第84話 船遊びから、なぜこうなった?
――滞在五日目。
俺たちはアルゲアス王国の王都クインペーラに滞在している。
俺はアルゲアス王国の有力者と会談・会食の毎日だ。
ロッソは護衛として、俺にピタリと貼り付いている。
俺は会談相手にお土産としてジャムとメープルシロップを渡している。
どちらも小さなお試しサイズだが、大変喜ばれる。
なんでも王都では、バルバル製のジャムやメープルシロップが、『王宮御用達』、『ソフィア姫御用達』と噂になっているらしい。
ひどい噂になると、『ソフィア姫が元気になった秘訣!』、『滋養強壮! エルフの秘薬!』と、かなりオーバーな話になっている。
さすがに『エルフの秘薬』は言い過ぎだ。
俺はオーバーな噂話を正常に戻すべく、『外に出るように健康的な生活を指導した』、『ソフィア姫が食べやすい甘い食べ物を提供した』と訪問先で説明するハメになった。
ところがだ……。
『なるほど、ガイア殿は医術の心得もあるのですね!』
と、なぜか俺が医者認定されてしまう事態に!
アルゲアス王国人から見ると俺たちバルバルは、『遠い西から来た謎の人々』、『人族、エルフ、獣人が混ざった不思議な部族』という風に見えるらしい。
好意的な見方をする人々は、神秘的に見ているのだ。
前世でいうと西洋人から見たオリエンタル・ミステリアス的な感じだろうか。
なので、俺は『未知の医療技術を知る神秘の医師』というマンガの主人公のような扱いをされ困った。
傭兵の大将だから、殺す方が専門なんだが……。
ちなみにロッソは俺の護衛として付いてきて、出された食べ物をバクバクと大量に平らげている。
迷惑がられるかなぁ……と、心配したのだが。
『いやあ! 素晴らしい食べっぷりですな!』
訪問先のアルゲアス王国人に喜ばれている!
アルゲアス王国は尚武の気風が強いお国柄で……。
『沢山食べる=体が丈夫=強い人』
という発想になるらしく、ロッソの大食いは訪問先のアルゲアス王国人に好意的に受け止められた。
ロッソも沢山食べられて満足しているのでヨシとする。
通訳育成プロジェクトも順調だ。
通訳希望者たちは、アルゲアス王国の文官と交流を持ち、お互いの言葉を教え合っている。
アルゲアス王国側としても、今後の外交や交易をにらんでバルバルと意思疎通の出来る人材を育成したいそうだ。
武だけでなく、文の面でも動きが速い。
さすが成長している国は違う。
ブルムント族の本村落に帰ったら、アトス叔父上に報告しようと俺は思った。
さて、ジェシカとソフィア姫である。
二人は毎日会って、毎日楽しく過ごしている。
楽しく過ごすといっても、お人形遊びをしているわけではない。
二人して野に山に馬を走らせ狩りをし、木に登りオレンジやオリーブをもいでいる。
夕食には、二人の獲物が必ず並ぶ。
アレックスは、『ガイアの嫁の悪影響で、ソフィアのお転婆がひどくなった!』と、俺に愚痴をこぼす。
俺は『知らんがな! 健康になって良かったし、お転婆くらいが丁度良い!』と、無慈悲に返事をする。
止める気は一切ない。
ここは医学が未発達な世界なのだ。
子供のうちに『よく遊び、よく食べ、健康な体を作る』のは、重要なことだ。
病気や怪我、ソフィア姫は女性だから出産もある。
健康な体は生涯の財産になるのだ。
俺はジェシカに『良いぞ! もっとやれ!』と言っておいた。
そして、今日は船遊びだ!
王都クインペーラの横を流れる大河にバルバルのバイキング船を出した。
俺も連日の会談・会食に疲れたので、今日は休みにしてジェシカたちの船遊びに付き合った。
「「キャー!」」
ジェシカとソフィア姫が、舷側から川面に飛び込む。
水着なんてないので、二人とも生成りの短パンとTシャツ姿で濡れても良い服で遊んでいる。
水面には救助要員として、泳ぎが達者なロッソがプカプカ浮いているが、まったく必要ない。
ソフィア姫は、すぐに泳ぎを覚えたのだ。運動神経が良いのだろう。
今、ソフィア姫とジェシカは、水中に潜っている。
右の舷側から飛び込んで、船の下を素潜りでグルッとくぐり、左の舷側に上がるという遊びをやっている最中だ。
俺の隣でアレックス王太子がブツクサ愚痴を垂れる。
「全く! ソフィアは! お転婆が過ぎる!」
「良いじゃないか? 子供は元気が一番だ。楽しい船遊びで結構なことだろう?」
「船遊びでは、川に飛び込んだりしない」
「まあ、そうだな」
船遊びとは、川や池に船を浮かべて船上でワイワイやるのだ。
アルゲアス王国側は、貴人が行う船遊びを想定して川船を出した。
アルゲアス王国の川船には、ちゃんと侍女が乗り込み、美味しそうな料理や山盛りのフルーツが船上に用意されていた。
しかし、ソフィア姫は迷うことなく川に飛び込んだのである。
「アレックス。グダグダ言うな! 船遊びでも、川遊びでも、楽しけりゃ良いだろう!」
「ガイア! ソフィアはアルゲアス王国の王女だぞ!」
何度も繰り返された会話である。
俺は無慈悲に最適解を返す。
「オマエの妹だ。あきらめろ」
「ぐぬぬ……」
俺はアレックスを黙らせることに成功した。
この男の妹が大人しいわけないじゃないか!
