婚約破棄されたのは、呪いのせいだと思っていました
「ダリア、貴様との婚約を破棄させてもらう! もうやっていられん!」
ダリアがこの宣言を聞いたのは何回目だっただろうか。彼女にとってはもはや聞き慣れすぎてうんざりする言葉がつらつらと元婚約者から流れてくる。
「……理由だけ、お聞かせ願いますか?」
ダリアは諦観の笑みを浮かべ、ただ一言だけ尋ねる。その答えも彼女は既に予想ができている。 呪いだ。ダリアには昔うっかり魔女の領域に足を踏み入れてしまったことがあり、それが原因で魔女に呪われてしまったのだ。
「人の顔色を窺いすぎだ。もっと自分を出せ」
「……え?」
ダリアは噛み締めていた唇を緩め、顔を上げて元婚約者の顔を初めて見る。彼女はその時、今まで元婚約者の顔をロクに見ていなかったことに気付いた。
「ようやく俺のことを見たか。貴様はずっとそうだった。いつも地面ばかり見て、呪いに夢中になって俺を見てくれやしなかった」
ダリアは元婚約者の言葉を聞き、ハッとする。全て図星だったからだ。
無意識のうちに自身が一番、自分に対して偏見を持っていたのだ。呪いがあるから全部上手くいかない、人がどんどん去っていく。そういうものだと思っていた。
「俺は言ったはずだ。貴様の呪いなんぞハナから興味がないと」
これも事実だった。元婚約者とダリアが出会ったのは1ヶ月前。元婚約者がたまたまダリアを見つけ、突然強引に求婚してきたのだ。
その時ダリアは「私には呪いがあります。だからあなたとは結婚できません」と言ったのだが、元婚約者はそれを「知ったことか」と言って拒否したのであった。
「俺はお前自身の魂の輝きがみたい。しかし貴様はそれを自身で蓋をし隠している。もっと我が儘に生きろ、お前のアイデンティティは呪いではないはずだ」
元婚約者は射抜くような目でダリアを見つめる。今、彼による審判がダリアに下されそうとしていた。
「わ、私は……私は!」
ダリアは胸元を右手で掴み、勇気を振り絞って大声を出す。彼女が腹から声を出したのはいつぶりだったのだろうか。
「私はあなたともう一度やり直したい! もっとあなたのことが知りたい、いつかあなたと外に出てみたい!」
それはダリアの本心の叫びだった。彼女は呪いによって自ら殻に閉じこもり、周りを拒絶していた。
更に呪われた体は部屋から出ることすらも困難にし、彼女は体も心も呪いに囚われてしまっていたのだ。
「その答えを待っていた。だがもう遅い、婚約破棄は取り消さない」
「そ、そんな……」
ダリアは絶望し顔を両手で覆う。
しかしそれを元婚約者は引っ剥がし、顔をグイと近づけた。
「だからそうだな、これからはただの恋人として仲良くしようではないか。婚約などせずも、もう貴様は既に俺のものだ」
「は、はい! アダム様!」
ダリアは顔を真っ赤にして元婚約者の名前を呼び、今度はアダムをしっかりと見ることを誓った。