第4話 家があるって、すごい安心感
どれだけゲームに熱を入れても、現実では何も生産出来ない。
アンリアルはまぁ、現実にお金を還元できるから完全な時間の無駄とは言えないけど。それでも一昔前までは、ゲームをして得られる現実的な利益なんて皆無に等しかったはずだ。ゲームに情熱を注ぐ人たちはその他大勢から「時間の無駄」「労力の無駄」と言われてきたことだろう。
それでも今日に至るまで数多くの“ゲーマー”が居た理由。ゲームというコンテンツが生き残ってきた理由。
それは、きっと「楽しかったから」だと思う。
現実にある“無駄”を、楽しみに変えることができる。“新しい”を創造できる。それこそが、ゲームの役割なんじゃないだろうか。
だとするなら、ゲーマーとは人々が無駄と思えることを楽しめる素養を持った人なのかもしれない。無駄を楽しむことができる。意味のない、価値の無い物に楽しさを見出し、新たな価値を創出する。そうしてゲーマー達が時間をかけて無駄というものに価値を与えてきた結果が、アンリアルというただのゲームに日本人の4分の1が熱狂する現代を生んだのかもしれなかった。
ロクノシマにおけるTMUの活動拠点。可愛らしいお花屋さんのような外装のクランハウスの内装を見れば、制作者であるところの『こよみん』さんが無駄を楽しむ――ゲーマーであることがよく分かる。
例えば、壁。腰のあたりまでは木製で、それ以上はオフホワイトの壁紙になっている。また、木製の部分と壁紙に数ミリの凹凸をもたせてあるから、立体感のある壁になっている。よく見れば、木の部分には植物のツタを模したような模様も彫られていて……。
「なんと言うか、芸が細かいよね」
「うん! しかも、仕事が早い! やっぱり、さすがこよみんさんだわ!」
作ったばかりだからか調度品は椅子とか机とか、最低限のものしかない。けど、昨日今日で、しかも1人でこの家を建てたって思うと凄まじい完成度であることは間違いない。まだ顔も見たこと無いし、クランチャットで挨拶しただけの関係だけど、こよみんさんもまたゲームに情熱を注ぐ人であることに間違いなかった。
(さすが、少数精鋭のTMU。いい意味で、ヤベー奴しかいないのかも)
ニオさん曰く中の上~上の下でしかない俺が、TMUでやって行けるのか。ちょっとだけ、不安になってきた。
「えぇっと……。ベッドは2階にあるみたいね。とりあえずリス地の設定だけでもしておきましょう」
クランチャットにあるこよみんさんのメッセージを見ながら階段を上っていくニオさん。リス地って言うのはリスポーン地点の略。死亡した時に目を覚ます場所だ。ベッドしかり、寝袋しかり。アンリアルでは“眠る”という行為をする場所が、リスポーン地点になることが多かった。
2階には寝室が2つあって、好きな方でリス地を設定して良いとのこと。別に話し合うこともなくニオさんと別の部屋に入れば、8帖くらいの小部屋が迎えてくれた。置いてあるのはシングルサイズのベッドとサイドテーブル、椅子が1つあるだけだ。電気を点けなくても、窓から差し込む光だけで十分に明るい。
(採光についても考えられてるのかな?)
