第69話 港町オーブ Seven Seas Of Rhye
――三日後。
俺たちの乗るバイキング船は三隻で船団を組み、交易都市リヴォニアから西へ向かった。
「見えたぞー!」
船首に立つガウチが大きな声を上げた。
みんな首を伸ばして前方を見る。
バルバルの入り江だ!
広い砂浜と少し離れた場所にゴツゴツした岩場が見える。
バイキング船は砂浜に滑り込んだ。
「よし! 取りかかれ!」
俺の指示でバルバル傭兵軍の兵士たちが、バイキング船から荷物を下ろす。
金や戦利品が次々と荷揚げされる。
キリタイ族の族長バルタが、馬を引いて船から下りた。
「ほう! ここがバルバルの領地か!」
「そうだ。ここは北の端にある港だ。もっと南に部族ごとに集落を作って住んでいる」
俺が応じるとバルタは、ジッと遠くの森を見ている。
「獣の気配がするな」
「魔物だな。獣より強いからやたら手を出すと危ないぞ」
「なるほど。覚えておこう」
遠くにいる魔物の気配を察知するとは、さすがの勘働きだ。
恐れ入る。
海岸では、港の拡張工事が進んでいた。
バルバルの人足たちが切り出した木の杭を運び、大トカゲ族が海に入って杭を海底に打つ。
手先の器用なバルバルの男が、杭に板を渡して桟橋に仕上げている。
「ほう! 大分進んだな!」
アトス叔父上が機嫌良く、建設中の桟橋を眺めた。
転生前の現代日本と比べると原始的な港だが、木製の簡易な桟橋でもあるとないとでは違う。
「これで商船が桟橋に横付けできるので、他国の商船を呼び込むことが出来ますね」
「ああ! 交易都市リヴォニアから三日の距離だ! 足の遅い船でも六日もあれば着くだろう!」
交易都市リヴォニアから近く、北方の国々からもアクセス可能だ。
交易港としてロケーションは悪くないと思う。
「本当は俺たちだけで交易を独占したいところですが……」
「ガイアよ。あまり欲張るな。船を沢山用意するのは大変だ。他所から商船が来た方が早い。それに他国に利を配っておくことも大切だぞ」
他国に利を配る――交易によって他国と結びつきを強め、バルバルの存在感を増し、味方になってくれる国を増やせということだ。
さすがアトス叔父上だ。
「そうですね。アトス叔父上の言う通りだ。今は他国の商船を呼び込みつつ、バルバルの船を増やす段階ですね」
「うむ!」
アトス叔父上が満足そうにうなずく。
岩場の方から声が聞こえた。
「おーい! そろそろ働けよ!」
岩場に癖毛黒髪の若いブルムント族の男がいた。
現場監督のディアスだ。
ディアスは丸太で家を建てる時に、リーダーをやっていた。
大工とまではいかないが、段取りが上手く建築建設に向いた男なので、港建設の現場監督を任せた。
何かトラブルかな?
俺とアトス叔父上は、岩場で腕を組むディアスに向かった。
「ディアス! どうした?」
「あっ! ガイア! お帰り! なあ、大トカゲ族に言ってくれよ! 漁をするヤツがいて困るんだ」
「漁?」
ディアスが岩場から海の中を指さす。
透明度の高い海。
海中に何かが動いているのが見えた。
何だろう?
俺とアトス叔父上が、岩場から海中をのぞき込んでいると、海中の影は大きくなった。
ざばっと派手な音を立てて、何かが海中から姿を現した。
「ふう」
大トカゲ族の女だ。
続いて次々と大トカゲ族の女が海中から姿を現した。
五人いる。
「あら! ガイア! 戻ってたのかい?」
「ああ、さっき船が着いた。海の中で何をやってたんだ?」
「漁だよ」
「漁? 素潜り漁か?」
「そうだよ。ここは獲物が沢山いるからね! 良い漁場さ!」
見ると大トカゲ族の女は、両手に大きなサザエを沢山抱えていた。
「ああ! サザエか! 旨いよな!」
「そうかい?」
大トカゲ族の女は首を傾げる。
ああ、そうだ。大トカゲ族は生食なんだ。
「それ、焼くと旨いんだ」
「へえ! そうなのかい!」
サザエの壺焼き。
前世日本で、海に出掛けた時に食べた。
サザエを焼いて、醤油をひとたらし。
美味しかったな。
ディアスがチョンチョンと俺の肩をつついた。
「おい! ガイア! 聞いてくれよ! 大トカゲ族の女は、働かないで海に潜っちまうんだ!」
「食べ物は必要だろう? 漁だって立派な仕事だよ」
大トカゲ族の女たちは、心底不思議だと首を傾げた。
大トカゲ族は湿地帯に住んでいる。
池や川に潜って魚をとって食べる。
人型であるが、水棲の側面があるのだ。
水中でも自在に動くことが出来るので、海中で杭を打つ作業は大トカゲ族に任せている。
ディアスとしては、作業進捗を早めるために大トカゲ族の女たちも作業に投入したいのだろう。
とはいえ……。
「あー、ディアス。大トカゲ族は漁がしたいんだ。多少は多めに見ろ」
「良いのか?」
「ああ、構わない」
大トカゲ族は力持ちだが、あまり知能は高くない。
気分屋の側面があるのだ。
漁を禁止してヘソを曲げられたら面倒だ。
海中で杭を打つ仕事をしてもらって、飽きたら漁をしてもらう。
そのくらい割り切った使い方をした方が、大トカゲ族の性に合うだろう。
俺はディアスに、俺の考えを説明した。
「ふーん、そんなもんかね。まあ、大トカゲ族が気分屋ってのはわかるぜ」
「ディアスには苦労をかけるけど、何とか上手くやってくれ」
「わかったよ。まあ、海中であれだけ動けるのは大トカゲ族しかいないからな。俺たちの倍以上の働きをしてくれる。そう考えると、たまに漁に行くくらい別に構わないかもな」
「そうだな。そういう方針でやってくれ」
「わかった!」
ディアスがスッキリとした笑顔を見せた。
「おーい! ガイア! サザエを食べよう!」
大トカゲ族の女が俺を呼んだ。
岩場で火を起こし、サザエを火の中に放り込んでいる。
非常に豪快だ!
