第92話 ノルン王国の王都トロンハイム
俺は前方に見えてきた都市に心を躍らせた。
俺が乗るアルゲアス王国のガレー船から、ノルン王国の王都トロンハイムが見える。
トロンハイムは深い入り江――フィヨルドに築かれた都市で、ゴツゴツとした海岸沿いに沢山の家が並んでいる。
家屋は木造で二階建てが多い。
町の奥にある高台に石造りの尖塔が複数見える。
あそこが王宮だろう。
入り江には、そこかしこに船がつながれていて、ノルン王国が海洋国家だとわかる。
(夏に来て良かったな!)
青い海は日の光を浴びて、キラキラと輝いている。
外交訪問だが、俺はかなりリラックスした気分だ。
「ノルン王国の夏は過ごしやすくて良いですなぁ」
「ええ。ポポン将軍は、ノルン王国に訪問したことは?」
「何度かあります。以前は春先でしたな。いや、もう、寒くて参りました」
ポポン将軍は肩をすくめた。
お年寄りに北国の春は厳しいだろう。
俺はポポン将軍から情報を得ようと質問をしてみた。
「ノルン王国は、どのような国なのでしょうか? 交易が盛んな国と聞いていますが?」
ポポン将軍は白髪をなでながら、ノルン王国について話し出した。
俺に教えてくれるらしい。なかなか親切だ。
「ノルン王国は寒くてあまり作物が育たぬようで、農業はあまり盛んではありませんな。男たちは海に出て漁業と交易に精を出します。ですが……」
ポポン将軍の表情は少し固くなった。
俺は先を促す。
「何かあるのでしょうか?」
「ノルン王国は戦士が強い力を持つ国なのです。今でこそ交易が国の中心産業ですが、以前は北海沿岸を荒らし回っていた海賊集団でした」
ポポン将軍の口調が苦々しい。
海賊集団とは物騒だな!
「海賊集団ですか……。というと略奪も?」
「ええ、商船を襲い積み荷を略奪し、沿岸にある他国の村を襲い略奪し、住民をさらう。さらった女は凌辱し、男は奴隷として売り飛ばすのです。殺す! 奪う! 犯す! 北のノルン人といえば、野蛮人の代名詞でしたよ。まったく、それが交易で儲けるようになって、国とは……」
ポポン将軍は苦笑いだ。
どうやらポポン将軍はノルン王国に良い印象を持っていないようだ。
「百年前に初代国王が各部族を一つにまとめノルン王国を作ったのです。まあ、それでちょっとはまともになりましたがの。ですが、ヤールの力が強いので、いまだに海賊まがいの行いをするノルン人もおるのですよ」
「海賊まがい……。それは困りますね。ヤールとは?」
「各部族の有力者がヤールと呼ばれています。他国でいう貴族ですな。もっとも、貴族といっても雅さなどは持ち合わせておらんですがな! ヤールは屈強な戦士ですわい!」
ポポン将軍がフンとアゴを上げる。
こりゃ何かあったんだな。
「尚武の気風が強い国なのですね」
「野蛮な国ですよ」
俺がマイルドな表現をすると、ポポン将軍はストレートに表現をした。
俺とポポン将軍は目を見合わせて笑う。
「ガイア殿は、お若い。ノルン王国は気の荒い連中が多いので、気をつけるがよろしかろうて」
「ご忠告をどうも。まあ、俺たちバルバルも気が荒いのが多いですから大丈夫です。朝の挨拶代わりに殴り合いをするのがバルバル流です」
「ハハハ! それは怖い! ワシも気をつけるといたしましょう!」
俺の冗談にポポン将軍が楽しげに笑う。
「そうそう、ガイア殿。ノルン王国で鉄を買うと良いですよ」
「鉄ですか?」
「ええ。ノルン王国は鉄鉱石と木材が豊富でしてな。良い鉄を打つ鍛冶が多いのです」
「ほう! 良いですね!」
ノルン王国は製鉄が進んだ国ということか!
バルバルの領域では鉄鋼石が産出しないから、鉄の取り引きは魅力的だ。
ジャムやメープルシロップと交換で、高品質の鉄の武器や防具なら悪くない取り引きだ。
俺は『故郷で待つバルバル連中に良い土産だな』と思いニンマリと笑う。
突然鐘の音が響いた!
俺とポポン将軍は、すぐ辺りに目をやる。
見張りの兵士が、ノルン王国の王都トロンハイムの方を指さしながら叫ぶ。
「戦船だ! 次々に出てくるぞ!」
トロンハイムの方から、中型のガレー船が何隻も進んでくる。
中型ガレー船の周りには小型のガレー船が多数随伴していて、中には手こぎボートのような小さな船もある。
逆風を物ともせず、オールを使ってこちらに迫ってくる。
ポポン将軍が血相を変えて指示を出した。
「ノルンの戦船じゃ! 戦闘準備!」
アルゲアス王国の大型ガレー船の上が、一気に騒がしくなった。
「ポポン将軍! なぜ、ノルン王国が襲ってくるのですか?」
「わからん!」
「先触れは?」
「出ておる!」
アルゲアス王国は外交使節団訪問を告げる先触れの船を出しているという。
なら、なぜノルン王国の戦船が大量に迫ってくるのか?
ジェシカが、こちらに走ってきた。
「ガイア!」
「ジェシカ! ノルン王国の戦船らしい」
「みたいね……。どうなってるのかしら?」
「わからない。ソフィア姫は?」
「兵士が守ってるから大丈夫」
「そうか。俺たちも戦うことになるかもしれない」
「そうね」
ジェシカがキリッとした表情で答えた。
俺たちは近づくノルン王国の船団をにらんだ。





