第78話 マーダーバッファロー戦
遠くから馬蹄の響き。
大トカゲ族のロッソが叫んだ。
「ガイア! 来たぜ!」
俺は馬上から伸び上がって、ロッソが指さす方向を見た。
遠くにキリタイ族の一団が馬を走らせている。
キリタイ族の後ろに土煙が上がり、目をこらすとマーダーバッファローの一団が見えた。
いや……遠くないのか? 案外近いかもしれない……。
草原は目標になる山や森がないから距離感がバグるのだ。
俺は目の良いロッソに尋ねる。
「ロッソ! マーダーバッファローの数はわかるか?」
「ああ! 二十だ!」
数は予想通り。
火薬の実戦投入は初めてだが、何度か行った実験で火薬の量は見当がついている。
二十なら仕込んだ火薬の量で充分だ。
「ガイア! 速いぞ!」
ロッソが注意を促す。
俺はロッソにうなずき、キリタイ族にキリタイ語で指示を出す。
「ヨシ! やるぞ! 火矢の準備をしてくれ! 後ろにバルバルの族長を乗せている騎手は、いつでも退避できるようにしてくれ!」
「「「「「承知!」」」」」
ここにいるのは、女性と子供だけだ。
女性や子供の高い声が返ってきた。
続けて、俺はエラニエフにエルフ語で指示を出す。
「エラニエフ! 火薬が爆発した後、撃ち漏らしたマーダーバッファローがいたら魔法を撃ってくれ! どれを撃つかは任せる!」
「うむ! 任された!」
馬蹄の響きが近づいてくる。
俺の視力でもハッキリ見える距離になった。
キリタイ族が逃げ、マーダーバッファローの一団が追う。
マーダーバッファローの背中には、沢山の矢が刺さっている。
バルタたちが挑発するために放ったにしては、矢の数が多い。
恐らく、この前の集団だろう。
俺は『リベンジだな!』と気合いを入れた。
馬蹄の音がさらに近づく。
下から突き上げるような重低音。
「ブモー!」
「ブモー!」
「ブモー!」
マーダーバッファローの叫び声が響き、空気がビリビリと震える。
囮を務めマーダーバッファローから逃げるキリタイ族と、追うマーダーバッファローの間には、五十メートルほどの距離がある。
これなら火薬の爆発に巻き込まれず退避出来るだろう。
俺はキリタイ語でキリタイ族の射手に指示を出す。
「射撃準備!」
キリタイ族の射手たちが、火矢をつがえて弓を構えた。
バルタ率いる囮のキリタイ族の一団が、火薬を仕込んだ地面を飛び越える。
さすがの馬術だ!
俺は手を上げて合図を出せるようにした。
マーダーバッファローが、火薬を仕込んだポイントに近づくのを待つ。
バルタ率いる囮部隊は、一気に速度を上げた。
火薬の爆発に巻き込まれないうように距離を取っているのだ。
マーダーバッファローは、囮部隊を猛スピードで追う。
あと少し……。
もう少し……。
まだ……、もうちょい……。
――今だ!
「放て!」
俺は手を振り下ろしながらキリタイ語で命令した。
キリタイ族の射手が一斉に矢を放つ。
矢が発する無数の風切り音が聞こえた。
キリタイ族の射手は女性ばかりだったが、矢の腕前は確かだった。
指定した地点――火薬を埋めた場所に寸分違わず着弾した。
油を染み込ませた布が一気に燃え上がる。
バルバル族長の一人が言葉を漏らした。
「火計か?」
族長の言葉は、すぐに打ち消された。
火は布から地面に埋め込んだ火薬へ伝う。
――大爆発が起こった。
ドーンという凄まじい音が、草原に響いた。
爆発と同時に土煙が舞い、マーダーバッファローが吹き飛ばされる。
俺たちの乗る馬が爆発に驚きいななく、中には竿立つ馬も出た。
「ドウドウ! 大丈夫だ! 何でもない! 大丈夫だ!」
俺は馬の首筋を優しくなでて、馬を落ち着かせる。
周りを見ると、キリタイ族たちは手綱を引いてすぐに馬を落ち着かせた。
さすがの馬術である。
「ガイア!」
囮部隊を率いたバルタが俺に馬を寄せてきた。
「バルタ! お見事! マーダーバッファローを注文通りに誘導してくれたな! ありがとう!」
「礼を言うのは、こちらの方だ。ワハハ! 見ろ! 化け物牛は全滅だぞ!」
バルタの声が弾む。
爆発があった地点は、徐々に土煙が収まり、動けなくなったマーダーバッファローの一団が見えた。
俺はグッと拳を握り、声を上げる。
「やった! 成功だ!」
火薬の実戦投入――不安はあったが、キリタイ族と連携してやり遂げた。
そして、火薬の有効性も証明された!
