第79話 爆発の検証
俺たちはマーダーバッファローに勝利した。
しかし、マーダーバッファローの一団は、まだこの平原の奥に行けばわんさといる。
あくまで一つの集団を殲滅したに過ぎない。
ここでボヤボヤして、他の集団に襲われたら目も当てられない。
俺はキリタイ語とバルバル語に言葉を変えながら、テキパキと指示を出した。
「怪我をした者は、ジェシカに治療してもらえ! マーダーバッファローを解体するぞ! 川まで運ぶ! 森へ走って太い枝を拾ってきてくれ! バルバルの族長たちは、マーダーバッファローの解体に協力してくれ!」
「「「「「おう!」」」」」
張りきった声がアチコチから聞こえてきた。
俺の指示を受けて、キリタイ族とバルバルの族長たちが動き出した。
まず、マーダーバッファローの解体だが、ここには水がない。
川までマーダーバッファローを運搬しなければならないが、マーダーバッファローは巨体である。
人力ではとても無理だ。
かといって馬で引きずっては毛皮が傷む。
そこで、太い枝を組み合わせて簡易な運搬器具――ソリを作るのだ。
バルバルではよくやっている方法なので、俺の指示を理解した族長がキリタイ族と一緒に馬に乗り森へ走った。
しばらくして太い木の枝が届いた。
族長たちが枝をV字に組みロープを使って、簡易なソリを作った。
マーダーバッファローをV字のソリの中央に載せ、V字の端を持ち上げ二頭の馬に引かせる。
巨体のマーダーバッファローでも、この方法なら毛皮を傷めずに移動できる。
キリタイ族族長のバルタが、目を開き感心する。
「ほう! なるほど! これは便利だな!」
「俺たちは森に住んでいるからな。大きな物を運ぶ時は、こうやってソリを作るんだ」
「ふむ……。バルバルの族長たちは手慣れていて頼りになるな。マーダーバッファローにトドメを刺す時は、大剣を振るっていた。非常に頼もしい!」
バルタがバルバルの族長たちを褒めた。
俺はマジマジとバルタを見つめる。
「ガイア? 何だ?」
「いや……バルタが他人を褒めることがあるんだなぁ……と。正直、驚いた……」
「……ガイアは我のことを何だと思っているのだ!」
「自分大好き、自分最高人間」
「ひどいぞ! ガイア! 後で個人的に話す時間を作ってくれ!」
「いや~忙しいからな~」
バルタがジトッとした目で抗議してきたがスルーである。
だが、バルタがバルバルの族長たちを認めたのは良い傾向だ。
俺は表情を引き締めて、今後についてバルタと話し合う。
「バルタ。今後の戦でバルバルから力のある戦士を出すか?」
「うむ。頼む。我らは馬術に優れているが、地に足をつけて戦うのはちょっと苦手だからな」
バルタの言うことは俺も感じていた。
キリタイ族は馬上ではめっぽう強いが、大きなマーダーバッファローにトドメを刺すには力不足だ。
一方、バルバルは、歩兵中心の部族が多い。
大柄で力自慢も多い。
マーダーバッファローの太い首でも、大剣を振り下ろし一撃で首をはねてしまう。
(うんうん。両者が補完する関係性を築ける。マーダーバッファロー狩りが、騎兵と歩兵の連携訓練にもなるな)
キリタイ族とバルバル諸部族、両者にとって有益だろう。
俺はバルタに希望者を募ってみると約束した。
「いやあ、助かる。それにな。化け物牛の解体も要領がわからん」
「解体をしたことがないのか?」
「羊はある。だが、魔物は経験がない。キリタイ族の領域に魔物はいなかったからな」
「なるほど。何回か見れば、出来ると思うぞ。言葉が通じないから、族長たちの解体を見て覚えてくれ」
「うむ。そうしよう」
マーダーバッファローが、小川へ向けて次々と運ばれていく。
