第96話 ときめき☆ラムアタック!
「オイ……俺に斧を投げつけたのはオマエか?」
俺は厳しい目つきで大男に問い質した。
一歩間違えれば、俺は死んでいた。
戦場で死ぬのは仕方ないが、停戦を呼びかけている相手に不意打ちはないだろう。
俺は怒っているのだ。
「べらべらとよく回る舌だな? ああ~ん?」
大男は首を鳴らしながら近づいて来た。
(デカいな……)
身長は百八十センチちょいだが、横幅と体の厚みがある。
装備も良い。飾り角のついた鉄製の兜に、鱗状の金属プレートがついた鎖かたびらを身につけている。
俺は警戒しながら大男に問いかける。
「聞いてなかったのか? 停戦を申し入れたろう?」
「うるせえよ。これだけわやになったら停戦もへったくれもねえだろうが!」
大男はノルン語の訛りが強い。
いや、訛りというよりは、スラング? 言葉遣いが乱暴なだけか?
「わや? どういう意味だ?」
「へっ! 滅茶苦茶ってことだ! わかったか小僧?」
あっ……さらにカチンときた。
わかったか小僧が、『ドゥー・ユー・アンダスタン・ボ~イ?』のような、かなり好戦的な口調だったのだ。
こいつケンカを売る才能あるわ。
俺はゆっくりと大男に向かって歩き出す。
「滅茶苦茶というが……。オマエらが軍船を出してきたんだろうが?」
「ああ~ん? 攻め寄せてきたのは、テメエらだろうが!」
「だから! 先触れを出したって言ってるだろう!」
「来てねえよ! ボケ!」
俺と大男は胸を突き合わせてにらみ合った。
正確には……、俺の方が背が低いので、俺が見上げる形になったが。
「停戦だ!」
「イヤだね!」
「じゃあ、どうするんだ?」
「こうするのさ!」
大男は素早く腰から手斧を抜くと俺の脳天目がけて振り下ろした。
だが、俺はしっかり警戒していた。
体を横にスライドさせて最小限の動きで、大男の振り下ろす手斧をかわす。
「チッ!」
大男が盛大に舌打ちする。
どうやら感情的な男らしい。
手斧をブンブン振り回し、俺を仕留めようとする。
大男の斬撃は強烈だがかなり大ぶりだ。
俺は余裕を持って回避し続けた。
伊達に何度も戦場に出ていないし、時間がある時はロッソと戦闘訓練をしている。
「おい。俺はバルバルのブルムント族族長のガイアだ。オマエは?」
「俺はノルン王国の国王エイリーク・ホールファグレだ! 血斧王! ブラッドアックスと呼ばれているんだぞ! どうだ! まいったか!」
「別に参らねえよ!」
こんな頭の悪そうなヤツが王様かよ!
どうやったら停戦してくれるだろうか?
考えると頭が痛くなる。
エイリーク王は、楽しそうに手斧を振り回している。
戦闘大好きバトルジャンキーなのかな?
ならば戦って納得させるしかない!
俺はエイリーク王を挑発した。
「確かに強烈な斬撃だが……。当たらなければ、どうということはない」
「何だとう!」
エイリーク王は、顔を真っ赤にして怒りだした。
怒りのため、手斧を大きく振りかぶった。
俺が望んでいた大ぶりだ。
(もらったぞ!)
