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チート妖精連れのコミュ障ゲーマー、陰キャオタクとパーティを組む  作者: misaka
第二幕・後編……「現実なしには、ゲームは無い」

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第7話 誰もが“健常者”で居られる場所

 6月2日、日曜日。放っておくとすぐに働き過ぎてしまうウタ姉にリフレッシュしてもらうため、俺はウタ姉をアンリアルに誘った。そして、ファーストの町での待ち合わせを済ませたのち、真っ先に案内したのは王都セントラルだった。


 公式発表によると、半径50㎞もある巨大な円形の都市に、常時プレイヤーとNPCが合わせて1,000万人もいるらしい。人口密度は千葉県と同じくらいらしいけど……うん、ぴんと来ない。


 ただ、大勢の人が行き交っているのは目で見てわかる。しかも、現在はイベントも開催されており、アンリアル全体がお祭り騒ぎの状態だ。そんな事情もあって……。


「す、すごい人だなー……」


 青い目を真ん丸に見開いたウタ姉が、活気ある町並みに感嘆の声を漏らした。


 場所は、王都にいくつかある転移クリスタルの中でも、最も使用頻度が高い場所「セントラルパーク/入口」。どこまでも真っ直ぐに続く目抜き通りである『パレス通り』の終着点に作られているこの公園からは、距離にして30㎞にわたって続くパレス通りを見通すことができる。


 現実で言うと、パリのシャンゼリゼ通り。日本人……というか大阪府民に身近な場所で言えば御堂筋(みどうすじ)の光景に近いだろうか。


 石畳で舗装された道は、道幅50mもあるらしい。馬車や騎獣(きじゅう)が多く行き交う巨大な道路を挟んで、左右には石造りの建物が立ち並ぶ。先のウタ姉の言葉は、そんなパレス通りを見て思わず漏れたらしかった。


 ただ、驚いてもらうのはまだ早い。


「ウタ姉。後ろ、振り返ってみて」

「後ろ……?」


 俺の言葉を受けて背後――公園を振り返ったウタ姉が、息を飲んだのが分かる。


 そこに在ったのは、高さ100mを超す巨大な白亜の居城『セントラル・パレス』だ。いくつもの箱と円筒を組み合わせたような西洋風の城を見れば、誰もが圧倒されてしまうと思う。ついでに、敷地面積4㎢。東京ドーム約85個分だそうだ。……やっぱり、ぴんと来ないかなぁ。


 ただ、日本が誇る夢の国が東京ドーム11個分であると聞くと、とりあえず広くて大きいことは伝わって来た。


「どう、びっくりした?」

「う、うん! めっちゃ、びっくりしたー!」


 そう言って笑顔を見せてくれるウタ姉。だけど、気のせいか、さっきからウタ姉の言葉は若干、棒読みな気がする。あれかな、俺のために驚いてる演技をしてくれてる、的な。俺が驚かせようとしている空気を察してくれているのかもしれない。


(って、そっか。否が応でもストーリーで1回、王都には来ることになるんだっけ)


 果たしてウタ姉がどこまでアンリアルのストーリーを進めたのかは分からない。ただ、王都の光景は見たことがある景色も多いんだろう。


 だったら次は、ウタ姉が絶対に知らないだろう最新コンテンツ――地中海風のシクスポートでも案内しようか。そう思って次なる場所へウタ姉を案内しようとしたところ、


「……コーくん。良かったらここで少し、のんびりしていかない?」


 風に金色の髪を揺らしながら優しく微笑むウタ姉の顔を見て、俺は当初の目的を思い出す。


『ウタ姉に休んでもらう』


 そのために、俺はウタ姉をアンリアルに誘ったはずだ。別に、デートをするためじゃない。


「……そうだね。ゆっくりしよっか」

「うん! そうしよう、そうしよう」


 俺の言葉に頷いたウタ姉が、モフモフ黄金色尻尾を揺らして公園に足を踏み入れた。


 白く細かい砂利を敷き詰めたような散歩道を、ウタ姉と一緒に歩く。サクサクとなる足音が小気味いい。


「ウタ姉?」

「……どうしたの?」

「足、疲れてないかなって」


 シナプスの原型はNLSだ。そのNLSに慣れ親しんでいるウタ姉は基本的に、フルダイブ操作にも違和感はないと思われる。けど、慣れない“ゲーム”というものに気疲れしてしまっている可能性もあった。


 俺の問いかけに、「そうだなぁ……」と空を見上げるウタ姉。等間隔に植えられた木からこぼれる陽光に、目を細めている。


「今となっては、足に感覚があるって変な感じ」


 そう言って、足で小石を蹴飛ばして見せる。まさか「疲れた・疲れていない」以外の回答が返って来るとは思わず、俺は二の句を告げない。そして、この時になってやっと、さっきの問いかけがかなり際どい……身体障害に関わるセンシティブなものだということに気付いた。


