第82話 テリヤキとパンケーキ(国王夫妻登場)
ソフィア姫は、すっかりお転婆なお姫様になってしまった。
ジェシカと乗馬して走り回っているので、きっとお腹を空かせて帰ってくるだろう。
俺はソフィア姫に美味しく沢山食べさせるために昼食の準備だ。
準備といっても、ここはアルゲアス王国の王宮なので料理人が沢山いる。
俺のやることは多くない。
料理人たちにメープルシロップを紹介して、お肉を一枚焼いて見本を作るだけだ。
俺がメープルシロップを使った『牛もも肉のテリヤキ』を作ると、王宮の料理人たちが興味津々で試食した。
「旨い!」
「ええ!? あの液体で仕上げると、こんな味になるのか!?」
「この甘塩っぱい味付けは新鮮だ!」
「国王陛下にも味わっていただこう!」
テリヤキは大好評だ。
醤油ではなく塩を使っているので、日本の『照り焼き』とはちょっと違う味だが、味のレパートリーが少ないこの世界では革新的な味付けだろう。
料理人たちが興奮し、あれこれ議論し始めた。
「これ……他の材料にもいけるんじゃないか?」
「鶏肉……野菜?」
「魚も良いんじゃないかな?」
俺はパンパンと手を叩いて、場を静める。
「メープルシロップの研究は後にして、昼食の支度を頼む。ソフィア姫は馬で走り回っているから、腹ぺこで帰ってくるぞ。せっかく元気になったんだ。美味しい物を食べさせて欲しい」
俺の言葉を聞いて、料理人たちが一斉に動き出した。
俺は料理人からメニューの相談を受けた。
大国アルゲアス王国の王宮にある厨房だけに、材料が色々ある。
俺は前世の記憶をたどり、ソフィア姫のために新しいメニューを提供した。
*
お昼になった。
昼食の場所は、ソフィア姫が住む宮の中庭。
テーブルを出して、屋外で昼食を楽しむことにした。
俺とアレックス王太子が相談して、場所を決めたのだ。
ソフィア姫がベッドから起き上がり外に出た場所であり、俺たちバルバルがソフィア姫と初めて交流を持った場所だ。
驚いたことに、国王と王妃が同席することになった。
中庭の大きなテーブルに、アルゲアス王国の国王、王妃、アレックス王太子、ソフィア姫が座る。
バルバル側は、俺、妻のジェシカ、ロッソの三人だ。
国王陛下が笑顔で俺たちに挨拶する。
「これはあくまでも私的な家族の会食だ。あなたたちも肩の力を抜いて楽しんでくれ。礼法は気にしないで欲しい」
国王陛下は黒いくせっ毛で濃い顔つき。アレックス王太子に似た顔だ。
私的な場だからだろう、服は装飾品のないゆったりした服だ。
だが、上着には手の込んだ刺繍が施されており、上等な品だと一目見て分かる。
さすが急成長したアルゲアス王国の国王だ。
場の視線を集める雰囲気、オーラがある。
王妃様はさらりとした金髪で、ソフィア姫に似た美形の顔立ちだ。
国王陛下と似た民族服を着ていて、品の良いシンプルなデザインの金の髪飾りをつけている。
優しそうな笑顔だが、目の奥に力があり芯の強さを感じる。
俺はアルゲアス王国語で、国王陛下に礼を述べる。
アレックスに接するようなくだけた態度ではなく、フォーマルな態度だ。
「国王陛下のお心遣いに感謝いたします」
「いやいや、そのようにかしこまらないで欲しい。ソフィアが元気になって、私も王妃も感謝しているのだ。君たちは恩人だ! ありがとう!」
「そうですよ。私も感謝しています。ありがとう。バルバルのみなさんは、アレックスとソフィアの大事なお友達ですからね。楽にして下さい」
国王陛下が俺たちに礼を述べ、王妃様も俺たちに笑顔で礼を述べた。
ジェシカはソフィア姫の隣に座って、ソフィア姫と二人で仲の良い姉妹のようにニコニコ笑っている。
ロッソは料理に目が釘付けだ。そもそもアルゲアス王国語がわからないので、『偉いヤツが何か言ってるな』くらいに思っているだろう。
一方、俺は今の状況を重く見ていた。
(これは重大事だよな……)
俺は心の中で状況を整理する。
これまで俺たちバルバルとアルゲアス王国は、アレックス王太子を通じた私的な関係の色合いが濃かった。
その証拠に、バルバルはアルゲアス王国の公式な行事に招かれたことはない。
