第10話 「救いようのないロリコンだわ」
ところ変わって、ロクノシマ上空。〈竜化〉して、体調15mを越える巨大な赤竜になったリューの背中の上。
「「(じとー……)」」
リューに乗れる最大人数である4人のうち、女性陣2人が俺に冷たい目を向けて来ていた。1人は、ニオさん。もう1人は、SBさん。キツネのお面をしてるけど、その奥からは確かに、犯罪者を見るような温度のない視線を感じる。
2人が俺をそんな目で俺を見る理由は、ひとえに、俺にとある不名誉な疑惑がかかっているからだった。
遡ること、15分ほど前。シクスポートにあるTMUのクランハウスで落ち合った俺たち4人。ニオさんとSBさんだけかと思ったら、もう1人。『Pendragon』さんっていうクランメンバーの男性を連れて来ていた。
ついでに、Pendragonさんはフルプレートのアーマーを装備した、見るからに盾役のプレイヤーさんだ。俺と挨拶するためだろうか。兜は小脇に抱えられていて、いかつい顔を見せてくれている。立つくらいに短く切られた髪の色は金色。瞳の色は茶色。名前がかの有名な「アーサー王」と同じであることも相まって、西洋風の雰囲気を持つ、屈強そうな男性プレイヤーだった。
予想外のプレイヤーの登場に、俺がどうやって挨拶をしようか、懸命に思考を巡らせていた時。
「……ねぇ、斥候くん。あなた、あたし達のクランハウスの中で、フィーちゃんと何してるの?」
底冷えするような冷たい声と目で、そんなことを尋ねられた。
そうして改めて、俺は膝の上に向かい合わせで座るフィーと見つめ合う。
「何って……スキンシップ?」
「ん」
俺とフィーで、噓偽りのない答えをニオさんに返す。なのに、ニオさんの侮蔑ともとれる表情が変わることは無い。
「……なるほどね。トトリの可愛さにも、リーダーの魅力にも斥候くんがなびかなかった理由が分かったわ」
吐き捨てるように言ったニオさんの言っている意味が分からず固まる俺に、SBさんがメッセージボードを使って俺に話しかけてくる。その内容は……。
『斥候って』『ロリコンだったのか』
ウタ姉を愛してやまない俺がロリコンだという、根も葉もない嫌疑をかけてくるものだった。
「……は? えっと、なんでそうなるんですか?」
「斥候くん、自分の状況を俯瞰して見て」
呆れるように言うニオさんの言葉で、俺は改めて自分の状況を見てみる。
「膝の上にフィーが居て、抱き合ってるだけ、だけど……?」
「なるほど。AI姦淫の常習犯なのね。自分のおかしさに気付けないくらい感覚がバグってる……。救いようのないロリコンだわ」
「ちょっ、さすがに言いがかりが過ぎるって!」
しかも、Pendragonさんには初対面でこのやり取りを見せてしまっている。絶対引いてるって思ったら、やっぱり。気まずそうに、明後日の方を向いていた。
「いい、斥候くん? あたし達から見たら、今のあなたって……。外見が小学生くらいの女の子を膝にのせて“大好きホールド”をさせた挙句、鼻の下を伸ばして笑ってる。そんな変態に見えるわ」
「そんなことは……」
ないって言おうとしたけど、そう見えてるんだったら、そうなんだろう。ただ、鼻の下を伸ばしてるっているのは、否定できる。せいぜい甘えてくるフィーを愛でていただけだ。
「……とにかく、俺はロリコンじゃない。今はちょっと証明できないけど、現実だと多分証明できる」
俺がどんな人を好きになるのか。ウタ姉を見せれば、ニオさんも納得してくれるはずだ。
「それに変態度で言ったら、ニオさんの幼馴染の方がヤバいでしょ。あの人、フィーに触るためだけに俺に近づいてきたような人だよ?」
言うまでもないけど、トトリのことだ。イェス美少女ノータッチと言いながら、フィーは美少女ではなく幼女だと言い張って触ろうとするあの人の方が、よっぽどヤバい。
「うっ……。あの子を引き合い出すなんて、卑怯じゃない。それに、斥候くんのそれは論点をずらしてるだけで――」
「そこまでだ、2人とも」
重みのある声が、俺とニオさんの口論を遮る。もしかしてSBさんかと思って目を向けると、フルフルと首を振られた。じゃあと思ってPendragonさんを見てみたら……。