サザエの蓋の隙間から潮が吹いている。
もう、良さそうだ。
「わたしはね、ジャリジャリして苦いからこの貝はイマイチだなって思ってるの」
大トカゲ族の女がぼやく。
「砂袋とワタを取り除けば良いんだよ」
「砂袋? ワタ?」
「見てな」
俺はサザエを火から取り出した。
前世日本で食べたサザエの壺焼きを思い出しながら続ける。
腰からナイフを抜き、先端をサザエに突っ込みグイッと力を入れる。
デロンとサザエの身を殻から抜き出した。
アトス叔父上が、眉根を寄せる。
「何だか見た目が悪いな」
「そうですね。ちょっと見た目はグロイですが、美味しいですよ。ここにあるのが砂袋、これがワタ。ジャリジャリと苦みが気になるなら、ここを切り落とすんだ」
俺はナイフで砂袋とワタを切り落とした。
ワタの苦味も美味しいと思うが、苦いのが苦手な人もいる。
こうすると万人が食べやすい。
大トカゲ族の女たちは、俺の手元をジッと見ていた。
俺は処理したサザエを口に放り込んだ。
「あ~! 美味しい!」
磯の香りと野趣溢れる味わい!
これは旨い!
海辺のご馳走だ!
大トカゲ族の女たちやアトス叔父上も俺の真似をして処理したサザエを口にした。
「あっ! 美味しい!」
「本当だ! 苦くない!」
「ジャリジャリしないね!」
「おお! これは酒が欲しくなるな!」
俺は思いついた。
このサザエの壺焼きを、バルバルの港の名物にしてはどうだろうか?
俺は大トカゲ族の女にアドバイスした。
「これからこの港には、他国の商人が訪れて人が増える。このサザエの壺焼きを売れば、良い商売になるぞ」
「お金になるの? それは良いわね!」
「高めの値段で売るんだ。サザエを捕りすぎると、サザエがいなくなってしまうから気をつけろよ。量を取らない分、一つを高くするんだ」
「わかったわ」
「あと、火はよく通せよ。人族は大トカゲ族より腹が弱い。痛んだサザエや火の通りが悪いサザエを食べたら腹を下す。気をつけろ」
「そのへんは、ディアスに食わせて火加減を覚えるわ」
「おいおい! 俺で試すのかよ!」
ディアスが大げさな身振りで抗議する。
岩場に笑い声が響いた。
アトス叔父上がサザエを飲み込み、満足そうな笑顔を見せた。
「なあ、ガイア。この港の名前はどうするのだ? サザエの港か?」
港の名前か……。
外国から商船を呼び込むし、そろそろ名前が必要だな。
サザエの港はナシだ。
俺はしばらく考えてから、港の名前を提案した。
「オーブでどうでしょう?」
オーブはバルバルの言葉で、『夜明け』を意味する。
バルバルが一つにまとまり、この港を使って発展し、暗い時代から明るい時代へ進む。
そんな思いを込めた。
「夜明けか……! 良い名だ! では、ここをオーブとしよう!」
「港町オーブか! 良いじゃねえか!」
アトス叔父上も現場監督のディアスも、俺が名前に込めた思いを察して興奮している。
俺もグッと拳を握りしめた。
「そうだ! 港町オーブだ! この町からバルバルの夜が明ける。七つの海を制覇し、世界にバルバルの名を轟かすのだ!」
「「おお!」」
アトス叔父上とディアスが、俺と一緒に盛り上がる。
大トカゲ族の女たちは、何だかわからないけど楽しそうだとニコニコしている。
「すごい! 海って七つあるんだ~!」
「きっとサザエが沢山いるよ!」
「美味しい物がいっぱいで、楽しみだね!」
しまった!
この世界で海がいくつあるかは知らないぞ!
でも、海が沢山あるから七つの海だ!





