第77話 火薬をセット
俺たち――キリタイ族とバルバルの族長連中の集団は、マーダーバッファローのいる草原に足を踏み入れた。
バルバルの族長たちは、初めて見る光景に圧倒されている。
どこまでも草原が続く。
青い空がずっと奥へ向かって続き、空と大地が交わる。
地平線が見えるのだ。
俺たちは大陸に住んでいて、傭兵仕事であちこち出掛けているが、こんな景色に出会ったことはない。
ヴァッファンクロー帝国は、山や森があちこちにある。
西のリング王国にも行ったが、丘陵地帯や森があって地平線は見えなかった。
アルゲアス王国の東――キリタイ族と戦闘をした地域――が、今見ている光景に一番近い。
だが、キリタイ族との戦場は丘があちこちにあったので、ここほど見通しが良くなかった。
バルバルの族長たちから、ため息が漏れた。
「はあ……広いな……」
「だが、左右に森が見える」
「うむ。森まで距離はあるがな。奥行きが凄い!」
バルバル族長たちの言う通りで、左右に森が見えるがかなり距離があるのだ。
草原は目印になる丘、山、森がないので、距離感がつかめない。
左右の森は近いようで、実は遠い。
俺とバルタは、一団の先頭で馬を進めた。
「バルタ。どの辺りに仕込む?」
「うむ。あの丘まで逃げやすく。マーダーバッファローをおびき寄せることを考えると、もう少し先が良かろう」
今回の戦は、俺が持ち込んだ火薬を使う。
火薬を地面に仕込み爆発させてマーダーバッファローにダメージを与える作戦だ。
つまり、『地雷』。
ブルムント族本村落の近くで実験を行い、火矢を使って地面に埋めた火薬を爆発させることに成功した。
実施に問題がないことは確認済みだ。
だが、爆発でマーダーバッファローにどれくらいのダメージが与えられるかは、やってみないとわからない。
だから、退避も考えつつ火薬を設置する場所を考えているのだ。
馬を進ませ十分ほど、バルタが馬の足を止めた。
「ガイア。この辺りで良かろう」
マーダーバッファローのテリトリー外である安全地帯の丘まで、馬を走らせれば一息の距離だ。
ここなら安全に逃げられる。
「よし! ここにしよう! ロッソ! 穴を掘るぞ!」
「あいよ!」
俺は大トカゲ族のロッソを呼んで、地面に穴を掘り出した。
穴と行っても火薬を埋設するための穴なので、深く掘る必要はない。
横長の穴を掘り底と側面を叩いて、土を硬くする。
「木材をくれ!」
「おう!」
木材を馬で運んでくれたキリタイ族の男たちに俺は声を掛ける。
キリタイ族の男たちは、馬で運んだ木材を俺とロッソに手渡す。
木材は堅いオーク材だ。
オーク材の板を二重に敷き、側面にも板を二重に渡す。
「ガイア。こんなもんか?」
「ああ。ロッソ。上等だ!」
硬くした土と堅い木の板で二重に火薬を囲う。
これで爆発のエネルギーが上へ向かってくれるはずだ。
突然、バルタが叫んだ。
「火を近づけるな!」
ハッとして振り向くと、火薬を積んだ馬と松明を持った騎兵が近づいている。
俺とロッソの作業を見ようとして、接近してしまったようだ。
(危ない、危ない……。火薬の安全教育は、しっかりやらないとダメだな……)
俺はキリタイ族に対して事前に注意をしていた。
『この箱には火薬という物が入っていて、火を近づけると魔法のように爆発する。火は近づけるな』
だが、一度の注意だけでは、充分ではないようだ。
火薬という危険物を取り扱うのだから、何度も口酸っぱく注意して、安全教育をしっかりやるしかない。
それこそ『指さし確認』をやらせるくらいじゃなきゃダメだろう。
さて、火薬をセットする穴が完成した。
俺はキリタイ語でキリタイ族に指示する。
「火薬を持ってきてくれ!」
火薬を運んでいたキリタイ族の騎手たちが馬から下りて、馬の背から慎重に火薬の入った木箱を下ろす。
黒色火薬は雑に扱っても爆発はしないが、危険な物体だと意識しているのは非常に良い。
安全意識として良い傾向だ。
騎手たちから火薬の入った木箱を受け取る。
木箱は両手で抱える大きさで、ズッシリ重い。
ロッソと二人で穴の底に、火薬の入った木箱をセットする。
「ガイア。ゆっくりやれ……。吹き飛ばされたくねえからな……」
「おう」
ロッソが珍しく緊張している。
ロッソは実験を見ているので、火薬の威力を知っているのだ。
火を近づけたり、火花が散ったりしなければ大丈夫だが、この草原はブルムント族の本村落近くより乾燥している。
何かがこすれて火花が散る可能性や静電気の可能性もある。
俺たちは、ゆっくり慎重に作業を進めた。
火薬の詰まった箱を掘った穴にセットして、箱の上に油を染み込ませた布を敷く。
この布に火矢で火をつければ……ドン!
俺は額の汗を拭った。
すると、バルバルの族長連中が次々に話しかけてくる。
「なあ、ガイア。これは何だ?」
「今の作業は何をしたんだ?」
「木箱を埋めていたが……」
「何が入ってるんだ?」
俺はロッソと顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「見ればわかる。口で説明してもわからんさ」
「そうだな。恐ろしいことになるから覚悟しておけよ」
ロッソの言葉に、族長たちが眉根を寄せる。
「ロッソ……テメエ……」
「俺たちがビビルと思ってんのか? あー?」
「やんのかコラ?」
いきり立つ族長たちをアトス叔父上がなだめた。
脳筋かつ戦闘民族の族長たちは、戦場では頼りになるが、平時では扱いが難しい者もいる。
だが、俺やアトス叔父上には、見慣れた光景だ。
俺とアトス叔父上は、族長たちを軽くいなして下がらせる。
「わかった、わかった。とにかく続けようぜ。マーダーバッファローを仕留めなきゃ帰れないぞ!」
「そうだぞ。マーダーバッファローを仕留めれば、肉が食えるぞ! さあ、ガイア! 進めてくれ!」
俺はキリタイ族族長バルタに指示を出す。
「バルタ! 初めてくれ!」
「承知!」
バルタは男たちを率いて、草原の奥へ馬を走らせた。
俺は残ったキリタイ族の女子供を率いて、火薬をセットした場所から距離を取る。
エルフ族のエラニエフが、スッと馬を寄せてきた。
「ガイア。念のため爆裂魔法の準備をしておこう」
「叔父御。火薬で撃ち漏らしが出た時は頼む」
「うむ」
これでヨシ。
火薬の爆発。
↓
撃ち漏らしをエラニエフが、爆裂魔法で倒す。
↓
倒しきれなければ、安全地帯の丘まで逃げる。
何せ火薬の実戦投入は初めてなのだ。
俺は万全を期した。
俺はジッと無言で待つ。
草原は広い。
バルタたちは、マーダーバッファローを探して、火薬をセットした場所まで誘導するのだ。
時間がかかるだろう。
雲が流れ、時々日が陰る。
待っていると、遠くから馬蹄の響きが聞こえた。





