第3話 何かが出来上がっていく様は、ずっと見てられる
今日、6月2日はイベント『ロクノシマ奪還作戦』が始まって3日目。
一昨日のイベント開始から今週の金曜日まで。プレイヤー達は船が着岸する港を中心にした直径1㎞の廃村を復興させていく。民家や病院などの施設はもちろん、例えばモンスターの侵攻を防ぐ防塁を建設したりも出来るらしい。
そうして村を復興させていくと“復興度”(最大1万ポイント)と呼ばれるポイントが溜まっていく。一昨日、俺がログインした時点では、100ちょっとだった。外見も壊れた家屋が目立ち、シクスポートとは比べるべくもない外見だった。
けど、今日港に下りたって思ったこと。それは……。
「「町だ(ね)」
図らずも、俺とニオさんの呟きが重なる。
確かに、まだまだ壊れた民家が多く目立つ。それでも、メインストリートを中心として、ちゃんとした“建物”がいくつも建ち並んでいた。
ロクノシマ全体に森があるからだろう。シクスポートの町並みとは違って、木造の建造物が多い印象だ。石造りの建物も、灰色や黒色の石を使ったものが多い。ロクノシマには火山もあったし、建材は火山岩が中心とみて良さそうかな。恐らく石灰岩で作られてるシクスポートと違って、全体的にちょっと暗めな印象だった。
「フィー。イベントの復興度、教えてくれる?」
今は腕輪になっているフィーに声をかけると、数秒と立たずにメッセージボードが現れる。そこに記されていた復興度の値は『2,328』。3日目とは言ってもイベント開始からまだ30時間ちょっと。今日も含めて残り6日……150時間近くあることを考えると、かなりのハイペースで復興が進んでいるように思う。
「建築ギルドが本格的に動いてるみたいね」
「うん……」
「生産系スキルを取ってる人が活躍する場を増やそうっていう運営の配慮も素敵!」
「うん……」
自分でも適当だって分かるくらい気もそぞろに、ニオさんの言葉に相槌を返す。今は俺の目も、心も、着々と進む建設作業風景にとらわれてしまっている。瓦礫の山が一瞬で消え去り更地になったかと思えば、唐突に柱や梁が現れて建物の骨子が出来上がっていく。かと思えば壁が現れ、屋根が現れ……。
ゲームに限らず、何かが出来上がっていく過程って、いつまでも見ていられるから不思議だ。しかもゲームだと、現実ではありえない挙動を見せてくれるからなお面白い。
「…………」
「斥候くん、そろそろ移動しても良い?」
「…………」
「斥候くん?」
「…………」
「はぁ……。斥候くんっ! 行くわよ!」
「あっ」
ニオさんが強引に俺の腕を取って引っ張ったことで、ようやく俺の注意が逸れる。
「言うまでもないでしょうけど。時間が経つほど、攻略出来る範囲は小さくなっていくの。ボーっとしてる暇なんて、無いんだから」
尻尾をやや立てて、お怒り気味の様子のニオさん。話しながらも、彼女が歩くペースを緩めることは無い。グイグイと手を引かれるこの感じは、昔、ウタ姉に腕を引かれていた時に似ていなくもない。
「……うん、ごめん」
謝った俺が自分の足で歩き始めたことを確認したニオさんは、
「まったく。手がかかる子はトトリだけで十分よ」
仕方ないと言うように鼻を鳴らして、俺の手を離すのだった。
改めて、俺たちはTMUとして動き始める。TMUは一致団結というよりは、ビジネスライクで淡泊な付き合いが多いクランらしい。クランメンバー全員が共有するメッセージボード『クランチャット』に書いてあるSBさんからの指示のもと、メンバーが個別にそれぞれの役割をこなしている。
例えば配信者でもあるニオさんは広報担当。アンリアルというコンテンツをVtuberとして盛り上げながら、視聴者から情報収集したりもするらしい。そうやって、勝手に情報が入って来る立場にあるからかな。広く浅くアンリアルに精通しているというのが、ニオさんの情報網の特徴だろう。
そして俺が、ニオさんが集めた情報を掘り下げる。例えば、こんなアイテムがある、だとか。ここにダンジョンがあるらしい、とか。ニオさんが選別した情報をもとに下見をしたり、アイテムであれば、フィーに変身してもらうことで詳細な情報を得る。
こうすることで情報は広く、深く、TMUはアンリアルの情報面を攻略することができるようになったわけだ。
