第6話 可愛い × ケモミミ = 最強
『女の子には色々と準備があるの』
と、そう言ったウタ姉から準備完了の声がかかったのは、朝食から1時間後のことだった。
普段、ゲームをしないと言っていたウタ姉。ただ、全くシナプスに触れたことが無いというわけでもないらしい。シナプスの初期設定だけじゃない。買ったばかりの頃に、フルダイブ操作などの一連のチュートリアルは終わらせていたみたいだった。
それと、意外だったのはウタ姉がもう既にVRМMORPG『アンリアル』(税込6,800円)をインストールしていたこと。それから、チュートリアルでもある第1章――キングスライムをどうにかする物語――もクリアしているみたいだった。
アンリアルのインストール、チュートリアルのクリア、そして、ストーリーの第1章クリア。俺の予想だと短くて1時間、長くて3時間くらいかかると思っていた3つの工程を、もう既にウタ姉は済ませてくれていたらしい。シナプスを買った時「これで一緒にゲームできるね!」と俺に言ってくれていたウタ姉。俺が誘った時にすぐにゲームができるよう、準備を済ませてくれていたということだろう。
「それじゃあ、ファーストの町……チュートリアルやった場所にある噴水広場に来てね」
「うん! 噴水広場だね」
ベッドの上。NLSを外し、代わりにシナプスを装着したウタ姉と別れて、俺もアンリアルにログインする。
次に目を覚ました時、そこは宿のベッドではなく見慣れない天井だった。と、俺はすぐに、ここがロクノシマにあるTMUのクランハウスであることを思い出す。
「しまった、ロクノシマにはまだ転移のクリスタルが無いんだった……」
つまり一度、船でシクスポートに移動する必要がある。ということは、ウタ姉と合流するのに最低でも10分はかかるということ。
すぐにアンリアルを休止状態にして現実に帰還。シナプスを外して、遅れる旨をウタ姉に伝えに行く。部屋の前、ノックをしようとした時。
「えっと、名前は会う直前に変えなきゃダメで……。見た目はそのままで大丈夫だよね? あ、装備は変えないと……」
考えを声に出しながら、何やらアンリアル内で作業中らしい。内容からして、キャラクターの身だしなみとかプロフィールとかを設定し直してるってところだろう。
多分、ウタ姉が最後にアンリアルに触れたのは1年以上も前。当時と今とでは、キャラに対するこだわり、センスが変化したのかもしれない。他に、体型も変わってるだろうし、手足の調整も必要なのかもしれなかった。
「ウタ姉~」
「こ、コーくん!? どうしたの!?」
声をかけると、びっくりした様子のウタ姉の声が返って来た。
「えっと、俺の方はあと10分ちょっと時間かかると思うから、ゆっくりキャラの調整とかしてくれてて良いよって言おうと思って」
「は、は~い! 了解~」
元気よい返事を聞き届けて、俺は再びアンリアルに戻る。すると、ベッドに腰掛ける俺の隣にはいつの間にかフィーが現れていて、足をブラブラと遊ばせていた。
さて。ここからまた、フィーをなだめる時間だ。フィーにローブを着せて、クランハウスを後にする。たった数時間でさらなる復興を遂げているロクノシマの村を2人で歩きながら、俺はフィーに話を切り出す。
「フィー」
俺の呼びかけに、フィーが眠そうな青い眼で俺を見上げる。
「今日はこれから、大事な人と会おうと思うんだ。ウタ姉って言って、俺の家族」
慎重に、言葉を選んでフィーに予定を話す。俺が誰かと一緒にプレイすることを嫌うフィーが、果たして、どんな反応を返してくるのかと思えば……。
「ん」
短く一度。鼻息を漏らして頷いただけで、特段の拒否反応は示さなかった。正直に言えば、拍子抜けの一言に尽きる。一方で、先日のクラン入りについて拒否反応を示さなかった件もあって、本格的にフィーの性格が変更されたのではという推測が現実味を帯びてきた。
余計なことだとは理解しつつも、一応、確認しておこう。
「良いの? ここ最近、俺、常に誰かと一緒に居るけど」
俺の手をぎゅっと握り、隣をトテトテ歩くフィー。機嫌を伺う俺の問いかけに、少しだけ顔を伏せたフィーが、メッセージボードを飛ばしてきた。
「『家族は』『大事。』『家族との時間は』『とっても』『貴重』『だから』」
いつものように、ネット記事の切り抜きを使用したフィーの言葉。だけど、今回はなぜだか、言葉に熱を感じる気がする。クラン加入時に見せた理解ある行動――プレイヤーの利益を追求する思考――ではない。もっと何か別の、それこそAIに備わっているのか分からない“感情”のようなものを感じるのは、俺の気のせいかな。
「これって……」
真意を知りたくてフィーを見てみれば、満面の笑みで俺を見上げるフィーが居る。
「んっ!」
「なになに……。『斥候』『私の家族』『!』『大事!』と。……えっと、『家族は大事でしょ? じゃあ私も家族なんだから、大事にしてよね!』って感じ?」
「ん! んん~!」
そう言って腕に抱き着いてくるフィー。つまりフィーの中では、俺が家族を大切にする=家族である自分自身も大切にされる、みたいな式が成り立ってるのかな。だからフィーが“家族”をないがしろにした場合、自分自身もないがしろにされる可能性がある……みたいな?
