間ほど、歯ごたえのない敵を相手にしてきたからかな。これくらいのストレスなら、むしろご褒美のように思えてしまう。それに、魔動ゴーレムにダメージを与える手段が“攻撃”だけじゃないって言うのが面白い。
まずはさっきも、そして、今も。SBさんが一生懸命しているように、ミサイルを誘導してゴーレムに当てる。すると、しっかりとミサイル攻撃の攻撃力分――200ダメージが入る。また、ミサイル攻撃のモーションではある背中を丸めるモーションの際、ニオさんに〈炎弾〉を使用してもらってみると、発射前のミサイル全ての破壊に成功。〈炎弾〉のダメージに加えて、ミサイル6発分に当たる1,200の特大ダメージを与えることが出来る仕組みになっていた。
(まぁ、1回それをしたら、レーザー攻撃とミサイル攻撃が同時に行なわれるようになっちゃったわけだけど)
単純作業になりがちなゲームにおいて、ワンパターンじゃないって言うのはそれだけで、価値があることだった。
そして、俺が理不尽にも思えるゴーレムの戦闘力に腹を立てられない理由がもう1つある。
実は今、ゴーレムには右腕が無い。腕を斬撃系の攻撃で攻撃し続けていたら、ゴーレムの右腕が胴体から切り離されたのだ。いわゆる部位破壊の概念が、このボスにはある。
(部位破壊……。ゲーマーが好きな言葉のトップ10に入りそう)
部位破壊の良いところは、敵の攻撃の脅威度が目に見えて下がることだと思う。右腕が失われれば、当然、ゴーレムの長い腕による攻撃手段が1つ減る。これまでは12回行なわれていた回転攻撃による腕の攻撃は、半分の6回に。腕の長さを利用した中距離からの左右連続パンチも、左腕だけになる。
HP以外にも敵が損耗しているのだと目に見えることはもちろん、あの手この手でダメージを与えて来た努力が実っているのだと、身をもって“体感”できること。それこそが、部位破壊の何よりの魅力だった。
ミサイル攻撃を終えて隙を晒すゴーレムに接近して、戦槌を振り下ろす。そこからさらにフィーを『ウォーハンマー』に〈変身〉させて、もう1撃。これ以上は深追いになっちゃうからバックステップで距離を取ったところに、ニオさんが放つ色とりどりの魔法が飛んでくる。
ゆっくりとだけど、確実に減っていくボスのHP。少し前に半分を切ってから、今が4割ほど。このペースでいけば、あと5分くらいはゴーレムと戦闘できる。
(いい感じ、いい感じ……。このままゆっくりHPを削っていって、次は左腕の部位破壊を――)
「斥候、ニオ! 大方、情報は集まった! そろそろ締めるぞ!」
遠方。SBさんを守っていたペンさんが、鎧を鳴らして俺に手を振っている。締めるって言うのは、ボスを倒すって意味だ。
中ボスに“最後の切り札”は無い。またHPが半分以下になってからの怒り状態が他の中ボスたちと変わらないこと――攻撃力と攻撃速度が1.2倍ほどになること――も確認できた。これ以上戦闘を引き延ばすのは時間の無駄だとSBさんは判断したみたいだった。
(う~ん……。そっかぁ……)
タゲを管理してくれているペンさんに向かって行くゴーレムの姿を眺めながら、俺は内心で溜息をつく。
まぁ、正直、SBさんの判断は正しいと思う。もうこれ以上、ゴーレムが新しい情報をもたらしてくれることは無いだろう。……けど、まだ何かあるんじゃないかって期待してしまうのもまた、事実なんだよね。最低限、もう片方残っているゴーレムの左腕を部位破壊してみたかった感はあった。
「ふふっ、斥候くん。不服そうね?」
いつの間にか隣に居て尻尾を揺らしていたニオさんが、ズバリ俺の心中を言い当てる。
「あたしも斥候くんと同感。あのゴーレムにまだ何かあって欲しいって期待してる」
「……けど、リーダーの指示に従うのが正解?」
角が立たないように立ち回る。これが4人でのパーティプレイなのか。尋ねた俺に、ニオさんはニシシッと笑って首を横に振る。
でも、じゃあどうすれば良いんだろう。さすがに新入りの俺がこの場でSBさんの方針に否を叩きつけるのはまずい気がする。ただでさえ、情報の扱いについて譲歩してもらったばかりだ。
だったら今回は俺が譲歩する番じゃないだろうか。言いたいこと、やりたいことを黙って、隠して。そうして社会という巨大な集団は回ってる。俺はそんな社会生活の練習をするためにクランに入ったわけで――。
「ううん、違うわ。何をしたいのか、どうしたいのかを仲間ですり合わせるのがパーティプレイの楽しさなんじゃない!」
どうするべきか悩んでいた俺の耳が、楽しそうなニオさんの声を拾う。
「意見のすり合わせ……?」
「そっ! 確かに、全員が一歩引いて、譲歩して。最小公倍数で成り立つ集団もあるわ。けど、そんな集団で上を目指せるわけもないし、何より、面白くない」
今もゴーレムの拳を受け止めているペンさんと、その背後で支援スキルを使うSBさんを見ながら、真面目な声で語るニオさん。面白い、面白くない。相変わらずこの人の判断基準はブレない。
「あたしは、みんながやりたいことをして、“楽しい”と“面白い”の最大公約数を探す努力をしたいの。そうして出来上がった集団にいる人たちと、あたしは戦いたい。戦って、勝って、負けて。そういう関係でいたいわ」
風邪にポニーテールを揺らしながら、胸を張って。堂々と前だけを見据えて、ニオさんは金色の目を輝かせている。
(これは、いろんな意味で、きっついだろうな……)
初めてこの人に会った時、俺はよくトトリと一緒に居られるなと思った。けど、今なら分かる。逆だ。トトリみたいに自分のことで一杯いっぱいな人間、鈍感な人じゃないと、ニオさんの側には居られない。だって、もし自分を顧みてニオさんと比べるようなことがあれば、間違いなくニオさんが持つ才能と努力が放つ光に焼かれてしまうから。
ふと思い出すのは、入鳥さんについて話していた千木良の言葉だ。
『私もあんだけ才能があれば』
そう思ってしまう人が入鳥さんの隣に居たら、絶対に疲れる。
案外、トトリにはニオさんしかいないように、ニオさんにもまた、トトリしかいないのかもしれなかった。




