第62話 アレックス王太子とバルタ
キリタイ捕虜のバルタが、俺の家臣になった。
バルタの縛めを解いてやると、バルタは張り切りだした。
俺たちが捕えたキリタイの捕虜を口説いて、俺の配下にすると言う。
「ガイアよ。万事我に任せておけ!」
「えーと……、あー、うん、任せた」
俺はバルタの押しの強さ、図々しさに面食らったが、これくらい逞しい方が良いかなと考え、バルタの好きにさせることにした。
キリタイの捕虜たちは、バルタと同じような身の上で、キリタイ族の反主流派で滅ぼされかけた人たちだ。
バルタが話を持ちかけるとキリタイ捕虜たちは諸手を挙げて喜び、俺に臣従を誓った。
「ガイアよ。我らの馬を返してくれ。我らは馬に乗らなければ力を発揮できない」
「あー、好きにして良いよ」
俺は菩薩の気持ちで、バルタたちキリタイ族の好きにさせた。
キリタイ族……いや、もう、バルバル内のキリタイ族だな。
俺はバルバルキリタイの連中に馬を返してやった。
「ガイア。大丈夫なのか?」
「あいつら逃げるんじゃ?」
バルバル傭兵軍の中には、反対する兵士もいたが、俺とアトス叔父上は逃げないと確信していた。
連中には逃げるところがないのだ。
キリタイ族に戻っても、いびり殺されるだけ。
もちろん、馬に乗ってキリタイ族と別のエリアに逃げる手もあるが……、別の場所は別の遊牧民の縄張りだ。
無事でいられる保証はない。
それなら、このままバルバルキリタイとして生きる方が、何倍もマシだろう。
バルタは、キリタイ族の有力氏族出身で身分が高い。
バルタが熱心に口説いたこともあって、キリタイ捕虜たちに馬を返したが、誰も逃げなかった。
こうして、キリタイ捕虜の五十人十家族は、バルバル内キリタイ族。
バルバルキリタイとして新しい人生を歩むことになった。
だが、めでたしめでたしとはいかない。
アルゲアス王国との折衝がある。
俺はバルバル傭兵軍をアトス叔父上に任せ、バルバルキリタイ族長となったバルタを連れてアルゲアス王国軍の本陣へ向かった。
アルゲアス王国軍本陣では、文官が忙しそうに後処理をしている真っ最中だった。
だが、勝ち戦なので活気がある。
武官は傷の手当てをしたり、食事をしたりと、思い思いに過ごしていた。
本陣に入ると、俺たちはすぐにアレックス王太子の前に通され、アレックス王太子は笑顔で俺を出迎えた。
「ガイア! バルバル傭兵軍の活躍もあって勝利したぞ! 約束通り捕虜もとってくれたな! 感謝する!」
「感謝は金銭で頼む」
「ハッハッハッ! 報酬は弾ませてもらうぞ!」
俺とアレックス王太子は、ガッチリと握手をした。
さて、アレックス王太子が望んでいるのは、キリタイ族内部の情報だ。
情報を得るために捕虜を取ってくれと依頼があった。
「アレックス王太子。キリタイ族を連れてきた。バルタだ。何でも答えてくれるぞ」
アレックス王太子は、すぐキリタイ語の通訳を呼び、情報収集が始まった。
バルタが胸を反らし、偉そうな態度で話し出した。
「喜べ。アルゲアスの王太子よ。我が主の命により、話をしてやるぞ。知りたいことを教えてやろう」
通訳が呆れた顔で、アレックス王太子にバルタの言葉を伝えた。
アレックス王太子が怪訝な顔をする。
「我が主?」
「ガイアだ」
通訳された言葉を聞いて、アレックス王太子は口を大きく開けて固まった。
しばらくして再起動する。
「ガイア……どういうことだ?」
「どういうことか俺が知りたい。バルタを捕虜にしたら、家臣にしろと売り込みを受けた。捕虜になっても自分を売り込むのが、大陸東側の習慣だと思っていたが? 違うのか?」
「違うぞ」
俺のすっとぼけに、アレックス王太子がキレのあるツッコミを入れる。
ここは強行突破である。
「そうか。違うのか。では、キリタイの習慣なのかもしれない。とにかく、俺はバルタの申し出を受け入れて、捕虜にしたキリタイを家臣にした。バルタたちは今後、バルバル内のキリタイ族として生きていく」
「前代未聞だな……。まあ、良い。釈然としないが、情報が得られることに変わりはない」
俺は強引にバルタたちバルバルキリタイの存在を、アレックス王太子に認めさせた。
捕虜をどう扱うか決める権利は、捕まえた者にある。
捕虜も戦利品だからだ。
とはいえ、キリタイ族はアルゲアス王国と戦っていた敵である。
俺たちバルバルがキリタイを取り込むことは、アルゲアス王国軍にとって、あまり面白いことではないだろう。
俺はアレックス王太子がどう出てくるか予想できずに、ちょっと心配だったのだが、アレックス王太子は『情報が得られるならOK』と割り切ってくれた。
俺は内心胸をなで下ろした。
さて、バルタは知っている限りのキリタイ族の内部情報を話し、アレックス王太子を満足させた。
「どうだ。アルゲアスの王太子よ。我の情報は役に立つであろう?」
「ああ。満足した」
「では、報酬をくれ。アルゲアス王国軍に捕まったキリタイ捕虜をもらいたい。馬も付けてくれ」
「ガイア?」
アレックス王太子は、バルタのペースに巻き込まれて困惑している。
俺は頭をかいて苦笑いだ。
「あー、バルタはこういうヤツなんだ。押しが強い。とりあえずキリタイ族の捕虜に面会をさせてやってくれないか? それでバルタが話して、俺たちバルバルに合流するというキリタイ捕虜は、バルバルで引き取りたい」
「ううむ……」
俺の希望にアレックス王太子が腕を組んで考える。
捕虜は奴隷として売り払えるから、現金収入源だ。
アルゲアス王国軍としては、収入が減るのは面白くない。
俺はアレックス王太子に説明する。
「バルバルは騎兵が弱いんだ。キリタイ捕虜で騎兵を強化するのが狙いだ。バルバル傭兵軍が強化されることは、アルゲアス王国にもメリットがあると思うが?」
「むっ……! それもそうだな……」
アレックス王太子の表情が好意的に変わった。
アルゲアス王国は、アレックス王太子を窓口として俺たちバルバルと同盟関係を結んでいる。
アレックス王太子の戦略としては、バルバルや他の国と協力して、ヴァッファンクロー帝国を挟撃することだ。
もちろん、ヴァッファンクロー帝国は強大なので、今すぐどうこう出来る相手ではないが……。
将来、アレックス王太子が王位を継ぐ頃は、どうかわからない。
その時、ヴァッファンクロー帝国の西側にいる俺たちバルバルが強力になっていれば、ヴァッファンクロー帝国を倒しやすくなる。
アレックス王太子は、そんな未来を頭の中で描いたのだろう。
フッと笑った。
「良いだろう。好きに連れて行け」
「ああ、感謝する」
こうして、俺たちバルバルは、アルゲアス王国軍が捕えたキリタイ捕虜六十人も仲間に引き入れた。
バルバルキリタイは、女子供も含めて総勢百十人。
有力な騎兵を得たことに、俺は満足した。