「あっ。その、ごめん……」

「コーくんが謝ることじゃないよ。それに、義足だって悪いことばっかりじゃないよ? 前よりも早く走れるし、タンスの角に小指ぶつけても痛くないもん」


 接続部がちょっとだけ痛いのがちょっとあれだけど、と、ウタ姉は苦笑する。思えば、こうして足について話すのって、かなり久しぶりだ。


「アンリアルは、良いよね。誰でも……肢体不自由の人も、盲の人も、ろうの人も。脳機能に障害さえなければ、健常者でいられる」


 創り出された自分の足で砂利を踏みしめて、歩きながら話すウタ姉。


「魔法もスキルもあるから、人によっては“理想の自分”でいられるし、また別の人からしたら“ありのまま”でいられる場所だもんね」


 現実ではない、ゲームだからこそありのままで居られる人もいる。そうウタ姉が言った時、なぜかニオさんが真っ先に思い浮かんだ。


「なるほど。ありのまま、ね……」

「ふふっ! コーくんは一体、誰を思い浮かべてるんだろう? お姉ちゃん、教えて欲しいな?」


 手を後ろに組み、耳を立てて聞いてくるウタ姉。左右に揺れる尻尾は、重さがあるせいで持ち上がることは無い。けど、ぶんぶんと元気いっぱいに揺れている。


「ウタ姉、餌を待ってる犬みたい」

「ぶぶぅ、違いますぅ、お姉ちゃんは狐ですぅ。……コンコン♪」


 拳を猫や犬のそれにして、鳴きまねをするウタ姉。他人がやってれば白けた目で見ること間違いなしだけど、ウタ姉がやるとその攻撃力はえげつない。こういうのは何をしてるかじゃなくて、誰がしてるか、だよね。美人とイケメンは、何をやっても許される。……法律に触れなければ。


 それに経験上、言葉遣いだったり、表情だったり。ウタ姉が幼く見える時は大体、リラックスしてる時だ。普段は気を張って“お姉ちゃん”で居てくれるウタ姉も、ゲームの中では“小鳥遊唄”で居られるのかもしれなかった。


 そのまま、本当に何気ない会話をしながらセントラルパークを散策する。普段の俺なら頭の片隅に攻略のことがちらついて、時間を気にしてしまう。だけど、ウタ姉との会話はむしろ、いつまでも続けて良いと思えるほど心地の良いものだった。


 だから、木陰にあったベンチに2人で腰掛けた時。


「それで? そろそろお姉ちゃんとの約束を果たしてほしいな、コーくん?」


 ウタ姉からそんな質問が飛んでくるまで、1時間以上も散歩をしてたことには驚かされた。


「約束……?」

「あ~、とぼけても『めっ』だよ、コーくん。どうしてコーくんがクマを作ってたのか。それを聞くために、わざわざ準備までしてアンリアルにログインしたんだから」


 指を立てて、子供に言い聞かせるように言ったウタ姉の言葉で、今朝、そう言えばそんな話をしていたなと思い出す。


 現実(あっち)では面と向かって言えないことも、なぜかゲーム(こっち)だと言えてしまう。そんな精神の緩衝材的な役割も、ゲームにはあるのかもしれない。後になってそう思えるくらいこの時の俺の口は自然に動いていた。


「心配だった」

「……心配って、何が心配だったの!? やっぱり学校で何かあった!?」


 俺の手を取って、グイっと距離を詰めてくる。そんなウタ姉に、俺は大きく首を振ってみせる。


「その……。ウタ姉が、心配だった」

「…………。……え、私が!?」


 青い目を大きく見開いて、驚いているウタ姉。その反応は、自分が心配されているなど、思ってもみなかった。そう言っているようにも見えた。


「そう。バイトもそうだけど、最近ちょっとウタ姉、頑張り過ぎてるなって思って。だから……」

「だから、私の負担を減らそうと、コーくんも無理をしてたの? バイトとアンリアルを、しすぎちゃった……?」


 ベンチに座り直しながらおずおずと聞いてくるウタ姉に、俺は正直に頷いて見せる。


「つまり、私のせい……?」


 上目遣いに聞いてくるウタ姉。めちゃくちゃ頷き辛いけど、俺はさっき、ウタ姉のために嘘をつくのはやめたばかりだ。だから、ゆっくりと頷く。


 そんな俺を見て、しばらく思考を停止させていたウタ姉だったけど――。


「ふふ……。ふふふふっ! そっか、私のせいだったんだ?」


 不意にクスクスと笑い出したかと思えば。


「学校のことでも、家のことでもなくて、良かったぁ~……!」


 黄金色の耳と尻尾をぺたんとしおれさせて、それはもう心底安心したように息を吐いたのだった。

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