第8話 ゲームで知り合いと鉢合わせると、気まずい
場所をセントラルパークからパレス通りに移して。
「う~ん、美味しい~!」
俺の先を歩くウタ姉が、屋台で買った焼き鳥を頬張って笑顔を見せる。せわしなく動く耳。ぶんぶん揺れる黄金色の尻尾。……ウタ姉が楽しそうで、俺としては何よりだ。
「アンリアルは良いよね。どれだけ食べても、飲んでも、太らないんだもん! あ~むっ」
また一口。可愛い口で焼き鳥を口に含むウタ姉。踊るような足取りで、器用に人波を避けて歩いている。長年NLSに親しんだウタ姉からすれば、フルダイブ操作もお手の物ということだろう。
現実ではほとんど見せない後ろ歩きを見せてくれながら、何も刺さっていない串を振るウタ姉。
「食事と言えば、ネットで見たよ? アンリアルダイエット」
「なに、それ?」
「脳に『食事したよー』って錯覚させて、空腹をごまかすんだって。しかも、大丈夫な空腹のラインをシナプスが教えてくれるんでしょ?」
「空腹のラインって言うと……セーフティ機能のこと?」
シナプスにはいくつかセーフティ機能がある。尿意便意を知らせてくれたり、水分・栄養補給の注意喚起などなど。脳波はもちろん、オンライン状態であれば、最先端のAIの力も借りて、使用者の健康維持を補助してくれる。
それはつまり、健康に問題のない範囲をシナプスが教えてくれるということでもある。アンリアルダイエットとやらは、シナプスのセーフティ機能を上手く使った方法なのかも知れなかった。
「っていうかウタ姉、ダイエットに興味あったんだ?」
「ピピーッ! デリカシーのイエローカードです、コーくん」
サッカーの審判員よろしく、笛を吹く真似をするウタ姉。……可愛い。
「……で、ダイエットに興味あるかないかで言ったら、もちろんある。女の子は常にダイエットの日々なんだよ?」
体質的に余分なお肉が付きやすいから。そう言って、ウタ姉はお茶目に片目をつむる。
「いつでも可愛くありたい。そう思うのは、女の子の性だと思うのですよ、私は」
「なら、少なくともウタ姉は大丈夫。寝起きですら可愛いから」
「ふふ、お世辞でも嬉しい! ありがと、コーくん! お礼に、さっきのイエローカードは取り消しとします!」
お世辞じゃ無いんだけどなぁ、なんてことも思いながら。俺が先を行くウタ姉を追ってパレス通りを歩いていた時だった。
「おっと」
「きゃっ!?」
会話に夢中になるあまり、注意力が散漫になっていたらしい。他のプレイヤーと肩をぶつけてしまった。相手の女性は尻餅をついて、痛そうに腰をさすっている。
「すみません、よそ見をしてしまっていて――」
――って、うん? 肩をぶつける?
通常、アンリアルではフレンドやパーティメンバー以外、接触することができない。なのに肩をぶつけるという事態。その違和感に俺の頭が答えを出すよりも早く、俺の目が見覚えのある女性プレイヤーの姿を認める。
全身を覆うローブ。フードの奥で、驚いたように見開かれた金色の瞳。ピンと立った細い尻尾。俺を見上げるそのプレイヤーは、名前を言うまでもないかな。
「……大丈夫? ごめん、よそ見してた」
そう言って俺が差し出した手を、
「うん。ありがとう、斥候くん」
ニオさんが掴んで立ち上がる。続いて、
「どうしたの、ミャーちゃん……って、せ、斥候さん!?」
淡い水色のワンピースに麦わら帽子と、おしゃれをしたトトリが頼りない足取りで駆けつけてくる。多分、ニオさんと休日デートでもしてたんだろう。
そして、最後に、
「どうしたの、コーくん? 急に立ち止まって……って、え」
ウタ姉が引き返してきたところで、役者は揃った。
と、ここで、よく分からない間が発生する。まずトトリ。俺の背後――ウタ姉の登場に目を見開き、続いて、頬を赤く染め始め、鼻の下を伸ばしている。多分、ウタ姉のキャラクターがトトリの美少女センサーに反応したんだろう。この人がこういう反応をするのはまぁ、いつものことだから、流すとして。
問題は、ウタ姉とニオさんがお互いを認め合った瞬間に驚いたような顔をしてること。常識人かつ社交性の高い2人であれば、ひとまず言葉を交わしそうなものだけど、その様子もない。完全な、硬直。……けど。
「リー――」
「ニオちゃん、ちょっとストーーーップ!!!」
口を開きかけたニオさんの口を、ウタ姉が目にも止まらない動きで距離を詰め、塞いで見せた。「リー」から続く挨拶って、何だろうか。なんて、俺が考えるよりも先に。