後処理が動き出したので、俺は火薬の検証を行うことにした。
「アトス叔父上! エラニエフ!」
俺は爆発地点にアトス叔父上、エラニエフ、バルタを連れて向かった。
爆発地点は地面が黒く焦げている。
穴をのぞき込むと底と側面に囲った頑丈なオークの木材がへし折れていた。
側面は土がえぐれてしまっている。
「うーん」
俺は腕を組んでうなった。
エラニエフがバルバル語で俺に問う。
「ガイア。どうしたのだ? 火薬の爆発は、上手くいったと思うが?」
「うん。成功だと思う。だが、まだ改良の余地がある」
「改良の余地? 火薬か?」
「いや。火薬をセットする場所というか……方法だな。こことここを見てくれ」
俺は折れたオーク材と土がえぐれた箇所を指さした。
「火薬が爆発する力が逃げているんだ」
「力が逃げる?」
エラニエフが首を傾げた。
アトス叔父上も腕を組んで考え込んでいる。
「爆発のエネルギー……、つまり、圧だな。圧が上方向以外に逃げているんだ」
「圧……エネルギー……」
エラニエフが俺の言うことを理解しようとしている。
俺は頑丈なオーク材を穴の底と側面にセットすることで、火薬が爆発するエネルギーを上方向へ向かわせた。
しかし、火薬の爆発力にオーク材が耐えきれず折れてしまい、底と側面に爆発するエネルギーが少し逃げてしまったのだ。
もちろん、何もしないよりは遥かに良くて、かなりのエネルギーが上方向へ向かった。
だから、二十頭のマーダーバッファローを吹き飛ばせたのだ。
俺が一生懸命説明をすると、エラニエフは俺の言いたいことを理解してくれた。
「なるほど。改良の余地があるとは、爆発のエネルギーを一定の方向へ向かわせる工夫か……」
「そうだ。例えば鉄の箱を作って、一方向へ爆発のエネルギーを向かわせるようにするとか――」
「いや、ダメだ! それは金がかかりすぎる!」
俺の言葉をアトス叔父上が遮った。
「ガイアよ。火薬は硫黄を買い付けねばならん。硝石はヴァッファンクロー帝国から床下の土を運んでいるが、あの事業も黒字とはいえん。なんとかトントンだ。さらに土を煮て硝石を得るのに女衆を働かせているし、炭だって炭焼きをする人手が必要だ」
「確かに鉄を使えば、金がかかりますね……」
「うむ。ワシはこれだけの威力があれば十分だと思うぞ」
費用面を考えると、オーク材を増やし囲いの厚みを増すのが現実的かな……?
火薬の箱自体を頑丈に作り上方向の蓋だけ薄くする手もある。
重くなり運搬がネックになるが、キリタイ族に荷馬車を提供すれば可能だな。
俺たちがバルバルの言葉で議論していると、バルタが首を傾げた。
キリタイ族の言葉で質問してきた。
「ガイア。何をもめているのだ?」
「ああ、スマン。えっと、議論していたのは――」
俺はバルタに話の内容を伝えた。
「なるほど! 威力を高めることは可能だが、金がかかるという話か! それに、火薬というのはタダではないのだな。そこら辺を掘れば出てくるという物ではないのだな」
「ああ。火薬は複数の材料を組み合わせて作るんだ。結構手間がかかるし、高い材料もある」
「うーむ……。あの化け物牛の毛皮は売れないか? 角はどうだ? 肉は食料にしたいが、毛皮や角は売っても構わないぞ。我らキリタイとしては、火薬はぜひ欲しい! 草原を制圧するのに必要だ!」
「キリタイに火薬が必要なことは理解している」
マーダーバッファローは、草原にウヨウヨいる。
今回、手前にいる集団を殲滅して、草原に進出する足がかりを得た。
――草原を制圧して、リング王国へ草原の回廊をつなげる。
俺の構想を実現するには、火薬が必要だ。