(う~ん……。さっぱり分からん!)
相変わらず考えが読めない自由気ままな妖精さんと一緒に、俺は復興が進むロクノシマの港へと急いだ。
シクスポートの芝生広場から、ファーストの町の噴水広場へと転移した俺。フィーには指輪に〈変身〉してもらって、早速、ウタ姉らしきキャラクターを探してみる。
(大人で、色気があって、包容力もある。モデルにもアイドルにも、アンリアル公式が作り出したキャラクターにも引けを取らないような。内面からにじみ出る魅力を隠しきれてない人……)
そんなふうに周囲を見回していると、狐をモチーフにした獣人の女性プレイヤーに目が止まった。
(あ、うん。ウタ姉だ)
俺はそのプレイヤーこそが義姉であることを直感する。なんというか、どうしようもない既視感みたいなものがあったんだよね。ずっと家族として過ごしてきたからかな。
急いで女性プレイヤーに近づいて、
「ウタ姉……だよね?」
声をかける。もしこの女性プレイヤーがウタ姉じゃなかったら、俺はただのナンパ野郎になってしまうけど……。
「あっ、コーくん!」
いつもみたいに俺を呼ぶその声も、抑揚も、俺が知る小鳥遊唄のそれだった。
「道、迷わなかった?」
「ふふっ! コーくんったら、心配し過ぎ。これでも私、お姉ちゃんなんだけどなぁ」
手を口にやって、くすくすと笑うウタ姉。そんな義姉のアンリアルでの姿を、俺は改めて観察してみる。
プレイヤー名は『唄』。現実と同じ名前を使ってしまうあたり、どうみてもゲーム初心者だ。
身長を始め、体格は現実のウタ姉と何らそん色ない。顔の造りもかなり現実に近くて、おっとりと言った表現が似合うかな。トトリと同じでたれ目ではあるんだけど、気弱さは感じない。むしろ全てを包み込む優しさ、母性と言うか姉性を感じてしまうのは、俺がこのキャラがウタ姉だと知っているからだろうか。
ただ、顔のパーツや背格好はウタ姉そのものなんだけど、それ以外は全く異なる。
まずは髪色。ウタ姉はダークブラウン(?)なんだけど、ゲームでは鮮やかな金髪だ。その髪色に合わせたんだろう。目の色も、美しい青色をしている。
目を引くのは頭の上でしきりに動く三角形の耳と、ウタ姉の背後で揺れるモッフモフの尻尾だろう。黄金色という表現が似合う耳と尻尾は、先端に行くほど白くなるグラデーションカラーになっている。ウタ姉は、狐モチーフの獣人を選んだみたいだった。
髪色と目の色は違うけど、言ってしまえばウタ姉が狐のコスプレをしてるようなもの。……可愛くないわけが無い。俺も興奮しない訳が無い。
それに何よりも嬉しいのが、ウタ姉の装備だ。今のウタ姉は、初期装備の半袖短パン姿をしている。……繰り返すと、半袖、短パン。
そう、ウタ姉が短パンを履いている! 義足であることを気にしてか、現実だと絶対に足を出さないウタ姉が、足を、出してる! もうこの格好を見ることが出来ただけで、俺はウタ姉をアンリアルに誘った甲斐を感じることが出来てしまっていた。
「ど、どうかした、コーくん……? 目が怖いけど」
「ううん、何でもない。ウタ姉のキャラ、よく作り込まれてる。可愛いなって思って」
「そう? ふふっ、ありがとう!」
謙遜することなく、素直に賛辞を受け取ってくれるウタ姉。感情に合わせてしきりに動く耳と揺れるモフモフの尻尾が、最高だった。