「子供の喧嘩に大人が割り込むのも野暮だろうが、あんまり時間を無駄にするべきじゃない。斥候がロリコンだろうが何だろうが、TMUに大切なのはプレイヤーとしての有用性。……違うか?」
我が子をたしなめるように、重みのある声で喧嘩を仲裁してくれる。けど、俺としては異議アリだ。
「違います。俺はロリコンじゃな――」
「そうですよね、ペンさん。斥候くんがロリコンでも、役に立つならそれでいい……。うん、その通りです!」
否定しようとした俺の声とニオさんの声が被る。そうなると、適切な声量とハキハキとした喋り方のニオさんの声の方がよく通るわけで、俺の抵抗は泡と消えた。
「そうだろう? なら我々はさっさと、ダンジョン攻略に向かうべきだ。……そうだな、団長?」
Pendragonさんの言葉に、SBさんがフードの奥で首を激しく縦に振る。
「と、言うことだ。斥候。我はPendragon。基本的に肉盾をしてる。気軽にペンさんと呼んでくれ」
「あ、えっと、斥候です。役割も多分、名前通りになると思います」
「うむ! よろしくな!」
こうして俺のロリコン容疑は晴れないまま、俺たちは4人でパーティを編成して郊外へ移動。リューの背に跨ることになったのだった。
そして、今に至る。つまり、リューの背中の上。コイツ結局「犯罪予備軍なんじゃね?」という目を主に女性陣から向けられているという訳だった。
縦1列になって、4人掛けの鞍に跨る俺たち。先頭でリューの操作をするのがニオさん。その後ろにSBさん、俺、ペンさんの順だ。
「ドンマイだな、斥候よ。どんな性癖も、我は受け入れるぞ」
俺の後ろに乗るペンさんが、背中をバシバシ叩いてくる。ロリコン容疑を晴らせなかった理由にはこの人も一枚噛んでるんだけど……。
(もう、どうでもいいや)
ウタ姉からの評価以外は、およそ些事だ。俺自身が、真正のロリコンにならないように気を付ければいいだけの話。そして、ウタ姉が居てくれる限り、俺の性癖が歪むことは無い。
そんなことよりも今、大切なのは、これから向かうダンジョンのことだよね。
「今からダンジョンに行くのって、俺が集めてない残りの3種類のモンスターが居るって考えたからで良いですか?」
俺の前に座っているSBさんに聞いてみると、
『そうだ』『TMUはイベントまでに全部のモンスターの情報を集めないといけないからな』
そんな答えが返って来る。
そう、これがTMUに2つある使命の1つ目。アンリアルの情報をおよそ全て集めることが、TMUの目的だ。こっちの目的については、斥候としての俺の目的と競合しない。
ただ、問題なのはもう1つの目的の方だ。
――集めた全情報の、無償提供。
それが、人々の前に立ち、道しるべとなる。アンリアルの乙女を自称するTMUの最大の目的だ。この目的の“無償で”ってところが、俺の信念と相反する。言ってしまえば、俺がTMUに明かした情報は全て公の情報となり、情報としての価値を失うことになる。事実、昨日・今日で俺が手に入れてまとめた情報のおよそ全てがTMUの広報担当のプレイヤーさんによって、現時点でもう公開情報となっていた。
これまで情報を売り買いして家計を助けてきた俺としては、無視できないTMUの方針。だからこそ、加入の時にニオさんもSBさんも、俺が明かしても良いと思った情報だけを買い取る、という条件を付けてくれている。
それでも俺が今回、モンスターパレードに出現するモンスターの情報を提供したのは、TMUへの挨拶と恩返しの意味合いが大きい。クランメンバーに斥候というキャラクターの有用性を示しつつ、クランハウスなどで得ている恩恵を返していく。
この先は、クランから受け取っている物と与える情報のバランスを取っていくことが大切になってきそうかな。じゃないと、俺をこれまで贔屓にしてくれていたお客さんをないがしろにすることにもなってしまう。
(クランには大まかな情報だけ。お客さんにはより精密で、精度の高い情報を……って感じかな)
そんな感じで、今後のクランでの振る舞いについて考えていたら、
「皆さん、降下しま~す」
ニオさんから、目的地に着いた旨を知らせる声が響く。
揺れるリューの背中から振り落とされないように身構えつつ、目線を下に向けてみれば、そこには。ロック火山と呼ばれる火山の山頂に広がる、美しい青を映す湖が見えてくるのだった。