俺は良い機会だと、キリタイ族に協力を求めた。
「毛皮や角の売却先は探してみる。バルタちょっと協力して欲しいことがあるのだ。肥料を作ってくれないか?」
俺はバルタたちキリタイ族に『硝石丘法』をやってもらうつもりだ。
今、硝石は『古土法』で得ている。
しかし、硝石を含む土は限界がある。
そこで、長期にわたって安定して硝石を得られる方法『硝石丘法』だ。
硝石丘法は、ちょっとバッチイが家畜の糞を利用する。
沢山馬がいるキリタイ族なら、馬の糞が発生するはずだ。
この馬糞を利用して硝石にする。
情報漏洩を警戒して、バルタには硝石を得ると言わずに肥料と伝えた。
バルタたちキリタイ族を信用していないわけではないが、火薬はバルバルの切り札だ。
情報は極力秘匿しなければ……。
バルタは小首を傾げた。
「肥料? 肥料とは……確か農民が畑にまく物だな?」
「そうだ。バルバルは畑を広げていて肥料が足りないんだ」
「どうやって作るのだ?」
俺は硝石丘法について説明した。
家畜の糞を使うので、『嫌がるかな?』と俺は心配したが、バルタはアッサリ了承した。
「何だ。そんなことで良いのか。それくらいなら今日から始めよう」
「嫌じゃないのか? その……家畜の糞だぞ?」
「我らは家畜の糞を乾燥させて、火の燃料に使うぞ」
なるほど、キリタイ族にとって家畜の糞も立派な資源というわけだ。
それなら硝石丘法に抵抗はないだろう。
俺はホッと胸をなで下ろした。
「なあ、ガイア。家畜の糞から肥料を作るなら、羊を手に入れてくれないか?」
「羊か!」
悪くない。
羊は成育が早く、羊毛が得られる。
肉にもなるし、糞はキリタイ族の燃料になるし、硝石丘法の材料になる。
「わかった。手配する」
俺とバルタの話が終り、俺は言葉をバルバル語に戻し、アトス叔父上とエラニエフに報告する。
アトス叔父上は、ウンウンとうなずく。
「なるほど。硝石が安定して手に入るのだな」
「はい。硝石丘法で硝石を得るのに数年時間がかかります。ですが、数年後には安定供給出来るようになるでしょう」
「ならば、それまで古土法で硝石を得れば良いな! ガイアよ! 何とかなりそうではないか!」
アトス叔父上が喜ぶ。
硝石入手に目処が立ったので、ホッとしたのだろう。
俺も微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「問題はお金ですね」
「うむ。硫黄に羊か……」
「ジャムの生産を増やしましょう。各部族に森のベリーを採取させて、女衆にジャム作りを教えます」
「ジャムか! 北の国から来た商人も興味を示していたな!」
「ええ。他にもアテがあります」
俺の強みはスキル【スマッホ!】による情報だ。
ブランの木のように、まだ利用していない資源がバルバルの居住領域のすぐ近くにある。
アトス叔父上が腕を組んで遠くを見た。
「ガイアよ。船で旅に出ないか?」
「えっ!? 旅ですか!?」
「うむ。バルバルの領域も広くなった。もっと豊かにするには交易相手がもっと必要だ。マーダーバッファローの毛皮と角の売り先も探さねばならん」
「なるほど! 交易相手を探す旅ということですか!」
「そうだ。アルゲアス王国の王宮にも顔を出さねばなるまい。そろそろ、お姫様のジャムがなくなる頃だろう? アルゲアス王国にジャムを届けて、他の国を旅してみてはどうだ?」
「面白そうですね!」
俺の心が沸き立つ。
まだ、訪れたことのない国! 初めての土地!
楽しいことになりそうだ!
俺は笑顔でアトス叔父上に答えた。
「よし! 七つの海に繰り出しましょう!」





