第61話 アトス叔父上の銭勘定
俺はキリタイ捕虜のバルタが口にしたことを考える。
『よし! 俺はオマエを族長と認めてやろう』
どういう意味だろうか?
俺は歩きながら考えたが、どうもよくわからない。
一方でバルタはウンウンと満足そうにうなずいている。
俺はバルタに言葉の真意を尋ねた。
「それは……、俺の家臣になるということか?」
さすがにないと思う。
俺はバルタにとってつい先ほどまで戦っていた相手であり、さらにバルバルはヴァッファンクロー帝国の支配下にあるのだ。
アルゲアス王の家臣になるとか、ヴァッファンクロー皇帝の家臣になるとか、独立国の支配者の家臣になるのならわかる。
大きい国の家臣になれば、立身出世の道が開ける。
手柄を立てれば得られる物が大きいだろう。
俺の家臣になるメリットはない。
だが、バルタの『族長として認める』という言葉を考えると、『俺の家臣になる』しか思いつかない。
俺は困惑している。
一方、バルタは俺の気持ちなどお構いなしに、爽やか笑顔で答えた。
「そうだ。喜べ。ガイアよ。オマエは俺を好待遇で召し抱えるのだ」
「いや、待て!」
「オマエは幸運だ。俺の弓はキリタイで一番だ。俺を家臣に出来るなど、望外の幸運だぞ!」
「……」
えっ? 何これ? 売り込みなのか?
普通、言わないだろう。
好待遇で召し抱えろとは……。
バルタの言葉に困惑しながら歩き続けていると、バルバル傭兵軍の船に到着した。
船では叔父のアトスが出迎えた。
「おお! ガイア! 生け捕りに成功したようだな! よくやった!」
叔父アトスが『ウシシ」と笑う。
多分、アルゲアス王国からもらう礼金を考えているのだろう。
俺がアトス叔父上と話していると、縛られたままのバルタが口を挟んできた。
「おい! ガイア! こいつは誰だ?」
「俺の叔父であるアトスだ」
「おお! そうか! では、これから仲間だな! 我はバルタだ。アトス殿、よろしく頼むぞ! なーに、馬上の戦は任せたまえ! ワハハハ!」
バルタは自信満々で一方的に話すと、高らかに笑った。
「ガイア。この捕虜は何と言ったのだ?」
「えーと……」
俺はアトス叔父上にバルタの言葉を翻訳して伝えた。
アトス叔父上は、ぽかーんだ。
「ガイアよ。どういうことだ?」
「いや、それがですね――」
俺はアトス叔父上に事情を説明した。
生け捕り作戦の経緯。
捕虜にしたバルタと話していたら、バルタが俺の家臣になると言い出したこと。
一通り話し終わると、アトス叔父上はアゴに手をあてて考え始めた。
「なるほど……。キリタイの有力部族の将が家臣になると言っているのか……」
「ええ。突然のことで驚いてしまいました。どうしたものかと……」
アトス叔父上の目がキラリと光った。
「ふっふっふ……、良いじゃないか! 召し抱えてしまえ!」
「ええっ!?」
アトス叔父上の言葉に、俺は驚く。
「ガイアよ。キリタイといえば、有名な騎馬民族だ」
「そうですね」
「我らバルバルは騎兵が弱い。この男を召し抱えれば、騎兵が強化出来る!」
「なるほど……、いや! ちょっと待って下さい! 騎兵を強化ということは、他のキリタイ捕虜も召し抱えるのですか!?」
「そうだ! バルバルの中にキリタイ族がいても良かろう?」
アトス叔父上は、ニンマリと笑った。
「ううん……なるほど……」
俺はアトス叔父上の考えにうなる。
バルバル傭兵軍は歩兵が中心だ。
遠距離攻撃では、エルフ族が魔法兵と弓兵を兼ねる。
突破力のある騎兵はいない。
最近は俺も馬に乗るが、騎兵というより指揮官として馬に乗っている。
馬に乗っている方が立派に見えるので雇い主のウケが良いし、戦場では視点が高くなるので指揮がしやすいのだ。
エルフ族も馬に乗ってもらっているが、騎兵として突撃出来るほどの騎乗技術はない。
キリタイ族をバルバルに迎えてバルバル傭兵軍の戦力をアップするのは、良いアイデアだ。
しかし……。
「アトス叔父上。キリタイ族を信用出来ましょうか?」
ポイントは、キリタイ族を信用出来るかどうかだ。
バルバル傭兵軍とキリタイ族は、つい先ほどまで戦っていた。
キリタイ族は家族で参戦している者もいる。
中には身内をバルバルに殺された者もいるだろう。
俺に臣従すると言ったバルタだって、腹の中で何を考えているのか知れた者ではない。
俺が懸念材料を口にすると、アトス叔父上は深くうなずいた。
「うむ。正直、信用出来ん。我らとは言葉も違うし、着ている服も違う。だが、キリタイの連中が裏切ることはないと思う」
「えっ……?」
信用出来ないが、裏切らないと思う。
アトス叔父上の矛盾した言葉に俺は首を傾げる。
「ガイアよ。先ほどキリタイの事情を、お主がワシに話したではないか。そこのバルタたち捕虜になった連中は、キリタイの王に疎まれているのだろう?」
「ええ。その通りです。バルタの話には信憑性があります。乳飲み子を抱えた女もいました。参戦を強制させられたのは明らかです」
「ならば、バルタたちはキリタイに居場所がない。お主に仕えるフリをして、キリタイに逃げ帰るということはないと思うぞ」
「なるほど! 確かにそうですね!」
的を射る読みだ。
俺はアトス叔父上の読みに感心する。
だが、わからないこともある。
「ですが、バルタ以外のキリタイも俺に従うでしょうか?」
「従うと思うぞ。連中はこのまま行けば、良くて奴隷。悪ければ、我らがアルゲアス王国になぶり殺しだ。どう考えても、楽しい未来はないだろう」
「であれば、俺に従った方がマシだと?」
「そうだ。キリタイの連中が信用出来ようが出来まいが関係ないのだ。連中はガイアに従うほか選択肢がないのだ」
さすがアトス叔父上だ。
キリタイの置かれた状況を冷静に見た上での進言だった。
「しかし、良いのですか? アレックス王太子から礼金をもらえなくなりますが?」
俺の質問にアトス叔父上は、腕を大きく広げて答えた。
「ガイアよ。何を言っているのだ! 我らはアレックス王太子の勝利を決定づける活躍をしただろう? 傭兵としての依頼は、しっかりこなしたのだ。さらにアレックス王太子が欲しているのは、情報だろう? キリタイに情報を話させれば良いではないか! だから、礼金はしっかり取るぞ!」
なるほど! さすががめつい! 銭勘定はしっかり考えた上で、キリタイを家臣にしろと言っているのか!
俺はアトス叔父上にニヤリと笑った。
「わかりました! キリタイを召し抱えましょう。バルタに他のキリタイ捕虜を口説くように命令します」
「うむ! これで我らはさらに強くなるぞ!」





