第63話 勝利の宴にて相談を受ける
キリタイ戦は、アルゲアス王国軍の勝利に終わった。
俺たちバルバル傭兵軍は、アルゲアス王国軍に雇われ勝利に貢献したのである。
俺は戦地から捕虜にしたキリタイ族――キリタイバルバルを離脱させた。
俺たちバルバルは、この後、船を川に戻し、アルゲアス王国の王都クインペーラに戻る。
アルゲアス王国軍と戦をしたばかりのキリタイ族を連れて行くのは、さすがにためらわれる。
もめごとになりかねない。
そこで、新たにキリタイバルバルの族長に就任したバルタが、キリタイバルバル一行を連れて交易都市リヴォニアに向かうことになった。
アレックス王太子に通訳と道案内を付けてもらったので大丈夫だろう。
「では! ガイアよ! 我らキリタイバルバルは、交易都市リヴォニアで待っているぞ!」
「もめごとを起こすなよ! 略奪や殺しはダメだぞ!」
「安心しろ。旅費はタップリもらったからな! ノンビリ飲み食いしながら旅を楽しむさ! ハハハ!」
キリタイバルバルの連中は、女子供も馬に乗り、空馬を引いて交易都市リヴォニアへ向かった。
みんな表情が柔らかい。
戦には負けたが、ひどいことにはならなかった。
新天地で新生活を送れる。
将来に希望が持てる。
キリタイバルバルの連中は、自分たちがバルバルの傘下に収まったことを好意的に受け止めていた。
*
俺たちバルバル傭兵軍は、アルゲアス王国の王都クインペーラへ戻った。
陸に揚げた船に損傷はなく、順調な旅だった。
王都では王宮で祝賀の宴が開かれることになり、俺たちバルバル傭兵軍幹部も招待された。
言葉の問題があるので、出席者は俺だけにしてもらった。
バルバル傭兵軍の連中は、王都の店に繰り出して好き勝手にどんちゃん騒ぎだ。
祝賀の宴は、王宮の広間で開催された。
アルゲアス王国の文武百官がそろい、賑やかな音楽が響き、踊り子が舞う。
俺の席次はアルゲアス王国の将軍たちと同じ位置で、宴では上位の席だ。
実は事前にアレックス王太子の隣を打診されたが固辞した。
俺たちバルバル傭兵軍は、あくまで傭兵として参加したという立ち位置にしてもらったのだ。
万一、ヴァッファンクロー帝国に俺たちの参戦がバレた場合、『あくまで傭兵として、金のために戦っただけですよ』と言い逃れ出来るようにしておかないと。
アルゲアス王国と同盟関係であることは、ヴァッファンクロー帝国には伏せておくのだ。
打倒ヴァッファンクロー帝国を表に出すのは、まだ、早い。
宴は盛り上がった。
「いやあ! めでたい!」
「これで遊牧の連中は、草原から出て来ないでしょう!」
「東は安全だ!」
キリタイ族の大族長を逃がしてしまったが、アルゲアス王国はキリタイ族に完勝したのだ。
とくに軍の連中は、酒をあおり、料理を食らい、大声で勇ましい戦ぶりを語る。
アルゲアス王国の宴会は、座って飲食するスタイルだ。
見目麗しい女たちが、将軍や軍の連中に酌をして回る。
俺もアルゲアス王国の酒をもらった。
(へえ! 飲みやすくて、美味いな!)
