第71話 ナルボの町~火薬の材料、硝石を求めて
俺たちは、バルバルの村に帰ってきた。
早速、俺は火薬作りに取りかかった。
火薬の材料は、木炭、硫黄、硝石だ。
木炭はエルフ族が煮炊きや薬品の調合に使っていた。
上質な木炭だそうで、エルフ族族長のエラニエフに頼んで分けてもらった。
次に硫黄。
アトス叔父上とエラニエフが硫黄の存在を知っていた。
「アトス叔父上。硫黄はどこで手に入りますか?」
「ヴァッファンクロー帝国の町で取り扱っているぞ。確か……ヴァッファンクロー帝国の連中は、洗濯に使うと聞いたことがある。布が白くなるそうだ」
どうやら硫黄を漂白剤として利用しているらしい。
近場のヴァッファンクロー帝国の町で手に入るそうだ。
エラニエフは少量だが硫黄の現物を持っていた。
硫黄を薬に使うという。
「エラニエフ。硫黄は何の薬になるのだ?」
「うむ……まあ……」
なぜかエラニエフは歯切れが悪い。
普段は薬のことを聞くと熱心に説明してくれるのだが、なぜだろうか?
俺はエラニエフの反応を見て警戒した。
「硫黄はヤバイ薬になるのか!? それなら取り扱いに気をつけないと!」
「いや! ごく一般的な薬だ。塗り薬に使うのだ」
「塗り薬というと傷薬か?」
俺が追求するとエラニエフは、はーっと息を吐いてから答えた。
「水虫の薬だ」
「……」
あー、なるほど。
ちょっと微妙な話だな。
意外と売れる商品になるかもしれないが、エルフ印の水虫薬とか印象が微妙すぎる。
俺はエラニエフに硫黄を分けてもらった。
なぜか、アトス叔父上が熱心にエラニエフに話しかけていた。
――さて、火薬である。
もっとも入手が難しいのが硝石だ。
俺のスキル【スマッホ!】で調べてみたが、硝石が埋まっている場所は見つからなかった。
さらに俺が【情報ダウンロード】で得た知識によると、硝石は洞窟などで採取出来ることがあるそうだ。
野生動物や鳥の糞が堆積して、時間をかけて硝石に変化するのだ。
ただし、乾燥した地域は硝石が発生しやすいが、湿潤な地域はダメだ。
バルバルの居住地域やヴァッファンクロー帝国の領域は、人が住むに適した温暖湿潤な気候だ。
どうりで【スマッホ!】の地図に硝石が表示されないわけだ。
となれば硝石を人工的に作るしかない。
俺が得た硝石に関する知識の中には、この世界で実現可能な硝石の生成法もある。
蚕の糞や草を利用する『培養法』。
家畜の糞を利用する『硝石丘法』。
焼いた海藻を利用する『海藻法』。
これらの方法は、かつて日本、中国、ヨーロッパで実際に行われていた実績のある方法だ。
とはいえ、培養法と硝石丘法は時間がかかり、海藻法は製造するための施設や薬品が必要だ。
手っ取り早く硝石を手に入れるなら――。
(古土法だな!)
古土法は、家屋の床下や家畜小屋から土を取り出し、煮て硝石を取り出す方法だ。
古い家屋はネズミや猫など小動物が住まうことが多い。
ネズミや猫などの糞が堆積して硝石になっているのだ。
家畜小屋の土も同じ原理で、家畜の糞が堆積して硝石になる。
俺は早速自宅の床下に潜り込み土を採取した。
家の前に大きな鍋をセットして土を煮る。
だが、いくら土を煮ても硝石らしき物質は現れない。
(何でだろう……? ひょっとして硝石の成分が土に含まれていないのかな?)
よくよく考えてみると、俺はバルバルの村でネズミや猫を見たことがない。
(ひょっとしてバルバルの居住地域にはネズミや猫がいないのか?)
俺はアトス叔父上の妻、ケイトおばさんに話を聞いてみることにした。
ケイトおばさんは、いかにも肝っ玉母さんといった人物で、俺もアトス叔父上も頭が上がらない。
アトス叔父上の家でケイトおばさんは、忙しく家事をしながら俺の相手をしてくれた。
「ネズミ? 猫? そんなモンいやしないよ! ここらは魔物がウヨウヨいるからね! 帝国にはいるけどね!」
「なるほど……」
ふむ。バルバルの居住地域は、魔の森に囲まれている。
魔の森は魔物のテリトリーだ。
ネズミや猫は魔物がいるので、バルバルの居住地域に近づけないのだ。
ネズミがいないのは衛生的に結構だが、硝石採集が出来なくて困る。
とすると、帝国だろうか?
ケイトおばさんは、帝国にはネズミや猫がいると言う。
俺も宿に泊まった時に、猫を見かけたことがある。
となると……。
(よし! ヴァッファンクロー帝国から土を採取しよう!)