「そう考えると、これまではSBさんが直接、俺から情報の買い付けをしてたってことになるんだよね?」
復興が進む村の大通り。俺の2歩先。ローブの裾を揺らすニオさんに聞いてみる。
「んにゃ? そう、ね。確かに、たまに、やけに詳しい情報が流れて来ることもあったけど……。斥候くんがリーダーと知り合いだったなら、納得だわ」
なんて言って1人で納得してしまったニオさんが、通りの角を曲がった。
大通りから離れていくことになるため、まだまだ復興途中の景色が目の前には広がっている。それでも、きちんとした建物がちらほらと散見される。その中の1つに、いま俺たちが目指している場所であるロクノシマにおけるTMUの拠点があると思われた。
「あっ。リーダーも言ってたけど、斥候くんはきちんと情報料を貰ってね。同じクランだとしても、線引きはきちんとしないと痛い目を見るわ」
頭の耳をせわしなく動かしながら、キョロキョロと周囲を見ているニオさんが、忠告をしてくれる。
いまこの人が言ったように、TMU加入時、SBさんはこれまで通りきちんと情報料を払うことを約束してくれている。そのうえで、買い取った情報は困っているプレイヤーに無償で提供する予定であることも、きちんと明かしてくれた。
(その分、少し色を付けて情報を買い取ってくれるって話だったけど……)
同じクランであっても、遠慮はしない。志を同じくするからこそ、メンバーそれぞれが己の役割に誇りをもって、他のメンバーも対価を支払う。クラン全体で、そういう方針らしい。また、俺としてもアンリアルの情報料は貴重なお小遣いだ。TMUの、個人主義的な方針は、とてもありがたかった。
なんて、考え事をしながら歩くこと数分。
「ここ……ね。着いたわ」
言ったニオさんが足を止めたのは、こぢんまりとした2階建ての家の前だった。
ぱっと見は、ランタンに近いかも? 特徴的な赤い屋根は曲線を描いていて、画家さんが被ってるベレー帽に見えなくもない。柱や梁は木で出来ているんだけど、外壁は耐久性を意識した石づくり。何もしなければ暗い灰色なんだろうけど、わざわざ淡く白い色で塗装がしてある。おかげで、建物全体が明るい印象になっている。
軒先に並んだ花壇。味のある曇りガラスと窓枠。木製の吊り看板。ちょっとおしゃれなお花屋さんにも見えなくもない民家が、そこにはあった。
「さすが、こよみんさん。相変わらず仕事が早いし、良いセンスしてるわ。可愛い!」
可愛らしい外装の家を見上げたニオさんが、声を弾ませる。どうやらここが、ロクノシマにおけるTMUの拠点、クランハウスみたいだ。
「その口ぶりだと、ニオさんはこよみんさんに会ったことある感じ?」
「ええ! トトリと同じで可愛いモノが好きな女性プレイヤーさんよ」
ニオさんの説明によれば、こよみんさんはTMUのメンバーの1人。建築担当の人で、クランハウスを建てたり、修繕したりしてくれているらしい。
「『Aquarius』さんも〈建築〉スキルを持ってるんだけど、あの人の家は良くも悪くも余計なものが無いのよね」
TMUの名簿にあったプレイヤーの名前を挙げながら、ニオさんが覗き窓の付いた木製のドアを開ける。内装には明るい色合いの板材と白い壁紙が使われていて、温かみのある空間となっている。1階部分の間取りはLDK。広さ自体はシクスポートのクランハウスよりも1回り小さいくらい。
「やっぱり! こよみんさんが建てるとお風呂があるから良いのよね!」
リビングの奥にある扉から中を覗くニオさんが尻尾をしきりに揺らしている。けど、アンリアルではプレイヤーの負担を減らすために排せつ・代謝機能が無い。どれだけ動き回っても、汗をかいても、臭くなるのは現実の身体の方だけだ。
それに、全年齢対象ゲームであるところのアンリアルで局部を露出する行為はシステム上、不可能だ。よって、トイレをすることはできないし、お風呂についても、水着を着用して入ることになるだろう。
それでもこよみんさんが水回りを作った理由。それは、本当に、ただの雰囲気づくりでしかないんだろう。言ってしまえば時間・労力・資材。その全てが無駄だ。
……ただ、その雰囲気づくりという“無駄”を大切にできるからこそ、ゲーマーなのかも。だって、そもそもの話。あらゆる無駄を詰め込んだものこそがゲームなんだから。




