第9話 時に運営の予想を超えることもある
ウタ姉とのアンリアルデートから3日が経った、水曜日。バイトもない俺は帰宅後、すぐにアンリアルにログインする。
今日で、イベントが始まって6日目になる。とは言っても、建築で復興度を稼ぐ期間は今日を入れて4日も残ってる。
「残ってる、はずなんだけどなぁ……」
ロクノシマにあるTMUのクランハウス。その1階に置かれている、皮張りのソファにて。俺は、股の間に座っているフィーが示してくれたメッセージボードを眺めながら、呟く。
『復興度:9,882』
上限が1万であることを思うと、もうほぼカンストだ。イベントというものにプレイヤー達が慣れ、作業効率が上がったというのがあるんだろう。この前の土日からここ数日で、一気に復興が進んだみたいだった。
運営としては、想定以上にプレイヤー達の士気が高かったために発生した嬉しい悲鳴と言えるのかもしれない。けど、こうなってしまうと、折角のイベントなのにやることが無くなってしまう。
このまま、何もないまま最終日の防衛戦を待つことになるのか。それとも、何かしら運営側からの働き掛けがあるのか。俺としては運営が手を打ってくれることに期待したいところ――。
「……うん?」
俺は、イベントが始まって以来、ログインした時に必ず確認するようになったメッセージ欄に“新着メッセージ”があることに気付いた。運営からイベントに関する新情報があるらしい。そのタイトルは、
『イベント最終日のモンスターパレードについて』
とのこと。開いてみると、どんなモンスターが出現するのかという、一見すると些細な情報だけが記載されていた。
けど、たかが出現するモンスターの情報だけかと侮ってはいけない。今回の情報解禁によって、動けるようになった人たちがいる。何を隠そう、俺たち斥候係だ。
今回、報酬を目指して上位入賞を狙う場合、効率よくモンスターを倒す必要がある。その際には必ず、どの部位をどの武器で攻撃すれば有効なダメージとなるのか。また、相手が行なってくるいくつかの攻撃のうち、どの攻撃の後であれば比較的安全に効率よくダメージを出せるのかといった情報が欠かせない。
(これまでが生産系の人々の出番だったとするなら、ここからは情報収集を得意とするプレイヤー達の出番ってことだろうな)
様々な役割に焦点を当てて、活躍の場を設ける。それは同時に、敵をただ倒すだけではないこと。建物を建てたり、アイテムを作ったり。あるいは、情報を集めたり。そうして色んな遊び方があるということを、運営が俺たちプレイヤーに紹介しているようにも思えた。
「ようやく、かな……」
フィーのサラサラな銀髪を撫でながら、ようやくクランのために貢献できそうなターンが来たと俺は1人で気合を入れる。
現状、俺、斥候がTMUに貢献したことは一度もない。こうやってくつろいでいるソファも、リスポーン地点であるベッドも。ついでに言えば、いま俺のインベントリに入っている回復薬を始めとしたいくつかのアイテムも。全部が全部、TMUのメンバーからの貰い物や借り物だ。
クランチャットには「気にせず使って」みたいに書いてくれてるけど、ここはアンリアルの世界。アイテムは売ればお金になるし、クランハウスを建てるのにも尋常じゃない労力とコストがかかっている。当然、お金に変えることだってできたはずだ。なのにTMUの人たちは善意だけで、無償で提供してくれている。
人によるのかもしれないけど、少なくとも俺は貰ってばかりの人間関係にはどうしても引け目を感じてしまう。善意を受け取るのは大事だけど、善意に甘えるのはまた別の話……だよね。
だったら俺は、俺に出来る形で集団に貢献していきたい。せっかく、クランに入れてもらったんだし、ゲームでの集団行動というものに挑戦しないと俺はずっと、変われないまま……ウタ姉に、心配されたままになってしまう。
「フィー、行こっか」
「んっ!」
俺の声でソファから立ち上がったフィー。翅パタしながら伸びをした妖精さんに続いて、俺もソファから立ち上がる。
今回発表されたモンスターパレードに出現予定のモンスターの種類は12種類。さらに、シークレット枠として5種類のモンスターが居ることが明かされた。シークレット枠は分からないけど、押し寄せてくるモンスターたちはみんな、生息地の欄に「ロクノシマ」とある。ただ、中にはまだ、俺が知らないモンスターの名前もある。
