第88話 硫黄~ミノア島とエトナ島
カラノス。
表向きの顔はアルゲアス王国の商人。
果たしてその実体は……!
アレックス王太子の部下である間諜だ。
カラノスは、ノンビリした声を出し笑顔でバルバルの言葉を使って挨拶した。
「いやあ、ガイア様。お邪魔いたします。それにしても、良い船ですな」
「何が良い船だ! 無茶をするなよ!」
俺はカラノスを怒鳴りつけるが、カラノスは馬耳東風、涼しい顔だ。
「ソフィア姫が一人でバルバルの船に乗るのは、色々差し障りがあるでしょう? バルバルがソフィア姫を拉致したなどと誤解を受けては不味いでしょう?」
「それで、俺たちの船に飛び込んできたと?」
「左様でございます」
いけしゃあしゃあとは、このことだな。
カラノスはバルバルの言葉で俺と話すことで、周囲にいるバルバルの船員たちの殺気を削いだ。
カラノスのもっともな言い分に、殺気立っていた船員たちも渋々納得している。
俺は言葉をアルゲアス王国語に変えて、カラノスに問うた。
「カラノス。いつの間に俺たちの言葉を覚えた? 随分流暢だな?」
「ははは! ガイア様たちバルバルの皆様とは、何度も取り引きをしていますから自然と覚えますよ。お得意様の言葉を覚えるのは商人として当然です」
「商人にしては、身のこなしが尋常じゃなかったぞ?」
「それはもう必死でしたので」
「嘘つけ! ドンピシャで着地したじゃないか!」
「いやあ、幸運に恵まれました。日頃の行いが良いせいでしょうか? ところでガイア様。硫黄がご入り用でしたら、私に声を掛けて下さいよ。帝国経由になりますが、硫黄をご用意いたしますよ」
「……」
カラノスはあくまでも、自分の正体についてとぼける。
それどころか硫黄を持ち出して反撃をしてきた。
俺とカラノスは妙な関係だ。
俺はカラノスの正体がアルゲアス王国の軍人・間諜だと知っている。
カラノスはカラノスで、『俺がカラノスの正体に気が付いている』と分かっているようだが、あくまで『商人のカラノス』を演じ続ける。
こうして俺がつついても、シチュエーション的にバレバレであっても、絶対に自分の正体を認めない。
カラノスがアルゲアス王国の軍人だから、火薬のことを知られたくないから、硫黄のことはカラノスに話さなかったのだが……。
俺がアルゲアス王国の商人に聞いていたことを、王都クインペーラで嗅ぎつけたのだろう。
「ガイア様は硫黄を何にお使いになるのでしょう? 硫黄は食べられませんし、使い道は限られていますが?」
カラノスがニコニコと笑顔で商談をするふりをして、俺から情報を抜こうとする。
そうは行くかよ!
俺は腕を組み、カラノスと同じようにニコニコと作り笑顔で応じる。
「洗濯をするんだ。俺たちは傭兵でいつも血まみれだからな」
「ほほう。しかし、以前は硫黄をお使いではなかったですよね? コロン城の戦でお取引した時は、硫黄のご注文はなかったと記憶していますが?」
「最近は交易で潤っていてな。洗濯係を楽させてやろうと思ったのだ」
「それはお優しいことで! いやいや、交易で儲かって大変結構ですな! それで、本当は何に使うのですか?」
俺とカラノスは笑顔でジャブを打ち合う。
だが、カラノスは引かない。
「知りたいのか?」
「ええ。私は商人ですので、儲け話がないか常に探っているのです」
「……」
さて、どうするか。
強引に話を打ち切っても良いが、またぶり返されるだろう。
だが、火薬のことはアルゲアス王国に知られたくない。
火薬は、バルバルがヴァッファンクロー帝国に対して優位に立つための重要な兵器だ。
最近、仲が良い国だからといって、教えてやるわけにはいかない。
俺は一計を案じた。
頭の中で会話を組み立てて、カラノスに対する答えを用意する。
俺はジッと考えた後、カラノスに計略通りの質問を投げかけた。
「硫黄は帝国で採れるそうだな? どこで採れるのだ? 場所を知りたいのだが?」
「ほう……。硫黄の産出場所をお教えしたら、情報をいただけるので?」
カラノスの細い目の奥がギラリと光った。
俺は傲然とする。
いかにも『情報を持っていて優位なのは俺の方だ』という態度だ。
「そうだ。情報の交換だ。どうする?」
しばらくしてカラノスはうなずいた。
「よろしいでしょう。帝国で硫黄が産出するのは二箇所です。一つは、青の海の東にあるミノア島です」
「ミノア島?」
「大まかな位置は、コロン城の南です。もっとも、かなり距離があります。私どもアルゲアス王国の商人が仕入れる硫黄は、このミノア島の硫黄です」
カラノスは空中に手をやり位置関係を説明した。
俺は大まかな位置を把握した。
ミノア島は、バルバルの住む地域から遠い。
「もう一つは?」
「エトナ島です。青の海の中央に位置します。ガイア様たちが住むバルバルの本村落から帝国の町に出られますよね?」
「ああ。ナルボの町だな」
「エトナ島は、ナルボの町から青の海を南へ下った位置にあります。かなり大きな島です。島の東側に火山があり、硫黄が産出します」
「エトナ島ね……」
なるほど、火山のある島だから硫黄が採れるわけか。
ナルボの町で手に入る硫黄は。おそらくエトナ島の硫黄だろう。
「さあ、ガイア様! 教えて下さい! 硫黄を何に使うのですか?」
カラノスがズイッと身を乗り出す。
(ここだな!)
期待のこもった目をするカラノスに俺は肩透かしを食らわせるべく、用意しておいた答えを返す。
「水虫の薬だ」
「はい?」
「水虫の薬だ。アトス叔父上が難儀しているらしくてな。エルフ族が水虫の薬を作ってくれるのだ。材料に硫黄が必要で探していたのだ」
「……」
「内緒だぞ。アトス叔父上が水虫で難儀しているなど、ちょっと恥ずかしい話だからな」
これでよし!
火薬ではなく、薬に使うという情報をカラノスに与えた。
まるっきり嘘ではなく、真実が混ざっている。
まあ、アトス叔父上には不名誉かもしれないが、火薬の秘密を守るためだ。
ありがとうアトス叔父上!
持つべき物は頼もしい親族だな。
俺はカラノスを煙に巻いたと満足した。
だが、カラノスは俺に食いつきそうな顔をする。
「ガイア様!」
「なんだ?」
「その水虫の薬を仕入れさせて下さい! 売れますよ!」
「売れるのかよ……」
結局、俺は水虫の薬をカラノスに卸す約束をさせられてしまった。
(エラニエフの叔父御に相談しなくちゃ……)
火薬の秘密は守れたが、俺はちょっとしょっぱい気分になった。