アルゲアス王国側としては『西の果てからやってきた部族で、傭兵として強く、珍しい交易品を持っている。アレックス王太子が仲良くしているから任せておこう』くらいの認識だったのだろう。
アレックス王太子マターだったわけだ。
ところが、ソフィア姫を助け、ジャムに続いてメープルシロップという珍しい交易品を持ち込んだ。
アルゲアス王国は、急遽『私的な場』を整え、国王と王妃を投入した。
(アルゲアス王国は、俺たちバルバルの重要度を一段階引き上げたな……)
俺は社交的な笑顔を作りつつ、腹の中でニヤリと笑った。
政・商・戦。いずれにおいてもアルゲアス王国は重要な国だ。
アルゲアス王国内でバルバルの立場が強化されるのは喜ばしい。
さて、料理が運ばれてきた。
コース料理という概念はないので、厨房から出来たての料理がドンドン運ばれてくる。
パン、スープ、野菜サラダ、そして肉料理だ。
「まあ、美味しそうな匂いがするわ!」
ソフィア姫が手を叩いて喜んだ。視線は『牛もも肉のテリヤキ』に釘付けだ。
俺はメニューの説明をする。
「これは『牛もも肉のテリヤキ』といって、甘いメープルシロップと塩で味付けをしてあります。お肉を食べやすいサイズに切り分けてもらったので、パンや野菜と一緒に召し上がって下さい」
俺の説明を聞いた国王陛下が笑顔で告げた。
「ほう! これが新しい料理か! では、早速いただこう!」
みんなが料理に手をつける。
「や! これは旨いな!」
「まあ、本当に美味しい! 初めての味ですわ!」
国王夫妻が目を丸くする。
ソフィア姫もテリヤキを気に入ったようで、パクパクと肉を口に運んでいる。
「わあ! 美味しい! これならわたくしでもお肉が食べられます!」
「ソフィアちゃん。野菜と、一緒に食べると、美味しいよ」
「まあ、ジェシカお姉様のおっしゃるとおりだわ! お野菜とも合うのね!」
ソフィア姫とジェシカは食事をしながらキャイキャイと話し、華やかな雰囲気だ。
アレックスがあっという間にテリヤキ肉を平らげ、ほうっと息を吐き出した。
「ガイア! これは驚いた! とても旨いぞ! 父上。王宮の晩餐に出してみては? もてなしに使えると思いますが?」
「うむ。良いだろう。ガイア殿。メープルシロップを王宮で購入させていただこう」
「ありがとうございます! 船に積んでありますので、納品をさせていただきます」
早速、大きな商談が一つまとまった!
ジャムやメープルシロップのような甘味は強いな!
さて、一通り料理を食べ終わったところで、デザートが運ばれてきた。
ソフィア姫のために俺が提供したレシピ――パンケーキである。
丸い皿の上に二段に重ねられたきつね色のパンケーキ。
中央にバターが載せられ、周りにカットしたオレンジ、ブドウ、イチジクが彩りを添える。
皿の隣には、器に入ったメープルシロップ。
バターの香ばしい匂いとメープルシロップの甘い匂いが、食欲を誘う。
デザートは別腹だ。
「まあ! とても可愛いお料理ですわ!」
ソフィア姫が大喜びしている。
「ソフィア姫が元気になったお祝いにデザートを用意させました。これはパンケーキという料理です。バターを塗り、メープルシロップをかけて召し上がって下さい」
「わあ! いただきます!」
早速、ソフィア姫がパンケーキを食べ始めた。
小さな器に入ったメープルシロップをかけて、パクッ! と口に運ぶ。
「美味しい~!」
ソフィア姫は目を細め喜ぶ。
「ソフィアちゃん良かったね! これで食べられる物が増えたね! ほら、フルーツも食べて!」
「はい。お姉様!」
ソフィア姫とジェシカが仲良くパンケーキを食べる。
俺は元気にパンケーキを頬張るソフィア姫を見て、心の底からソフィア姫が元気になって良かったと思った。
自然に言葉がこぼれた。
「ソフィア姫! おめでとう!」
俺に続いて、国王夫妻、アレックスがソフィア姫を祝う。
「おめでとう! ソフィア!」
「元気になって良かったわ!」
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
温かい家族の交流に、俺は少しうらやましく感じたが、心から祝福出来た。
本当におめでとう!