エイリーク王が手斧を振り下ろすと同時に、俺は一歩踏み込む。
恐ろしい風切り音が耳を打つ。
だが、当たらない。
俺はしっかり体をスライドさせて、振り下ろす軌道から体をかわしている。
エイリーク王の振り落とした手斧が体の横を通過する。
俺はエイリーク王の右腕を抱え込み、下に引っ張り込むようにする。
同時に両足をエイリーク王の首に巻き付け、ガッツリ三角締めを決めた。
「「「「「おお!」」」」」
俺とエイリーク王の戦いを見ていた連中が、俺の動きを見て歓声を上げる。
男たちが感心するほど素早い動きで、俺は一瞬で三角締めを決めたのだ。
ロッソとの訓練が役に立った。
エイリーク王がジタバタともがく。
三角締めは、からめた足で首の頸動脈を絞める技だ。
じきに落ちる。
「クッ……。離……せ……」
「停戦するなら離してやる。停戦しないなら、このまま締め落とす!」
「い……嫌な……こった……」
「それなら、落ちろ!」
俺は容赦なく三角締めでエイリーク王を締め上げる。
「こ……ぞう……、ちょうしに……、のる……な!」
「うわっ!」
だが、エイリーク王はしぶとかった。
片腕一本で俺を持ち上げると、俺を甲板に叩きつけた。
俺は後頭部を強かに甲板に打ちつけられ、エイリーク王から手を離してしまった。
三角締めが解けた。
「うわっ! ガイア! シッカリしろ! 大丈夫か!」
ロッソの声が聞こえる。
やけに遠くに感じる。
一瞬、意識が飛んでいたな……。
「うっ……くっ……」
寝転がったまま頭に手をやるとヌルリとした感触……、血だ。
(こりゃ、頭を割られたな)
既に俺の頭からシュウシュウ音がしている。
体の修復が始まっているのだ。
俺は手を握ったり開いたりして、体が動くか確認する。
ダメージはあるが回復スキルのおかげで、まだ戦える。
俺はゆっくり体を起こした。
するとエイリーク王は四つん這いのまま、驚いた目で俺を見ていた。
「何だよ! あの技は! 首が絞まって死ぬかと思ったぞ!」
「じゃあ、死んどけよ」
「うるせえよ! バーカ!」
嬉しそうに笑っている。
どうしようもない戦闘バカだ。
こっちも嬉しくなるな。
俺とエイリーク王は、ゆっくりと立ち上がり身構えた。
突然、ノルン王国の船員たちが悲鳴を上げた。
「うわああああ!」
「突っ込んでくるぞ!」
「逃げろ!」
「退避! 退避!」
俺とエイリーク王は一瞬目を見合わせ、『何だ?』と横を見た。
すると大きなガレー船が、俺たちの乗るガレー船に迫っていた。
俺とエイリーク王は、同時に声を上げる。
「「なっ!?」」
俺たちが乗ったノルン王国のガレー船は、横腹をつかれようとしている。
横腹をつこうとしているのは、アルゲアス王国のガレー船だ。
甲板には満面の笑顔で前方を指さすソフィア姫と、腕を組みながらニカッと笑うポポン将軍の姿が……。
「全速前進! 突撃ぃ~♪」
「ハッハッハッ!」
ヤバイ……! ラムアタックだ!
ソフィア姫とポポン将軍は、旗艦の大型ガレー船でラムアタック――衝角を使った体当たり攻撃をするつもりだ。
ソフィア姫の笑顔は太陽に照らされて、男なら誰でもときめきそうな可愛いさだが、これからやろうとしていることは凶悪なラムアタックだ。
「ちょっ!? ちょっと待って!?」
「やっちゃえ~♪」
「ハッハッハッ!」
俺は両腕をブンブン大きく振って止めようとするが、二人はお構いなしだ。
ダメだ……。もう、止まらない……。
ドカン! と大きな破壊音が響いた。
続いてメキメキと木をへし折る音。
ノルン王国のガレー船がくの字に折れ曲がった。
「ああ~! 俺の船が~!」
エイリーク王が悲鳴を上げ涙を流す。
俺はエイリーク王の襟首をつかんで立たせる。
「それどころじゃないだろう! 船が沈むぞ! 退避しろ! 海へ飛び込め!」
「チクショウ! 野郎ども! 逃げろ! 海だ!」
エイリーク王の命令でノルン王国の男たちが、金属鎧を脱ぎ捨てて海へ飛び込む。
俺も急いで装備を外して海へ飛び込もうとするが、ロッソが何かやっている。
「ロッソ! 何やってるんだ! 逃げるぞ!」
「ガイア~、もったいねえよ! 鉄製の鎧や剣が沢山あるぜ! 持って帰れねえかな!」
「バカ野郎! 船が沈むんだ! 逃げるんだよ!」
「ああ~! もったいない!」
嫌がるロッソを引きずるようにして、俺は舷側から海へ飛び込んだ。
こうしてノルン王国との意図せぬ海戦が終った。
■補足説明:『絞める』と『締める』漢字の使い分け
絞める⇒首だけを絞める場合に使用しています。
締め技・締める⇒首以外の体を固定して締め上げている場合に使用しています。