第75話 逃げろや逃げろ!
「ブモー!」
「ブモー!」
「ブモー!」
「ブモー!」
マーダーバッファローが怒り声を上げ、後方から迫ってくる。
俺たちは必死で馬を走らせた。
ジェシカが馬にしがみつきながら悲鳴を上げる。
「うわあああ! ガイア! ガイア! 何あれ!?」
「マーダーバッファローだよ! 舌を噛むなよ!」
近くで見るとマーダーバッファローは巨大だ。
地球のバッファローの倍はあるんじゃなかろうか。
マーダーバッファローの集団に追いかけられるのは、トラックの集団に追いかけられるようなものだ。
後ろからの圧が凄い!
さすがのロッソも『食べたい』とか、『旨そう』とか、減らず口を叩く余裕はない。
目を三角にして、馬にしがみつく。
馬術に優れたキリタイ族の一団が先行し、続いて俺たち三人、そしてマーダーバッファローの一団約二十頭が追ってくる。
徐々にキリタイ族との差が開く。
キリタイ族の一団から、一頭の馬がスーッと下りてきた。
族長のバルタだ。
「ガイア! 遅いぞ!」
「無茶言うな! これでも必死なんだ!」
「うーむ……。馬の乗り方を教える必要があるな!」
俺たちは、顔を引きつらせて馬を走らせているのに、バルタは涼しい顔で腕を組み胸を反らしながらのたまう。
馬は同じキリタイ馬なのに、この差は何だ!?
やはり腕の差も大きいのだ。
「無事に帰れたら馬術を教えてくれ! 俺は言葉を教えてやる!」
「決まりだな! さあ、走れ! さあ、逃げろ! あの化け物牛に踏み潰されるぞ!」
「わかってるって!」
「俺が手を上げたら頭を下げろ。他の二人にも伝えてくれ」
「?」
俺はバルタの言うことがわからなかったが、とりあえずジェシカとロッソに翻訳した。
「ジェシカ! ロッソ! バルタが手を上げたら頭を下げろ!」
「え? どうして?」
「何でだ?」
「知るか!」
バルタがさっと手を上げた。
俺たちは馬に抱きつくように体ごと頭を下げた。
するとキリタイ族が一斉に騎乗のまま振り向き背面騎射を行った。
前へ進む馬の上から、後ろへ向かって矢を放つ。
地球世界ではパルティアンショットと呼ばれる高等技術だ。
俺たちの頭の上を無数の矢が飛んでいく。
「うお!」
「キャア!」
「ヒャー!」
風切り音が、結構ギリギリなんだが……。
俺、ジェシカ、ロッソが声を上げる。
矢はマーダーバッファローの集団に着弾したが一頭も倒れない。
マーダーバッファローの防御力の高さとタフさを再認識させられた。
だが、多少はダメージが通ったようで、マーダーバッファローの速度が落ちた。
バルタが両手を大きく動かす。
「ほれ! 足が緩んだ! 今のうちだ! 逃げろ! 逃げろ!」
「「「うおおおおおお!」」」
俺たちは必死で逃げた。
尻の皮がめくれるくらいの勢いで逃げた。
草原を抜け、丘を登ると、マーダーバッファローの一団は追ってこなくなった。
この丘から向こうは、マーダーバッファローのテリトリー外なのだろう。
「「「ふー、ふー、ふー」」」
俺たち三人は息も絶え絶え、馬の上に突っ伏した。
バルタの晴れやかな声が聞こえてきた。
「うむ! 逃げ切ったな!」
「何の……問題解決にも……なってない……けどな……」
俺はゼーハー言いながら体を起こしてバルタに答える。
「それよ! あの化け物牛を倒さねば、草原は手に入らない。馬を育てられない。これはバルバル全体にとって大きな損失であろう?」
「そう……だな……。つまり……、俺に……何とか……しろと……?」
「うむ! 頼りにしているぞ!」
バルタはニカッと笑った。
まったく厚かましい野郎だ。
俺は息が整ってきたので、バルタに苦情を伝える。
「オマエが勝手に動くから、俺たち三人がこんな目にあったんだぞ!」
「おお! ガイア! なんということだ! 人を率いる者が細かいことを気にしてはいけない。今は、あの化け物牛をどうにかするのが先決だ」
「オマエ……本当にイイ性格してるな……」
別に細かくはないが。
確かにマーダーバッファローをどうにかするのが先だ。
俺は大トカゲ族のロッソに、バルバルの言葉で聞く。
「ロッソ。マーダーバッファローをどう思う?」
「ありゃあ、ちと厄介だぞ。あんだけ体がデカいと、大盾でも突進を防げねえ。かといって罠を仕掛けるにもなぁ……。草原だからロープを引っかける木がない」
「そうだな」
ロッソは打つ手なしとばかりに肩をすくめた。
ロッソの言う通りで、これが森の中だったら戦いようがある。
木にロープを引っかけて罠にする。
木を楯にして戦う。
木に登って高所から攻撃する。
色々考えられる。
だが、草原となると身を隠す場所はないし、落とし穴を仕掛けるにもあの巨体がはまる穴など簡単に掘れない。
俺は続いてジェシカに意見を聞いた。
「キリタイ族の矢は通らなかったが、エルフならどうだ?」
「そうねえ……。エルフの矢でも同じじゃないかな?」
「魔法なら?」
「そうだね。爆裂魔法なら攻撃が通ると思う。けど、数が多いから仕留めきれるかどうか……。生き残りに間合いを詰められたら怖いな……」
「なるほど。確かに」
ジェシカの心配はわかる。
初撃全滅出来れば良いが、生き残りがスピードを緩めず突進して来たら退避が間に合わないかもしれない。
となると――。
「火薬を使うか……」
俺のつぶやきにジェシカが反応した。
「使うの?」
「ああ。実戦で使ってみないと、兵器として使えるかわからないからな。いざとなったらキリタイ族と一緒にこの丘まで逃げれば良い」
「実地試験にうってつけってわけね」
「そういうこと!」
俺とジェシカはニッと笑い。
ロッソは首を傾げた。
「何だ? 食いもんの話か?」
「ロッソはバカ!」
「ジェシカ! 何でだよ! しかし、あのマーダーバッファローは食いでがありそうだったなぁ~」
「ロッソ。オマエ懲りてないだろう?」
「腹が減ったんだよ!」
俺たち三人がワチャワチャしだすと、キリタイ族のバルタが俺を肘で小突いた。
「おい! ガイア! 何か手を思いついたのか?」
「ああ。火薬を使う」
「カヤク……? カヤクとは何だ?」
「新兵器だ」
「ほう! そんな物があるのか!」
バルタが感心した声を出した。
強敵に出会ったと思ったら、俺が新兵器を投入すると言うのだ。
バルタとしては嬉しいだろう。
俺はバルタに釘を刺す。
「だか、火薬の存在は秘密だぞ! キリタイ族全員に口止めしてくれ!」
「無論だ。新兵器は秘すからこそ、戦場で猛威を振るうのだ。本当は魔物ではなく、人に対して使う兵器なのだろう?」
バルタが片頬だけ持ち上げて不敵に笑う。
俺はフンと息をつく。
「まあな。俺たちは火薬を取りにブルムント族の本村落に戻る。バルタたちは待機してくれ」
「承知した!」
さて、急いで火薬を調合してまとまった量を作らないと。
俺、ジェシカ、ロッソは、港町オーブで一泊すると、トンボ返りした。





