第89話 間話 ガイア留守中のバルバル~キリタイ族
ガイアたちは旅に出たが、バルバルたちは忙しく働いていた。
ブルムント族の本村落ではアトスの指揮で床下の土が集められ、アトスの妻ケイトが女衆を率いて古土法で硝石を精製した。
他の部族も忙しい
ジャム作り、メープルシロップの採集と煮詰める作業、ジャムやメープルシロップを入れる器の制作、薪集め、炭焼きなど仕事は沢山あった。
港町オーブでは、大トカゲ族の男衆が海に潜って桟橋作り、大トカゲ族の女衆は海女になり海産物を採取する。
そして一番忙しいのはキリタイ族である。
キリタイ族は新天地で躍動していた。
「よし! 逃げろ!」
「ハーッ!」
「ホウホウ!」
キリタイ族の囮部隊が、マーダーバッファローを挑発し逃走に移った。
三騎の囮部隊が平原を疾走する。
「ブモー!」
囮部隊を十頭のマーダーバッファローの群れが追う。
囮部隊は、マーダーバッファローがついてこれるように適度な距離を保って逃げた。
やがて囮部隊は火薬を埋め込んだ地点を通過した。
「離脱しろ!」
「ハーッ!」
「ハッ! ハッ!」
三騎の囮部隊は一気に加速して火薬を埋め込んだ地点から離れた。
「ブモー!」
追うマーダーバッファローは、罠――火薬が地面に埋め込まれているとは知らない。
逃げる囮部隊を怒りにまかせて追いかける。
マーダーバッファローの一群が罠を仕掛けた地点に到達すると、隠れていたキリタイ族が火矢を放った。
強烈な爆発音が草原に響く。
マーダーバッファローの一群が吹き飛ぶ。
キリタイ族族長のバルタが馬上から、たどたどしいバルバルの言葉で指示を出す。
「トドメ! イケ!」
「「「「「おう」」」」」
指示を受けたのは、バルバル諸部族から参加した力自慢の男たちだ。
大剣を持って一斉に駆け出す。
「どっせい!」
「おりゃ!」
マーダーバッファローは足をやられて動けない。
男たちは畑仕事をするように大剣を振り下ろしマーダーバッファローの首を切り落とした。
「ヨシ! ハコベ! カイタイ!」
バルタたちキリタイ族は、カタコトではあるがバルバルの言葉を話せるようになっていた。
バルバルの男たちと毎日顔を合わせ、一緒に戦い、解体し、メシを食う。
共同生活を続けるうちにすっかり打ち解けていた。
キリタイ族は、バルバルの居住領域北部に広がる平原を着々と制圧していた。
マーダーバッファローをおびき寄せ火薬で吹き飛ばし、バルバルの力自慢がトドメを刺す。
マーダーバッファローを小川に運び、解体する。
すっかり一連の仕事に慣れ、全員がスムーズに動く。
毛皮と角は販売用に、肉は参加者に分配し、余剰分は干し肉にする。
バルタは全て順調だと満足した。
キリタイ族とバルバルの男たちが小川でマーダーバッファローの解体をしていると、キリタイ族の男がバルタに話しかけた。
「族長。問題が一つ」
「どうした?」
「内臓をどうしましょうか?」
「むっ……」
バルタは眉根を寄せた。
マーダーバッファローを解体すると、内臓を捨てなければならない。
「この辺りは、なぜか鳥がいないな……」
「そうです。鳥が食べないので草原に捨てるわけにもいきません」
以前、キリタイ族が住んでいた領域には、鳥が飛んでいた。
羊を解体し不要な内臓を草原に捨てておけば、鳥が食べてくれたのだ。
だが、キリタイ族が支配領域を広げている新たな草原には、不思議なことに鳥がいなかった。
馬に食べさせる草に悪影響が出るかもしれないので、内臓を草原に捨てるのははばかられた。
マーダーバッファローの内臓処理は、キリタイ族の中で問題になっていたのだ。
しばらく考えてバルタが決断した。
「よし! 山に埋めよう!」
山とは、バルタたちが作成している肥料のことである。
バルタたちキリタイ族は、ガイアの依頼で肥料作りをしていた。
簡易な屋根と囲いを作り、馬糞を集めて山にしていた。
もちろん、この山は硝石丘法で硝石作りであるが、バルタたちキリタイ族はガイアから肥料と説明されている。
キリタイ族は、『この山は時間が経つと肥料になるのだ』と信じている。
「族長……大丈夫ですかね? 肥料の質が悪くなったりしませんかね?」
「大丈夫だろう。試しに、山一つか二つに内臓をすき込んでみろ。ダメなら他の方法を考えよう」
「そうですね……やってみますか!」
バルタに指示を受けたキリタイ族の男は、他に良い方法を思いつかなかったので硝石丘法をしている山にマーダーバッファローの内臓をすき込んだ。
これが後にとんでもない結果をもたらすのである。
「さて! 肉を分けたら干し肉を作れ! 誰かエルフのところに火薬をもらいに行け! そうだ! 土産に角を持って行ってやれ!」
バルタは元気な声で指示を出す。
全ては順調。
空には太陽。
草原と風。
馬のいななきと笑顔の仲間たち。
バルタは満足した。