俺はヴァッファンクロー帝国から土を集める方法を考え、同行する人選を行った。
――三日後。
俺は五人のバルバルと共に、ヴァッファンクロー帝国の町ナルボへ来た。
メンバーは、俺、アトス叔父上、大トカゲ族のロッソ、ヴァッファンクロー帝国語が話せて人当たりの良いブルムント族の男が三人だ。
帝国語が話せるといっても、かなりたどたどしい。
それでも単語は結構知っているので、帝国人と意思疎通は出来る。
ナルボの町は、帝国の西の端に位置し、北は魔の森が生い茂るバルバルの居住領域、西は海岸沿いの細い道を経由してリング王国。
帝国からすると北の蛮族と西の異国ににらみを利かす軍事拠点である。
ナルボの町は、海に面しているので軍事拠点であると同時に交易拠点でもある。
交易で古くから栄えた町なので、俺が目当てにしている『硝石を含む土』がある可能性が高い。
俺たちは、ボロイ服を着てきれいな土を載せた荷車を引いて来た。
ナルボの町に入ると、アトス叔父上の案内で俺たちは大きな商家を訪れた。
ここはアトス叔父上の取り引き相手の一つだ。
「おや? バルバルじゃないか? 何か用か?」
商家の主人だろう。
デップリと脂の乗った腹の突き出た中年男だ。
くせっ毛の金髪をなでながら、アトス叔父上に声を掛けた。
「へえ。旦那! ちょいとお願いがありまして」
「バルバルが表にいられちゃ困る。裏へ回ってくれ」
俺たちは表通りから裏口へ回された。
久しぶりに帝国でのバルバルの扱い――下に見るぞんざいな扱いを受けて、俺はカチンと来た。
裏口に回すだけでなく、アトス叔父上の名前すら呼ばない。
そもそも覚えていないのかもしれない。
だが、目的を達するためには自重だ。
アトス叔父上は愛想笑いを浮かべたまま。
さすがの自制心である。
裏口でアトス叔父上が、店主に述べる。
「旦那。床下を掃除しませんか?」
「床下?」
「へい。床下にはネズミやら虫やらが住み着いて、えらく汚いことが多いんでさぁ。病の原因にもなるそうですよ! そこでバルバルが床下の土を運び出して、きれいな土と入れ替えますよ!」
アトス叔父上は、俺たちの方を指さした。
各々引いている荷車には、きれいな土が積まれている。
店主は俺たちが運んできた土を見ると、アゴに手をあてて考え出した。
「そういえば、最近娘が咳き込むな……。ふむ。物は試しだ。やってくれ」
「へい。ありがとうございます! つきましてはお代をお願いします」
「ハハハ! バルバルの新しい商売ってわけだ! 床下の掃除なんて汚いだろう? よくやるよ!」
店主は、俺たちをバカにした口調だった。
俺は腹が立ったが、グッと堪えた。
店主は銀貨をアトス叔父上に放って渡し、自宅の場所をアトス叔父上に教えた。
店主がいなくなると、アトス叔父上は俺の肩に手を回した。
「と、まあ、こんな具合だ! どうだ?」
「さすがです!」
アトス叔父上は得意満面だ。
下から入って、帝国人にデカイツラをさせ、実利を取る。
この老獪さは、俺には真似できない。
アトス叔父上は、ブルムント族の男三人に声をかける。
「まあ、腹は立つだろうが、今の要領を覚えてくれ。簡単だろう?」
アトス叔父上は、バルバルで宰相のような存在だ。
いつも現場にいられるわけじゃない。
任せられるなら、他の人に仕事を任せないと。
今回、同行したブルムント族の三人は、そのあたりも含んで人選している。
三人のブルムント族の男はうなずく。
「大丈夫です。何を言えば良いか覚えました」
「ニコニコ笑って頭を下げて、銭をもらうと! へへ! 俺の得意ですよ!」
「俺たち三人が、五人くらい引き連れれば、良いんじゃないですか? 三組に分かれて、この町を回れば結構稼げそうですよ!」
三組作れたら土をかなり回収出来るな。
非常に助かる。
「三人ともありがとう! まずは、今回の仕事を片付けよう。ここの店主の自宅の床下だ」
「「「「「おう!」」」」」
俺たちは、店主の屋敷の床下から、汚い土を運び出すことに成功した。
帰り道、ロッソが荷車を引きながら心底不思議がった。
「なあ、ガイア。こんな汚い土をどうするんだ?」
俺はニヤリと笑ってロッソに答える。
「ちょっと試したいことがあるんだ」
「ふーん。なあ、腹減ったな」
「帰ったら何か食おう」
俺は火薬のことを誰にも話していない。
アトス叔父上には、新しい商売とだけ話してある。
ロッソは何も気が付いてないが、アトス叔父上は俺が何を試すのか興味がありそうだ。
火薬が完成したら見せてやろう。
翌日、俺はナルボの町で手に入れた土を煮て、硝石を手に入れた。





