第66話 日の光と風が運ぶ緑の匂い
ジェシカが手を伸ばすと、ソフィア姫は自分の意思でジェシカに手を添えた。
ソフィア姫はベッドから出て、ジェシカと手をつないで寝室を出て行く。
俺、エラニエフ、アレックス王太子、護衛や侍女たちも、ジェシカとソフィア姫の後に続く。
ジェシカとソフィア姫は、前室を抜けて、部屋の外に出る。
ソフィア姫が立ち止まり、手を顔にかざした。
「あっ……」
「まぶしい? しばらくすると目が慣れるよ」
ジェシカの言葉にソフィア姫はうなずく。
アレックス王太子が心配して前に出ようとしたので、俺はアレックスを抑えた。
アレックスが困惑した表情で俺を見る。
俺は無言で首を振った。
(過干渉はよくないからな……)
アレックスが妹を大事にする気持ちは素晴らしいと思うが、度が過ぎれば過干渉になる。
ソフィア姫は、自分の意思で部屋を出ることにしたのだ。
いわば自立の第一歩。
何かあったらフォローするくらいの気持ちで、離れて見守る方が良いと思う。
ソフィア姫は、かざしていた手を下げた。
目が日の光に慣れたのだろう。
「ソフィアちゃん。中庭に行こう!」
「はい!」
ジェシカがソフィア姫に声を掛けた。
ジェシカはごく普通の調子で、近所の子供に話しかけるようにソフィア姫に接した。俺はジェシカの発した言葉のニュアンスを崩さないように、ソフィア姫に通訳する。
ソフィア姫としては、かしこまらないジェシカの態度が新鮮なのだろう。
嬉しそうに微笑んでいる。
ジェシカとソフィア姫は、仲の良い姉妹のように手をつないで宮殿の中を歩く。
警備の兵士が、ソフィア姫を見て驚き物珍しそうな顔をしている。
すれ違う侍女が慌てて横に直り、心配そうにソフィア姫を見る。
ソフィア姫は歩みを止めようとしたが、ジェシカはそういった視線を一切無視し、ソフィア姫の手を引いた。
俺はジェシカを頼もしく思う。
(いいぞ! ジェシカ! 他人の目なんて気にすることはない!)
中庭に着くとジェシカは芝生の上に腰を下ろした。
自分の隣をポンポンと叩いて、ソフィア姫にも座ることを促す。
侍女が慌てて敷物を取りに行こうとするのを、俺は止めた。
アレックス王太子が、首を傾げ俺の行動の理由を問う。
「ガイア?」
俺は小声でアレックス王太子に答えた。
「ジェシカは、ソフィア姫に全身で自然を感じさせたいのだろう。敷物なんて余計だ」
「自然を感じる……」
「ああ。部屋にばかりいては感じられないだろう? 体を丈夫にするには、外へ出ないと」
「わかるが……。服が汚れる」
「服が汚れたら洗濯すれば良い」
「まあ、そうだな」
俺はアレックスを納得させて、ちょっと離れた位置からジェシカとソフィア姫を見守る。
ソフィア姫は、ゆっくりと、怖々と芝生の上に腰を下ろした。
しばらく無言の時間が過ぎた。
ソフィア姫はボーッとした様子だが、口元が緩んでいる。
じっくりと味わうように日の光を浴びている。
やがて、ソフィア姫が小さな声を漏らした。
「お日様が気持ち良いです」
そよそよと風が吹く。
ソフィア姫の黒い髪が揺れる。
「緑の匂いがします」
日の光の温かさを、風が運ぶ草や木々の匂いを、手のひらに伝わる芝生の感触を、ソフィア姫は感じ取っている。
全身で自然を受け止め、楽しんでいるのだ。
青い小鳥が、ソフィア姫の膝の上にとまった。
ソフィア姫は、ゆっくりと青い小鳥を見た。
「かわいい」
ソフィア姫のつぶやきにジェシカが答え、俺が訳す。
「ふふ。鳥さんもソフィアちゃんを歓迎しているんだよ」
「そうなのでしょうか?」
「ほら、こうして指をゆっくり伸ばしてご覧。鳥さんを驚かさないようにゆっくりだよ」
ジェシカは人差し指を青い小鳥に伸ばした。
青い小鳥はぴょんとジェシカの指に飛び乗る。
ソフィア姫はジェシカの真似をして、指を青い小鳥に伸ばす。
青い小鳥はジェシカの指からソフィア姫の指に飛び移った。
ソフィア姫がパアッと笑顔になる。
「鳥さん。私はソフィアです。よろしくお願いいたしますね」
ソフィア姫の言葉に青い小鳥はチュンチュンと答えた。
ホッコリした尊い光景に、ほうっとため息が漏れる。
「ソフィアの……、あんな屈託のない笑顔は初めて見た……」
アレックス王太子が涙を流しそうになっている。
(良かったな! アレックス! 笑顔は健康の第一歩だ!)
俺は目を細めウンウンとうなずいた。
こうして外に出ることを楽しく感じてくれれば、毎日中庭に出るようになるだろう。
ベッドから出て、ちょっとでも歩く。
外に出て短時間でも日の光を浴びる。
ソフィア姫が、健康的な生活を徐々に取り戻せば、虚弱な体質も少しずつ改善されるだろう。
しばらくジェシカとソフィア姫は、ノンビリとおしゃべりをしていた。
花や木々について。
ジェシカたちエルフ族について。
二人は仲の良い姉妹のように話をした。
ソフィア姫がお腹に手をあてた。
「お腹が空いてきました」
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