第72話 火薬の誕生
俺はブルムント族本村落の外れで、硝石を精製していた。
スキル【スマッホ!】で得た知識に従って『古土法』で硝石を精製中だ。
ヴァッファンクロー帝国の町ナルボで手に入れた床下の土を大釜で煮る。
すると結晶を得られた。
「これか? これが硝石か?」
結晶の色は白で、ところどころ薄いベージュが混ざっている。
化学的な精製じゃないから、不純物が混ざっているのかもしれない。
俺は硝石の実物を見たことがない。
この異世界でも、前世の日本でもだ。
判別方法がないのだ。
(スキルの知識を信じて火薬を作ってみるしかないな! よし!)
俺は木炭、硫黄、硝石を材料にして火薬を作り始めた。
作る火薬は黒色火薬だ。
日本では戦国時代に火縄銃で使われた火薬だから、現代日本並みの科学技術がなくても作れると思う。
俺は木製のボール、すりこぎ棒、木のサジを使って慎重に作業する。
木炭、硫黄、硝石の配合比率は、スキル【スマッホ!】で得ているので問題ないが、秤や計測機器がないので木サジを使って大雑把に量るしかない。
それでも何とか配合を終えた。
爆発実験を行おうとしていると、妻でエルフ族のジェシカがやって来た。
「ガイア、どう? 順調?」
「ジェシカ。ちょうど出来上がって、効果を試すところだよ。竈から火を持ってきてくれないか?」
「わかった。ちょっと待ってて」
ジェシカに火の用意を頼んで、俺は爆発実験の用意をする。
あまり量が多いと危険なので、とりあえず爆竹くらいの量で試そう。
俺は地面にへこみを作って、サジを使って火薬をへこみにセットした。
「ガイア。火を持ってきたよ」
ジェシカが松明を持ってきた。
アトス叔父上も一緒だ。
「ガイアよ。何やら試すのだろう? ワシにも見せてくれんか?」
「もちろんですよ。そこの地面がへこんでいるでしょう? 火薬という物を入れてある」
「火薬?」
「ふむ。聞いたことがないな……」
ジェシカとアトス叔父上は首を傾げる。
「今から実験するから見ていて。爆発するから、そこの木の陰から見よう」
俺は火薬をセットした地面から、二十メートルほど離れた場所にある大木を指さした。
「爆発!?」
「魔法のようなものか!?」
俺が爆発と言ったので、二人とも驚いている。
俺はニヤリと笑って二人を大木の陰に引っ張って行った。
「やるよ!」
俺は二人にひと声かけると、大木の陰から飛び出し松明を放り投げた。
すぐに大木の陰に身を隠し、松明の行方をのぞき見る。
松明は放物線を描きながら、火薬をセットした地面へ飛んでゆく。
我ながらナイスコントロール!
松明が地面に落下した瞬間、爆発音が響いた。
ジェシカとアトス叔父上が驚いて声を上げる。
「キャッ!」
「うお!」
実験成功だ!
俺たち三人は、爆発した地面に近づく。
花火の後のような独特の臭いがする。
火薬は全て爆発したようで、地面に火薬は残っていなかった。
地面は大きくえぐれている。
俺が着火のために放り投げた松明は、ポッキリと折れていた。
火薬は少なめのつもりだったが、量が多かったのか?
それとも黒色火薬の威力が強いのか?
火薬の分量は、何度か試して適切な分量を調べるしかない。
課題はあるが、俺は硝石の精製や火薬の調合が上手くいったことに満足した。
「ねえ! ガイア! 今の爆発は魔法じゃないよね?」
「そうだよ。火薬という物で爆発を起こしたんだ」
「ガイアが朝から作っていた物?」
「そうだよ。ジェシカは爆発に驚いていたね?」
ジェシカたちエルフ族は魔法を使う。
魔法の中には火系統の爆裂魔法もあるのだ。
俺たちは戦場で爆発を何度も見ている。
ジェシカが爆発を見て驚いたのが、俺は不思議だったのだ。
「そりゃ驚くわよ! 魔法じゃないのに爆発したんだもの! 規模は小さかったけど、魔法もなしに爆発するとは思わなかったわ」
「なるほど。そりゃ驚くよな」
そうか、魔法に慣れたエルフでも驚くのか。
火薬を使う時は、バルバルに事前説明が必要だ。
「ふむ……。ガイアよ。火薬というのは、なかなか威力があるようだな」
アトス叔父上が真剣な表情で、えぐれた地面と折れた松明を見ていた。
「火薬の量を増やせば、もっと大きな爆発も可能です。もっとも、使いどころは限られると思いますが……」
俺はアトス叔父上とジェシカに火薬の使い道を話した。
「例えば、鉱山や土木工事で岩を砕くのに火薬は使えると思う。それから戦では、城門や城壁の破壊に使える。後は待ち伏せして地面に火薬を埋めておく方法もありだろう」
ジェシカが首を傾げた。
「魔法みたいに遠くへ火薬を放ることは出来ないの?」
「うーん。壺や樽に火薬を詰めて放ることは出来る。けど、確実に火をつけないと爆発しないよ」
「そっか。放り投げれば爆発するわけじゃないのね。じゃあ、敵に火薬の詰まった樽を沢山放り込んで、わたしたちエルフが火魔法で着火する方法は?」
俺はジェシカの提案を想像してみた。
上手く行けば、相当な威力がありそうだ。
「ありだな」
「ねっ!」
ジェシカは俺に提案が受け入れられて、ニッと笑顔になった。
アトス叔父上は、俺とジェシカのやり取りを聞いて、ウンウンとうなずいた。
「ガイアよ。火薬は、あの土から作ったのか?」
「土を煮て硝石という物質を得るのです。硝石、木炭、硫黄を混ぜて火薬を作ります。硝石は、これです」
俺は残りの硝石を、アトス叔父上とジェシカに見せた。
「ふむ。見たことがないな」
「わたしもないわ」
「エルフでも見たことがない物か……。これは秘さねばならんな……。しかし、火薬は魅力的だ。魔法が使えなくても爆発が起こせるのが素晴らしい!」
さすがアトス叔父上!
火薬の強い点を俺の説明抜きで理解した。
魔法はエルフや魔法の素養のある人族しか使えない。
どこの国でも魔法兵は少ない。
だが、火薬なら誰でも爆発が起こせる。
バルバルの強力な兵器になることは間違いない。
さて、火薬を量産したいところだが、材料を集めるのが大変だ。
俺は火薬量産の問題点をアトス叔父上に相談した。
「火薬の問題は材料です。木炭は炭焼きをすれば、我らバルバルで作れます。硫黄はヴァッファンクロー帝国の商人から買えます。ひょっとしたらアルゲアス王国の商人や交易都市リヴォニアから手に入るかもしれません。難しいのは硝石ですね。硝石は量が必要です」
アトス叔父上がパンと手を叩いた。
「よし! ガイア! ナルボの町で床下の土を集める部隊を増やそう! ワシが指揮をとって、新しい仕事に力を入れているように見せるのだ!」
「アトス叔父上! お願いします!」
ナルボの町は大きく、家も多い。
アトス叔父上が指揮してくれるなら、硝石がとれる床下の土は集まるだろう。
それなりの量の硝石が精製できる。
「だが、ガイアよ。床下の土も無限ではないぞ。何か他に硝石を得る方法はないのか?」
「時間はかかりますが、硝石を得る方法はあります。キリタイ族のバルタに相談してみます」