ソフィア姫が黒い髪から水を滴らせながら、左側の舷側に上がってきた。
続いてジェシカが舷側に上がる。
「わたくしの勝ちですわ! ジェシカお姉様!」
「くうう! ソフィアちゃん! 泳ぎ! 上手!」
ソフィア姫がドヤ顔で勝ち誇り、ジェシカが悔しがる。
本当に二人は仲が良いな。
俺は二人にタオルを渡しながら、昼食を提案した。
「そろそろお昼ごはんにしよう。アルゲアス王国の川船に移らないか? せっかく料理を用意してくれたんだ。食べなきゃ悪いよ」
「そういえば、お腹が空きましたわ」
「うん。そろそろお昼に良い時間ね」
二人も賛成してくれたので、俺たちはアルゲアス王国の川船に移って昼食を食べた。
メニューはソフィア姫の好みに合わせた料理で、鶏肉のテリヤキ、スープ、パン、パンケーキ、パッションフルーツだ。
ソフィア姫はリンゴのジャムをパンにつけて、美味しそうに頬ばる。
リンゴは食べる薬だからな。
きっとリンゴジャムも栄養満点だろう。
俺、ジェシカ、ロッソ、ソフィア姫、アレックス王太子で、ワイワイと昼食を食べる。
アレックスが今後の予定を俺に聞く。
「ガイアたちは、どこの国を訪問するのだ?」
「交易都市リヴォニアへ行く。バルバルの店がどうなっているか気になるからな。リヴォニアの後は、北方のノルン王国へ行く。ノルンの後は、西のリング王国へ向かう」
「ほう! かなり長い旅だな!」
「そうだな。冬までには帰りたいと思っている。北の海は冬になると荒れるし、寒くなるからな」
俺とアレックスが話していると、ソフィア姫の視線を感じた。
ソフィア姫を見ると興味津々と顔に書いてある。
俺は嫌な予感がした。
ソフィア姫がニコニコ笑いながら話に入ってくる。
「ガイア様。ノルン王国やリング王国には、船で行くのですか?」
「ああ。そこに浮かんでいる三隻の船で向かう」
「わたくしも一緒に行きます!」
「えっ!?」
嫌な予感が的中したぞ!
俺はすぐに断る。
「いや、ダメだ。俺たちは遊びに行くわけじゃない。外交や商売をしに行くんだ。仕事なんだ」
ソフィア姫は秒で切り返す。
「わたくしも仕事で行きますわ。アルゲアス王国を代表して訪問します。わたくしと一緒なら、ガイア様もお仕事がやりやすいと思いますよ?」
俺はソフィア姫の切り返しに反論出来なかった。
確かに、大国アルゲアス王国のお姫様と一緒なら、外国に侮られることはないだろう。
外交や商売の話もスムーズに進みそうだ。
しかし、船旅は安全とはいえない。
俺は対応に困り、アレックスに話を振った。
「えっと……アレックス?」
「ソフィア! ダメだ! アルゲアス王国の姫がバルバルの船に同乗して外国へ行くなど――」
「あら! お兄様! わたくしは、アルゲアス王国の船団を率いて外国へ赴くのですよ。ガイア様たちバルバルの皆さんに護衛してもらえば良いではありませんか!」
「いや、しかしだな!」
「我が国は南の帝国とことを構えておりますでしょう? 北方を外交で固めておく必要がありますでしょう? 違いますか?」
「それはそうだが……」
「お父様とお兄様は、対帝国で動けません。それならわたくしがお父様の名代として外交をするのは名案だと思うのです。いかがでしょう?」
「ぐぬぬ……」
何やら兄妹の論戦は、ソフィア姫に軍配が上がりそうだ。
俺のスキル【スマッホ!】の情報によると、ソフィア姫は『超優秀』なんだよな。
論戦を戦わせても、勝てる気がしない。
「良いんじゃない? ソフィアちゃんも一緒に行こうよ!」
ジェシカ! 『磯野野球やろうぜ!』のノリで外交に誘うのは止めなさい!
俺は、『どうなるのかなぁ~』と遠い目をした。