「むぐっ!? むぐ、むぐぐぐ……」
「ひ、久しぶり~、ニオちゃん! ちょっとこっち来て、私と2人きりでお話ししようね~?」
目を見開いたニオさんを、ウタ姉が路地裏へと連行していく。会話の内容的に、どうやらウタ姉とニオさんは知り合いだったみたいだ。ああやって触ることが出来ていることを見ると、フレンドの関係にあると見て良い。
いったいいつ、どういった経緯で2人が知り合ったのか。……めちゃくちゃ気になる。
「トトリ。さっきの人とニオさんの関係、知ってる?」
「さ、さっきの人って……内面からにじみ出る美少女オーラがすごい狐耳の女性プレイヤーさん?」
「……説明口調なのがちょっとキモいけど、そう。唄さん」
別に義理の姉弟だってことは話す必要、無いよね。あくまでもウタ姉とは“連れ”だということで話を進めとこう。
「う、唄さんって言うんだ? で、でも、ごめんね。ミャーちゃ……ニオちゃんとの関係は、し、知らない、よ?」
「そっか……」
まぁ、そうだよね。友達のゲーム友達事情なんて、知ってる方が珍しいか。
「そ、それより! せ、斥候さんの彼女さん!? わ、わたしの美少女センサーが、唄さんの仲の人も絶対に美人だって言ってる……よ!」
やや前のめりに。鼻息荒く、ウタ姉について聞いてくるトトリ。電脳世界を越えてウタ姉が美人であることを見抜くトトリがすごいのか。それとも美人オーラを隠しきれないウタ姉がさすがなのか。どっちも、あり得そうな話だ。
「ね、ねぇ、斥候さん! 唄さんを私にご紹介――」
「嫌だ」
「即答!?」
ウタ姉をトトリに紹介するなんて、嫌すぎる。って言うかトトリがやってること、ナンパ師のそれじゃん。マジでこの人、美少女のためならあらゆる倫理観を捨ててくるよね。
「そ、そう言わずに――」
「絶対、嫌だ。って言うか紹介したところで、トトリが唄さんと上手くコミュニケーションを取れるとは思えない。唄さんにはちゃんと、中の人が居るんだから」
「そ、そう言えば、そっか……」
肩を落として「う~」と唸るトトリ。この人の積極性はNPCに対してのみ発揮される。反面、人やプレイヤー相手には躊躇の方が先に立つんだろう。理由は、トトリがコミュ障だから。プレイヤーに対して積極性を見せることが出来てたら、つい先日までフレンド0という、ぼっちゲームライフを堪能してはいなかっただろう。
(とは言っても。ウタ姉の方からトトリに話しかける可能性は、無きにしも非ずなんだよね……)
だって、ウタ姉はトトリの動画のファンだから。新作動画がアップされたその日にチェックするくらいだ。
もしウタ姉からトトリに話しかけるなら、俺が首を突っ込むのは野暮以外の何物でもない。
「あっ、ニオちゃん達、帰って来た!」
トトリの声でウタ姉たちが消えた方を見てみれば、親しげに話しながら返って来るウタ姉とニオさんの姿がある。
「お待たせ、コーくん」
「お帰り、唄さん。話は終わった?」
「うん、終わったけど……『唄さん』?」
俺の呼び方の違いに首をかしげるウタ姉への説明は、後でしておこう。
「それから、トトリちゃんも。初めまして、唄です」
「ひゃ、ひゃいっ! ひゃひめまひて!」
ウタ姉に名前を呼ばれて、あからさまに緊張しているトトリ。でも、顔が嬉しさと興奮を隠しきれてない。「認知された~!」と言うつぶやきも、きちんと聞こえるボリュームになってしまっている。
そんなトトリの奇行に、なぜかフードの奥で不機嫌そうになったのはニオさんだ。
「……行くわよ、トトリっ」
「え、急にどうしたの、ニオちゃん!? もうちょっと唄さまとお話を――」
「それじゃあ唄さん、斥候くんも。ばいにゃろ~!」
「ばいにゃろ~」
ニオさんの挨拶に律儀に応じたウタ姉。ニオさん達が見えなくなったところで、一応、聞いておく。
「ニオさんとは、どういう?」
「うん? 昔、ちょっと助けてもらったことがあって。その時にね」
嘘……ってわけでもなさそう。
「ふふっ! それよりも、どうしよう、コーくん! トトリちゃんと話しちゃった!」
ミーハーを自称するだけあって、まるで有名人にでもあったかのように嬉しそうなウタ姉。喜んでくれたのなら俺としては嬉しいけど、
「あ、あはははー。良かったねー、ウタ姉……」
身内が変態と知り合ってしまった。素直に喜べない状況に、俺としては苦笑せざるを得なかった。




