第86話 出発~アルゲアス王国から商業都市リヴォニアへ
ドン! ドン! ドン! ドン!
楽団の太鼓の音が、アルゲアス王国王都クインペーラの港に響く。
今日は、俺たちバルバルとソフィア姫たちアルゲアス王国親善使節団が出発する日だ。
アルゲアス王国は、ソフィア姫を正式に親善使節団の団長に任命し、俺たちと一緒に外国へ送り出すことにしたのだ。
どういう経緯があったのか、俺たちバルバルは知らない。
俺は意外な決定に驚いた。
すっかりお転婆になったソフィア姫を、国王とアレックス王太子が外国へ行かせるとは思わなかったのだ。
俺はソフィア姫が同行できないつもりで予定を立てていたのだが、アルゲアス王国側は俺たちバルバルの予定に合わせてきた。
そして、川遊びからわずか十日で準備を整え出発になった。
王都クインペーラは、大河に隣接しているので大河に立派な港がある。
港から次々と船が出発していく。
港には沢山の人が集まり、出発するソフィア姫に手を振っている。
「ソフィア様~!」
「姫様~!」
「元気になって良かったですね~!」
病弱で寝たきりだったお姫様が回復して、外国へ旅立つ。
こいつはちょっと感動的なストーリーだ。
アルゲアス王国は、ソフィア姫の急な出立を王都のイベントにしてしまった。
見送りに来た王都の住人たちは、熱狂的に声援を送っている。
ソフィア姫も堂々としたもので、船の甲板に立ち声援に手を振って応えている。
アルゲアス王国側としては、『アルゲアス王国とバルバルは一緒に行動するけど、我々アルゲアス王国はあくまでソフィア姫を主体として外交します』という形にもっていったのだ。
大国としての面子もあるだろうが、俺は国王陛下やアレックス王太子の愛情を感じた。
なにせ、この短期間に三十隻の大船団を整えて、随伴する人員も用意したのだ。
さらに王宮で出立の式典を派手に行いソフィア姫の存在をアピールしている。
『この機会にソフィア姫を外交デビューさせよう』
『王族として仕事を与えよう』
『アルゲアス王国内外に、ソフィア姫の存在を認知させよう』
そんな国王陛下やアレックスの思いが聞こえてきそうだ。
さて、俺たちバルバルは、出発の順番待ちで待機中だ。
俺たちは待機する間、バイキング船の中でおしゃべりをしている。
「ソフィアちゃんも一緒に行けることになって良かった!」
ジェシカは大喜びしている。
「ああ、そうだな。ジェシカはソフィアと一緒に過ごせるな」
ロッソはジェシカが喜んでいることを喜んでいる。
俺もソフィア姫と一緒なのは嬉しい。
妹と旅行に行くような気分だ。
だが、同時に……。
先日、ロッソに注意されたこと――油断大敵。
そして、あくまでバルバルとしては交易と外交が目的の旅であることを忘れてはならない。
俺は気を引き締めた。
俺たちバルバルがアルゲアス王国に滞在したのは十五日間だった。
商売は順調で、ジャム、メープルシロップはよく売れた。
王宮、有力者、大店の商人と取り引きを行った。
贅沢品なので高単価少量販売だ。
残念なのは、岩塩とマーダーバッファローの角や毛皮が売れない。
塩や毛皮は、アルゲアス王国周辺でも入手できるので、興味を持ってもらえないのだ。
俺は『他国へ持ち込んで反応を見る』と割り切ることにした。
通訳候補者たちは、アルゲアス王国人と交流する日々だ。
アルゲアス王国の文官たちと言葉を教え合って、盛んに情報交換をしていた。
さらに夜になると、通訳候補者たちは王都の居酒屋に繰り出し、庶民とざっくばらんな交流を行った。
アルゲアス王国語の腕前はメキメキ上達した。
中には、アルゲアス王国の女性に入れあげてしまうヤツもいた。
相手はプロのお姉さんで、良いように転がされていたな。
『これも人生勉強かな……』
と、俺は考えて見て見ぬふりだ。
ラストシーンは想像がつくが強くなれよ!
バルバルの船員たちは、体を休め、よく食べよく飲みよく寝ていた。
航海への準備は万端だ。
ジェシカがエルフ語で俺に話しかけてきた。
エルフ語で話すということは、周りに知られたくないことを話すつもりだ。
「ねえ、ガイア。硫黄はあった? 手に入りそう?」
「うーん……」
硫黄は火薬の材料の一つだ。
バルバルの居住領域にはない資源で、俺のスキル【スマッホ!】の地図機能を使ってみたが、近隣にも硫黄がないのだ。
入手経路は帝国経由になってしまう。
それなりの値段がする。
さらに、硫黄が重要な資源だと帝国に知られたら、供給がストップされてしまうリスクもある。
そこでアルゲアス王国から硫黄を手に入れられないかと聞いて回ったのだが……。
「ジェシカ。硫黄はね。アルゲアス王国も帝国の商人から買っているそうだよ」
「そうなんだ!」
「硫黄は帝国内にある火山島で産出するそうだよ」
「火山島ねぇ~。ぶんどれないかな?」
「過激だなぁ」
俺はニヤリと笑う。
「まあ、それも最終手段としてはありだよ。帝国との戦力差が埋まったらだけど」
「ガイア! 珍しく強気ね!」
俺とジェシカがエルフ語で長話をしていると、ロッソがバルバル語でひやかしてきた。
「なんだよ、おい! 二人で内緒話か? しばらく子作り出来なくて寂しいか?」
ロッソの下世話な冗談にバルバルの連中がドッと沸く。
「おうおう! ご両人! 見せつけてくれるな!」
「夜になったら全員で寝たふりしようぜ!」
「そうだな。若い二人じゃ航海の最中、辛抱ならんだろうぜ!」
俺とジェシカは仲間に散々冷かされた。
さすがに俺も照れくさいし、ジェシカも顔を真っ赤にする。
「ロッソのバーカ!」
「うへえ!」
ジェシカがロッソをポカスカ叩いていると、俺たちが出航する順番が回ってきた。
俺は号令をかける。
「よし! 出発だ!」
「「「「「おお!」」」」」
俺たちは大河にゆっくりと漕ぎ出した。
次の訪問先は、商業都市リヴォニアだ。





