第93話 お姫様は突撃を望む
「ガイアー!」
俺が乗る大型ガレー船の後方からロッソの声が聞こえた。
舷側から身を乗り出し後方を見ると、バルバルのバイキング船三隻が縦一列に艦列を組んで追い上げてくる。
俺たちの前方に見えるノルン王国王都トロンハイムから船団が出撃してきた。
ロッソたちは事態を把握して前へ出る気なのだ。
「ガイアー! 戦かー?」
「ロッソー! そっちに移るー! 寄せてくれー!」
「了解だー!」
ロッソが舵を切り、船長のガウチが指示を出し帆が畳まれる。
バイキング船が、大型ガレー船の発生させる波を切り裂いて近づく。
「ガイア様! ジェシカお姉様!」
ソフィア姫が護衛の兵士を引き連れて甲板を歩いてきた。
俺は周りに人が大勢いるので、丁寧なアルゲアス王国語でソフィア姫に語りかけた。
「ソフィア姫。危険ですから安全なところにいてください。私たちバルバルが前へ出ます」
「まあ! わたくしはアルゲアス王国の王族ですよ! 戦で後方に下がるなど、許されることではありません! わたくしも一緒に突撃します!」
ソフィア姫がグッと拳を握る。
「「「「「ええっ!?」」」」」
一緒に突撃だと!?
勇ましいのは結構だが、ポポン将軍は天をあおいでいるし、護衛の兵士は激しく首を横に振っているぞ。
俺は態度を崩し、手を腰にやる。
「いや……ソフィア姫は親善使節団の団長だろ? つまり、大将ってことだ。前に出ちゃダメだろう?」
「あら! お兄様は先頭を切って戦うそうですよ?」
「いや、アレックスは剣も槍も使えるから」
「わたくしも剣を習っておりますわ!」
ええい! このじゃじゃ馬め!
周りが困ってるじゃないか!
どうしたものかとみんなで頭を抱えていると、ジェシカがソフィア姫の手を握ってたどたどしいアルゲアス王国語で話しかけた。
「ソフィアちゃん、大将は、後ろで、ドーンと、しているの」
「そうなのですか?」
「そうよ、前は、兵士、大将は、後ろで、指揮」
「わかりました! わたくしは指揮をするのがお役目なのですね!」
ソフィア姫はジェシカの説得で、突撃を思いとどまった。
ふう、やれやれ……という空気が甲板に満ちた。
俺はバルバルのガレー船に乗り移るべく、舷側からロープを投げ下ろした。
身を乗り出そうとするとポポン将軍が肩をつかんで俺に告げる。
「ガイア殿。何かおかしい。戦闘は避けてもらいたい」
「戦闘を避ける? ノルン王国側はやる気満々ですよ?」
俺は前方を指さす。
ノルン王国のガレー船からウォークライが聞こえてくる。
乗組員が声をあわせて『オッ! オッ! オッ!』と叫んでいる。
「わかっとるが、我らは親善使節団じゃ。なるたけ説得で済ませたい」
理屈はわかるが、あれを説得出来るか?
俺は渋い顔をした。
「説得ねえ~。うーん……」
「先触れの連中がどうなったかも気になるしのう」
確かに先触れが出ているのに、こちらへ襲いかかろうとするのは妙だ。
ポポン将軍は続ける。
「ワシもやってみる。ガイア殿も、まず話すようにしてくれ」
「一応やってみますが……、ノルン王国が話し合いに応じるかわからないですよ? 戦闘をしないと約束できませんが?」
「ああ。降りかかる火の粉は払わねばならぬ。その時は、我らアルゲアス王国軍も本気を出すさ!」
「了解した。ジェシカ! 行くぞ!」
俺とジェシカは、アルゲアス王国の旗艦からロープでバルバルのバイキング船に降り立った。
俺は船長のガウチに指示を出す。
「ガウチ。ノルン王国の旗艦に寄せてくれ」
俺はノルン王国船団の中央にいる中型のガレー船を指さした。
中型のガレー船の中でもサイズが大きい。
多分、あの船が旗艦だろう。
「あの一番大きなガレー船ですね! 了解です!」
バルバルのバイキング船は、帆を張った。
追い風を受けて一気に増速する。
アルゲアス王国旗艦の大型ガレー船から離れていく。
ガレー船の甲板から、ソフィア姫がブンブンと手を振っている。
「ガイア様! ジェシカお姉様! ご武運を!」
俺たちはソフィア姫に手を振り返し、すぐに前を向く。
弓を携えたジェシカが俺の顔をのぞき込んだ。
「ガイア! どうするの?」
「ノルン王国の旗艦に乗り込む。多分、一番偉いヤツが乗っているだろうから、直接話をつけるよ」
「話し合いに応じなかったら?」
「そりゃ、一戦やるのみだよ!」
「わかったわ! 後ろに伝える!」
ジェシカが後方をついてくるバルバルのバイキング船に大声で俺の狙いを伝えた。
風を受け満杯に膨らむ帆、ザッと波を切る音。
俺は戦を前にして、気が高ぶっていた。