俺は興奮して、バルタの肩をバンバン叩いた。
「バルタ! これで草原は俺たちバルバルの物になるぞ!」
「おうさ! この作戦でマーダーバッファローを、ドンドン狩れるぞ! ハハハ!」
アトス叔父上、エルフ族族長のエラニエフも寄ってきた。
「ガイアよ! 見事だ! 何せこの威力よ……ワシも度肝を抜かれたわい!」
「ふふふ! ガイア! もっと火薬を作ろう! エルフ族は協力を惜しまないぞ!」
「アトス叔父上! エラニエフの叔父御! 二人の協力に感謝します。二人の協力がなかったら、これだけの火薬は用意できなかった」
古土法で硝石を得るために、硝石を含んだ土を集めてくれたアトス叔父上。
火薬製造に協力してくれたエラニエフ。
二人の協力は非常に心強かった。
「これからも協力をお願いします!」
俺は弾んだ心のまま、感謝の気持ちを込めて二人に頭を下げた。
二人は目を細め、うんうんとうなずいた。
続いて、バルバルの族長たちが、馬から飛び降りて俺に詰め寄った。
「オイ! ガイア! 今のは何だ!?」
「エルフの魔法? 違うよな? エラニエフもジェシカも魔法は放ってねえ!」
「あの箱か!? 地面に埋めた箱なのか!?」
「こら! ガイア! この小僧が! 面白えモン見せやがって! 種明かししやがれ!」
バルバルの族長たちは、驚き、喜び、興味津々である。
俺は馬から引きずり下ろされ、もみくちゃにされた。
ジェシカが族長たちをかき分けて俺に声を掛ける。
「ガイア! まだ動いてるヤツがいるよ!」
「なにっ!?」
俺、族長たち、キリタイ族、全員の視線が爆発地点に注がれた。
爆発地点では、もがいているマーダーバッファローが見える。
マーダーバッファローは、爆発で足をやられたのだろう。
体をよじり、もがくばかりで立ち上がることが出来ない。
「何てタフな魔物だ……」
俺は感嘆と同時にマーダーバッファローに対してある種の敬意を持った。
森にいる魔物とは、また違った強さだ。
俺はマーダーバッファローの命に敬意を払い胸に手をあて目をつぶった。
そして、目を開いて命令を下す。
「ロッソ!」
「オウ!」
「マーダーバッファローにトドメを刺せ! 族長方も頼みます!」
「オウよ!」
「任せな!」
「オイシイとこだけ悪いな!」
ロッソが大剣を担ぎ、族長たちも大ぶりな得物を手にマーダーバッファローに近づく。
「セイ!」
「トリャ!」
「オリャ!」
ロッソと族長たちが振り下ろす大剣が、マーダーバッファローにトドメを刺した。
バルタが俺に近づいてくる。
「ガイア! 勝ち鬨だ!」
俺は馬に乗り、一同を見回す。
キリタイ族、バルバルの族長たち、視線が俺に集まる。
俺はグッと拳を握り、天高く突き上げた。
「勝ったぞ! 草原は俺たちの物だ!」
「「「「うおおおおお!」」」」
俺たちの勝ち鬨が、草原に響いた。





