第95話 血斧王エイリーク
俺たちバルバルは、鉤爪のついたロープを次々とノルン王国のガレー船に投げ込む。
「上がるぞ!」
俺と大トカゲ族のロッソが、先陣を切ってロープをつかみ登り始める。
ガレー船の舷側からノルン王国の兵士が顔を出しナイフでロープを切ろうとする。
「グハッ!」
兵士の喉に矢が深々と突き刺さった。
兵士は俺と入れ違いに落ちていく。
ジェシカの声が下から聞こえた。
「ガイア! 援護は任せて!」
「ありがとう! 頼んだ!」
ジェシカが下から援護射撃してくれる。
俺たちは、素早くロープを使ってガレー船に上がった。
ガレー船では、ノルン王国の連中が驚いた顔をして出迎えた。
「うわっ!」
「来やがった!」
「はええ!」
俺はパッと見回して状況を分析する。
ノルン王国の連中は、装備が良い。
鉄製のヘルムに鎖かたびら。防御力が高そうだ。
手にしているのは、鉄製の斧。得物の間合いは俺の鉄剣より短いが、投げつけられたら面倒だ。
ノルン王国の船員はずんぐりした体型の男たちで見るからに力が強そうだ。
腕は太く、赤銅色に日焼けした肌にチリチリの体毛。
海の男というよりも、イカツイ海賊の方がピッタリくる風貌だ。
数は二十人だが、甲板の下の階層から足音が聞こえるので、じきにもっと船員が集まって来るだろう。
(俺とロッソじゃ相手を仕切れないな……。仲間がこの船に上がるまで時間を稼ぐか……)
俺は仲間が甲板に上がってくる時間稼ぎを兼ねて、もう一回停戦を提案することにした。
「待て! 戦う意思はない! 俺たちは親善使節団だ! アルゲアス王国のソフィア姫が親善使節団長! ポポン将軍も同行している! 話し合いで穏便に事態を収拾したい!」
俺がノルン王国語で話しかけると、ノルン王国の船員たちは驚いて動きを止めた。
外国人の俺がノルン王国語を話したのに驚いたのだろう。
スキル【スマッホ!】のおかげだ。
俺は続ける。
「先触れの船が訪れているはずだ! アルゲアス王国の親善使節団が訪問すると伝言を携えて、交易都市リヴォニアから出発している! 先触れの船はいずこに?」
俺の言葉にノルン王国の船員たちは、首を傾げた。
「先触れの船?」
「え? そんなの来てたか?」
「いやあ~知らねえな~」
「オイ! 兄ちゃん! 本当に先触れを出したのかよ?」
ノルン王国の船員の一人が俺に質問した。
俺はコミュニケーションがとれてきたことに内心喜びながら、真面目な顔で答える。
「本当だ! ソフィア姫の初めての外遊だからアルゲアス王国はきっちり段取りを組んだ! 誰か先触れの船を知らないか?」
俺はノルン王国の船員たちに問いかけ続けたが、みんな首を横に振る。
誰も先触れの船を知らないようだ。
(おかしいな……。本当に先触れが到着していないのか?)
俺は内心疑問を感じながらも、とにかく話し続けた。
少なくとも俺が話している間は戦闘が止まるからだ。
「到着してないわけがない! 俺たちの船団より、何日も前にリヴォニアを出ているんだ! 誰か見ているだろう? 快速のガレー船だ! 中型の早い船だ!」
俺が話していると、ロッソがそっと耳元で状況を伝えた。
「ガイア。十五人ばかり上がってきた。もう少し上げるぞ」
バルバルの仲間が、このガレー船に上がってきた。これで戦闘は可能だ。
さて、どうするかと考えながら話していると、俺の顔を指さす男がいた。
「あれ!? オマエ……ガイアじゃねえか? ジャムを売ってたヤツだよな?」
「ん?」
俺を指さしたのは、以前、交易都市リヴォニアの港で出会った狼獣人の男だ。
名前は確か――。
「クヌートだよな? 商人のトロンと一緒にいたろ?」
「おう! そうだよ! トロンなら港にいるぜ!」
知り合いがいた!
俺とクヌートは一定の距離を置いて警戒したままではあるが、お互いの情報を交換した。
クヌートによれば、突然港に大船団が現れたのでノルン王国は慌てて迎撃の船を出したそうだ。
クヌートは商人のトロンとたまたま港にいて、『すわ敵襲!』と押っ取り刀で旗艦に飛び乗ったそうだ。
「そちらの状況はわかった。じゃあ先触れの船は到着してないのか?」
「少なくとも、俺はそんな船は見てねえし、外国の先触れが来たなんて話も聞いてないな。もしも、先触れが来たなら商人のトロンが聞きつけて大騒ぎしているはずだ」
クヌートの話には説得力があった。
確かに商人の情報収集能力はあなどれない。
外国の親善使節団が来訪するとなれば、商人たちにとって新たな商機だ。
(とすると……。先触れは到着してない……。参ったな……)
俺はキリッとした表情でノルン王国側に語りかけた。
「どうやら行き違いあったようだ。即時停戦を申し入れるが――」
「危ねえ!」
俺が話していると、ロッソが俺の襟首を強く引っ張った。
俺は後ろに引っ張られて、一歩後ろに下がった。
ドン!
俺が立っていたところに、大きなバトルアクスが突き刺さった。
ロッソが引っ張ってくれなければ、俺にバトルアクスが命中していただろう。
「誰だ! 停戦を申し入れると言ったのが聞こえなかったのか!」
俺が吠えると、人をかき分けて大男が現れた。
「ペラペラうるせえぞ! 小僧!」