ここで俺が斥候として取るべき行動は2つ。1つは、すでに島のどこにいるか分かっているモンスターと戦って、行動パターンと弱点を完全に把握すること。もう1つは、名前も生息地も分かっていないモンスターについて、広いロクノシマを駆け回って探すこと。
その2つのうち、俺が優先すべきなのは“面倒な方”。つまり、後者だ。
前回、ニオさんとリューのおかげで、ロクノシマ全体を俯瞰して見ることが出来た。島のどこにどんな地形があるのかはちゃんと覚えているし、モンスターによっては住んでいる地形を推測しやすいものもいる。
例えば、今回の情報解禁で(多分)初めて登場となった『サンドリザード』。名前からして、島の北部にある砂丘地帯や砂浜に居そうな名前をしてる。それら、名前を基に推測できる生息地にいくつか目印を付けてから、俺はフィーと一緒にクランハウスを後にした。
『斥候くん』『リーダーと一緒に』『この前見つけたあそこ』『行ってみない?』
そんなメッセージがニオさんから送られてきたのは、復興度がついに1万を達成した次の日。木曜夜のことだった。
いま俺がいる場所はシクスポートにあるTMUのクランハウス。ニオさんと一緒に、SBさんの面接を受けた場所だ。
ロクノシマにあるクランハウスに比べると確かに質素と言うか洗練された印象を受ける。そんなクランハウスの横長のソファに座って、俺は改めて、先のニオさんからのメッセージを確認する。
「リーダー……。つまり、SBさんと一緒に、か……」
つまるところ3人でのパーティプレイのお誘い。ニオさんの言う「あそこ」は多分、この前2人でリューに乗って飛行した時に見つけた、とあるダンジョンのことだろう。
(トトリとニオさんのおかげで、2人プレイにはようやく慣れてきたけど……)
3人ともなると、会話の最中に考えることがまた1つ増えるということ。作業量にして1.5倍だ。脳裏をよぎる、ゲームでの他者との交わりの面倒くささ。つい反射的に断ろうとしてしまったけど……。
(ちゃんと、他人……それも大勢の人と一緒に行動できるようにならないと)
どうすれば、他者との交流や集団行動で疲れずに済むのか。その辺りのことを、これからは積極的に知らないとね。だって、学校もそうだけど、この先の社会生活においてコミュニケーション能力は欠かせないものだから。
その練習台として、アンリアルは最適なように思う。現実と関係のない……失敗しても大丈夫なゲームの中だからこそ、より大胆に、積極的に、他者との関わり方を知れるはず。
『良いね』『いつ、どこ集合?』
そう返すと、現在もログイン中らしいニオさんからの返信が、すぐに来た。
『斥候くん』『今どこ?』
»『シクスポートのクランハウス』
そう返事をしたら、なぜか返信が止まった。SBさんと集合場所を決めるやり取りでもしてるんだろうか。
ニオさんからの返事を待つ間、俺はクランチャットの方を確認する。最新のログには、俺を除いたクランメンバー8人分の感謝の言葉、あるいは公式スタンプがある。
「『ありがとう』か……」
少しログをさかのぼれば、そこには俺とフィーがまとめたモンスターの情報ファイルが載っていた。
バイトが無かった昨日と、今日もバイト前に少しだけ。俺はただひたすらに情報を集めまくった。その甲斐あって、モンスターパレードでやって来るモンスター12種類のうち9種類の弱点と行動パターンを把握。TMUのクランチャットに、まとめた情報を掲載することが出来た。
短期間でこれだけの情報を集められたのは、やはりフィーのおかげだ。フィーが魔動バイクに〈変身〉出来るようになったことで、情報収集においてもっともネックだった移動手段を確保することが出来た。
また、普通なら様々な武器を持ち歩くのってデスペナルティのリスクがあるから避けられる傾向がある。例え複数武器を持ち歩いてても、戦闘中に換装する余裕があることなんて滅多にない。
その点、全ての武器に、しかも瞬時に〈変身〉出来るフィーが居る俺が時間あたりに収集できる情報は、他者とは一線を画していると思う。
「ほんと、フィー様さまです。ありがとう」
「(ぽんっ)んっ(どやぁ)」
空中に現れたフィーが俺の方を向いて膝に座ったその瞬間。背後にあったクランハウスの扉が開いた。




