第60話 捕虜の話~キリタイの内部事情
「よーし! 引き上げるぞ!」
「「「「「うーす!」」」」」
俺の指示でバルバル傭兵軍は、生け捕り作戦を切り上げ、船までの帰路についた。
俺の妻でエルフ族のジェシカと大トカゲ族のロッソが、何とも微妙な表情で愚痴をこぼしている。
「まったくさ。キリタイって、どういう部族なのよ!」
「本当だよな! 捕まえてみれば、ガキは多いし、女も多い! 先に逃がせってんだ!」
「そうよねー!」
二人の愚痴には、俺も同意する。
結局、俺たちは生け捕り作戦を何回も実施して、それなりの身分と思われるキリタイ騎兵を捕えた。
ところがだ!
捕えても捕えても、家族が一緒なのだ。
みんな女房子供付き。
中には乳飲み子を抱えたまま参戦していたバカもいた。
まったくどういう神経をしているのだろう?
俺がキリタイの族長だったら、『乳飲み子と母親は家にいろ!』と絶対に命令する。
エルフ族、大トカゲ族、他のバルバル歩兵たちも、ジェシカとロッソと同じような気持ちなのだろう。
眉間にしわを寄せている者もいれば、盛んに首をひねっている者もいる。
逃げてくるキリタイ騎兵の数が少なくなったので、アルゲアス王国軍が担当した主戦場での争いは、もう、終わったのだろうと判断して、俺たちは生け捕り作戦を切り上げたのだ。
生け捕りにしたのは、合計五十人で十家族。
成人男性は十人。
残りは女と子供だ。
俺たちバルバルは帝国で野蛮人ということになっているが、鬼じゃないし、家族愛は強い。
だから、家族で戦場に来て捕らわれたキリタイ騎兵の女子供は、何となく気の毒だし、男どもには腹が立っている。
ジェシカは怪我をした女子供をかいがいしく手当てした。
誰もジェシカに文句は言わなかった。
文句どころか、子供や女は馬に乗せ、バルバル歩兵が馬を引いている。
一方で捕虜にした男は、ロープで数珠つなぎにして歩かせている。
さて、ジェシカとロッソの愚痴は止まらない。
結構、感情的になっている。
「ねえ。ガイア。そこのキリタイの偉い人に聞いてくれない? 何でこんな家族ばっかりなのよ! それも乳飲み子がいるのよ!」
「そうだ! どうかしてるぜ! 理由を聞いてくれ!」
捕虜の事情聴衆は、アルゲアス王国軍に任せようと思っていたが、ジェシカとロッソの指摘は俺も疑問に感じている。
俺は言葉をキリタイ語に変えて、最初に捕虜にした身なりの良い男に質問した。
「なあ、アンタがこの中で一番偉いのか?」
「そうだな」
男は素直に答えた。
生け捕りにした時は、険しい表情で反発をしていたが、ジェシカが女性や子供を手当てしている姿を見て、大分態度が軟化したのだ。
「質問があるんだ。何で家族ばかりなんだ? 俺たちも家族で戦場に出ることはある。俺の叔父も戦場に来ているし、そこは叔父と姪だ」
俺はエラニエフとジェシカを順番に指さした。
「だが、こんな小さな子供は戦場には出さない。家で留守番だ。乳飲み子を抱えた母親なんて、絶対に戦場にださん!」
「そりゃ、そうだろう。我らキリタイも同じだ」
俺の質問に捕虜のキリタイ男はしれっと答えた。
俺は思わず足を止める。
「いや、待て! そりゃそうだろうって言うけど、現に子供や乳飲み子を抱えた母親を捕虜にしたぞ!」
「まあ、色々あるんだ……」
捕虜のキリタイ男は、気まずそうに下を向いた。
「説明してくれないか? 俺たちみんな疑問に思っているんだ。あの二人は怒っているし、あの連中は納得出来なくて首をひねっている。ちゃんと理由を説明した方が、あんたらキリタイ捕虜の扱いが良くなると思うぞ」
「むっ……! そうか……、うーむ……」
捕虜のキリタイ男は、しばらく悩んでいた。
俺が歩き出すと、ぽつりぽつりと語り出した。
「俺の名はバルタ。パララタイ氏族だ」
「うん、バルタだな。パララタイ氏族というのは?」
「キリタイの有力氏族だ。何人も大族長を送り出した氏族だ」
「なるほど」
バルタによれば、キリタイには四つの有力氏族があり、キリタイの大族長はこの四つの氏族出身者が多いそうだ。
だが現在のキリタイ大族長はコラクサイ氏族の出身で、バルタのパララタイ氏族と仲が悪い。
「大族長は我らパララタイ氏族に命令したのだ。パララタイ氏族全員が戦場に立ち忠誠を示せと」
「それで子供も戦場に?」
「そうだ」
キリタイ捕虜のバルタは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
俺は歩きながら考える。
これは罠なんじゃないか?
キリタイの大族長が、仲の悪いパララタイ氏族の数を減らそうとして、パララタイ氏族に無理を突き付けたのでは?
俺はキリタイ捕虜のバルタに、俺の考えをぶつけてみた。
するとバルタはあっさりと認めた。
「恐らく、オマエの考える通りだろう。アルゲアス王国との戦いが不利になると大族長は真っ先に逃げ出した。我らパララタイ氏族は逃げ遅れたのだ」
「あー……、それで女子供が多いのか……」
「うむ」
何とも気の毒な話ではあるが、俺にはどうにも出来ない。
俺はバルタから聞いた話を、バルバルの言葉でバルバル傭兵軍に伝えた。
みんな呆れたり怒ったりしていた。
大族長が真っ先に逃げ出したことに呆れるし、仲が悪い氏族だからとわざと戦死させようと幼い子供や乳飲み子を抱える母親も戦場に出るように命じたことに怒りを感じた。
ロッソなど余程腹に据えかねたらしく、『陰湿な根暗野郎だ!』と地面を蹴っていた。
バルバルのみんながザワザワする中で、バルタが俺に質問した。
「オイ! オマエは何と言う名だ? オマエが族長か?」
「俺の名はガイアだ。ブルムント族の族長だ」
「ブルムント族? 聞かんな……。アルゲアス王国に住んでいるのか?」
「違う。アルゲアス王国よりも西に住んでいる。海を越えたところにある」
「アルゲアス王国に従属しているのか?」
「違う。俺たちバルバルは、ヴァッファンクロー帝国の支配下にある部族だ」
「ヴァッファンクロー帝国というと、アルゲアス王国の西にある大国だな」
バルタは興味津々の様子で、俺やバルバルについて質問してくる。
どうせ船まで戻らなくてはならないので、俺は道中の暇つぶしに色々と話してやった。
船が遠くに見えてきたなと思ったら、バルタが晴れやかな笑顔で俺に告げた。
「よし! 俺はオマエを族長と認めてやろう」