なんて考えながら、窓から差し込む光に照らされるベッドに触れる。『リスポーン地点を設定しますか? Yes/No』のシステムメッセージにYesと返せば、晴れて、リス地設定完了だ。これで、ログインした時はこのクランハウスからのスタートになる。それに、もし俺がゲームオーバーになればこの場所で目を覚ますことになっていた。
これまでも、宿屋で何度もリス地設定はしてきた。なのに、こうやって家らしい家のベッドでリス地を設定すると、ここが帰って来る場所なんだっていう変な気分になる。
(なんだろ。めちゃくちゃむず痒いし、落ち着かない……)
この感じは、俺が初めて小鳥遊家に向かえられた時に感じた物によく似ていた。
けど、その時と同じで、決して居心地が悪いわけでもないから不思議だ。むしろ、地に足がついたみたいな、そんな安心感みたいなものすらある。ゲームで大金をはたいてプレイヤーハウスを買う人の気持ちは、なんとなく理解できる気がした。
とりあえず、リス地の設定は済ませた。休憩も兼ねて、ニオさんとは10分後に合流予定。その後、リューに乗って上空から島を散策することになっている。
視界の端にある時刻を確認すると、現在、午前2時。
ベッドに寝転んでみれば、久しぶりのように思える静けさが俺の耳を打つ。そのまま、ぼーっと天井を見上げていれば、自分がそれなりに気疲れしていることに気が付いた。
別に、ニオさんが特別なわけじゃない。誰と一緒に居ても、気疲れはする。その点、ニオさんとは気が合うし、俺があまり気を遣わなくても良い部類の人だ。ただ、なにぶん初めてのことが多くて頼らせてもらうことも多いから、負担をかけていないか心配になる。
この申し訳なさみたいなものが、多分、気疲れの原因なんだろうな。と、俺がベッドで大の字になって自己分析に励んでいた時だ。
「ん!」
これまでずっと腕輪になっていたフィーが、妖精の姿に戻る。伸びをしながら、しばらく翅をパタパタさせていたかと思えば、
「ん、ん、ん……」
ベッドに上がって来る。そのまま寝転ぶ俺の腰に座った。
窓から差し込む光が照らす、小さな寝室。俺を見下ろす水色の瞳に、俺は少し前から気になっていたことを聞いてみる。
「フィー。俺がクランに入っても、良かったの?」
俺が知るサポート妖精AIフィーは、独占欲が強い。俺が誰かといること、誰かと一緒に攻略することに強い拒否反応を示す。トトリと2人でパーティを組む時ですら、かなり揉めたほどだ。
だというのに今回、俺がTMUに入ることについて、フィーがゴネたことは一度も無かった。クランに入れば、大多数の人間と攻略をすることになるのに。
「一応、シクスポートのクランハウスで妖精の姿になってたでしょ? その時、てっきりクラン加入を反対されるって思ってたんだけど?」
むしろソファにいち早く座って俺にも座るよう促したフィーは、クラン加入に積極的だったようにも見えた。その理由を尋ねた俺に、フィーの瞳が電子の海をさまよい始める。眠そうな青い目に、数えきれない文字と数字の羅列が駆け巡ること、数秒。
「『TM』『U』『加入は』『斥候の』『利益になる』」
ネット記事の切り抜きを使ったフィーの言葉が、俺の眼前に示される。内容は、主人である俺の利益になるからクラン加入を認めたというものだ。
(それでも、俺が知るフィーなら、一度くらいはゴネそうな気もするんだけど……)
気まぐれで片づけて良いものなんだろうか。俺の考えすぎ、なのかな?
気になると言えば、もう1つ。実はクラン加入についてSBさん達と話し合う間、フィーはずっと俺の隣にいた。人見知りで、基本的に気を許した相手以外には姿を見せることが無いあのフィーが、だ。
(これについてはSBさんとは長い付き合いだから、フィーの信頼と言うか好感度があったと言われると納得できるけど……)
SBさんが俺とフィーの知り合いで、クラン加入も利益になる。だからフィーはSBさんがリーダーを務めるクランへの加入を認めた。論理としては理解できる。けど、なんだろう。それだけじゃないって思ってしまう。
その理由は、やっぱり、フィーの行動が人間臭いから。普通のAIなら設定されたアルゴリズムに逆らうことなく、行動する。今回のフィーで言えば、“嫉妬深い”という設定に基づいて一度はゴネたあと、主人である俺に説得される形で“プレイヤーの利益”を尊重するのがフィー“らしい”ように思う。
ただ今回に限って、フィーは“理解ある行動”をした。AIが学習したとも言えるけど、アンリアル運営が『フィー』というキャラクターが持つ「嫉妬深さ」という魅力を損なわせるような学習をさせるだろうか。
「んん~……」
甘えるように、俺の身体に覆いかぶさってくるフィー。まるで重さを感じさせない華奢な身体。印象的な白銀の髪が俺の首元をくすぐる。静かに俺に抱き着くその仕草は、しばらく構ってもらえなかった俺に、自身の存在を刻みつけるマーキングのようでもある。……こういう仕草は、フィーらしいんだけどなぁ。
(結局、俺がフィーに“らしさ”を押し付けてるだけなのかな?)
それに、フィーがAIじゃないとするなら人間ってことになるんだけど、そうすると今度は、人間にしては人間味が薄いよねって話にもなってしまう。結局、俺が暇つぶしに考えてしまった益体もないことなんだろう。そう割り切ることにして、俺はしばらく、甘えてくるフィーにされるがままになっておくことにした。