酒は赤ワインで、かなりスッキリしたフルーティーな味わいだ。
飲み口が軽いので、気をつけないとクイクイ飲んで泥酔しそうだ。
料理はかなりコッテリ。
肉料理が多く、牛、豚、鳥、羊肉も出た。
味付けは、塩と香辛料。
香辛料が効いていて旨いが、脂っこいので量は食べられない。
俺はチョイチョイと料理をつまみ、チビチビと赤ワインを飲むが、隣のアルゲアス王国軍の将軍は豪快に手づかみで肉料理にかぶりつき、ゴブゴブと赤ワインで肉を流し込む。
(どっちが蛮族だかわからないな)
俺は思わず苦笑する。
今回の報酬は、なかなか良かった。
まず、金貨をたっぷりもらえた。
そして、アルゲアス王国国王から交易都市リヴォニア宛の推薦状をもらえた。
交易都市リヴォニアは、アルゲアス王国の保護下にある自治都市だ。
アルゲアス王国の推薦状を無視できない。
この推薦状があれば、交易都市リヴォニアで、俺たちバルバルが交易を出来るようになる。
大変ありがたい報酬だ。
俺が周囲の将軍たちと当たり障りのない話をしていると、アレックス王太子が俺を手招きした。
俺はアレックス王太子が座る最上位の席へ向かう。
アレックス王太子の隣は国王陛下である。
アルゲアス王国の国王は、アレックス王太子とあまり似ていない。
アレックス王太子は金髪だが、国王はクセのあるカールした黒髪だ。
黒いヒゲを生やして、威風堂々。
(アレックス王太子は、母親に似たのかな?)
俺はそんなことを考えながら、アレックス王太子の席の前に座った。
当たり障りのない社交辞令を済ます。
アレックス王太子は、何か話したそうだが、難しそうな顔をしている。
俺は何事かと心中身構える。
しばらくしてアレックス王太子が口を開いた。
「あまり外向きに話したくないことなのだが……。ちょっと聞きたいことがある」
「うかがおう」
「バルバルにはエルフがいるが、エルフは医術や薬草に詳しいのか?」
意外な質問に俺はキョトンとする。
てっきり軍事や外交の話が来ると思っていた。
俺は赤ワインを一口飲み、気持ちを切り替え、アレックス王太子に答える。
「エルフは薬草に詳しい。医術の心得がある者もいる」
エルフは、人族とは別の技術体系を持っている。
その中には薬草の知識もある。
アレックス王太子は、隣に座る国王に目配せした。
国王がうなずく。
むっ……。国王も承知している話か……。何だろう……?
アレックス王太子は、ため息をつくと本題に入った。
「実は妹が病弱でな……。同母の妹なのだが、俺と違って体が弱いのだ。しょっちゅう寝込む……」
「むっ! そうなのか……。それは気の毒だ……」
俺に妹はいないが、妹がしょっちゅう寝込むとなると心配になるだろうし、辛いだろう。
俺はアレックス王太子に心から同情した。
ただ、わからないこともある。
アルゲアス王国は有力な王国だ。
医術もそれなりだろうし、腕の良い医者もいるだろう。
俺はアレックス王太子に疑問をぶつけてみた。
「なあ、アレックス。アルゲアス王国にも医者はいるだろう? 医者には診せたのか?」
「もちろんだ。王国内の医者だけでなく、帝国からも名医を呼んで診察してもらった。だが、病気ではないと言うのだ」
「体質か?」
「うむ……。生まれつき体が弱いのだろうと……。だが、心配でな……。エルフなら我ら人族とは、違う薬を持っているかと思ったのだ」
「ああ……。それは生憎だが、薬は同じだと思うぞ。エルフの秘薬みたいなのは、聞いたことがない」
「そうか……」
アレックス王太子は、ガックリとうなだれた。
ジェシカたちエルフ族が作る薬は、よく効く。
だが、『万病に効くエルフの秘薬』みたいな薬ではない。
エルフが持っているのは、傷の治りが早い軟膏の傷薬やよく効く熱冷ましだ。
だが、アレックス王太子としては、藁にもすがる思いだったのだろう。
アレックス王太子の妹姫を思う気持ちが伝わってきて、俺は何かしてやりたくなった。
「よければエルフに頼んでみるぞ」
「本当か?」
「ああ。だが、エルフだって万能ってわけじゃない。診察して、他の医者と同じ結果になる可能性が高いと思う。だから、あまり期待するなよ」
「うむ! それでも助かる! ガイア! 感謝する!」
アレックス王太子は、ガッシリと俺の手を両手で握った。
隣では国王が目を細めた。





