第59話 キリタイ人の捕虜
生け捕りには成功したが、俺たちの間に微妙な空気が流れた。
家族で戦場に出る――バルバルではあることだが、他の軍では一般的ではない。
ヴァッファンクロー帝国軍でも、アルゲアス王国軍でも、軍は成人男性で構成されるのが一般的なのだ。
それにバルバルでも一定の年齢以上、十二、三歳にならなければ、戦場には出られない。
だが、捕虜にしたキリタイ人五人のうち子供は三人、それも十歳になっていないのではないかと思われる。
さすがに、バルバルでもこれほど小さな子は戦場に出さない。
「何でガキがいるんだよぉ~!」
ロッソが弱った声を出す。
ロッソは見た目こそイカツイが、優しい男だ。
バルバルの子供にも人気がある。
敵とはいえ小さな子供が戦場にいることを、ロッソは嘆いている。
俺は切ない気持ちだ。
父と母と出た初めての戦場を思い出した。
父も母もあの戦場で死んでしまった。
ジェシカが俺の手を握ってきた。
ジェシカも戦で両親を亡くしている。
家族で戦場に出たキリタイ捕虜五人を見て、俺と同じように切ない気持ちになったのだろう。
俺はジェシカの手を優しく握り返した。
ジェシカが、ため息をつく。
「ねえ。ガイアはキリタイの言葉を話せる?」
「ああ」
「じゃあ、どうして家族で戦いに来たか聞いて」
「わかった」
俺は言葉をキリタイ語に切り替えて、キリタイ人の男に質問した。
「おまえたち五人は家族か?」
キリタイ人の男が、ジロリと反抗的な目で俺を見て黙っている。
女と子供は驚いている。
多分、俺がキリタイの言葉を話したからだろう。
俺は話を続ける。
「隣にいるのは、俺の妻だ。妻が女子供を見て驚いているんだ。俺が気に入らないなら妻に話してくれ」
キリタイ人の男は、怪我をしている女と顔を見合わせ、渋々といった様子で短く返事をした。
「俺たち五人は家族だ」
キリタイ人の男が返事をしてくれたので、俺はさらに質問をする。
「なぜ、家族で戦場に来たんだ? 女子供が戦場に来るのは珍しいぞ」
キリタイ人の男は、俺の質問をフンと鼻で笑った。
「キリタイは戦になれば女子供でも馬に乗り弓を使う。誇り高く戦うのだ」
「キリタイとは、そういう部族なのか?」
「そうだ」
俺はキリタイとの会話をバルバルの言葉に訳し、バルバル傭兵軍に話した。
「ふーん……」
「まあ、家族で戦うのは、俺たちもやるけど……」
「けど、あんな子供までなぁ……」
「チッ! ガキの目の前じゃ、親を殺せねえじゃねえか!」
みんな身内を戦で亡くしている。
みんなの反応を見ると、下を向いたり、地面を蹴ったりで、俺と同じようで身につまされているようだ。
ジェシカが腰の袋から小さな木の器を取り出した。
薬草を練り込んだ傷口が入った器だ。
捕虜のキリタイ女は怪我をしている。
手当をしようというのだろう。
ジェシカがキリタイ女に近づくと、子供三人が縛られたまま女の前に立ち塞がった。
母を守ろうとしているのだ。
「ねえ。お母さんは怪我をしているわ。手当をさせて」
ジェシカがバルバルの言葉と身振り手振りで子供たちに話しかけるが、子供たちの意思は強固だ。
ジェシカが子供を押すと、子供たちは縛られているにも関わらず体全体を使って押し返す。
ロッソが額に手をあてて天を仰ぐ。
「ああ、見てらんねえな……」
まったくだ。
怪我をした母を守ろうとする子供……。
痛々しいことこの上ない。
キリタイ捕虜が同情の視線を集めた。
だが、ドライが細い目を光らせて注意を呼びかける。
「ジェシカ! 離れろ! ガキだからって油断するな。腰にはナイフを差しているし、馬に乗れて、弓だって使えるんだ」
「えっ!?」
改めてキリタイの子供を見ると、腰に小さなナイフを差している。
子供用のナイフなのだろう。注意して見ないと見落とすサイズだ。
ロープで後ろ手に縛られているとはいえ、これは不味い。
すぐにバルバルの歩兵が、子供の腰からナイフを取り上げた。
「オメエら油断するな! 家族で戦場に出て来たってことは、このガキたちは戦う能力があるんだ! ロッソ! オメエもだ!」
ドライの言うことは厳しいが、もっともだ。
女子供だと思って気を緩めた俺たちが悪い。
だが、ドライの理屈は分かるが、どうにも気合いが入らない。
やはりこの家族に我が身を重ねてしまうのだろう。
ジェシカが俺の脇腹を小突く。
「なんだよ?」
「通訳して!」
「わかったよ」
ジェシカは子供たちに優しく微笑みながら話しかけた。
「あなたのお母さんは怪我をしているわ。これは薬よ。怪我の手当をさせて」
俺はジェシカの言葉をキリタイの言葉に通訳する。
子供たちが、『どうする? どうする?』と顔を見合わせている。
俺はキリタイ人の男に話しかけた。
「おい。この女の手当をするぞ。俺の妻が手当てするから安心しろ」
キリタイの男はジロリと俺を見てから、子供に下がるように伝えた。
ジェシカがキリタイの女に近づき、俺たちに命令した。
「ほら! 男どもは、後ろを向いて! 女性の肌を見るな!」
「あー、これだよ! 甘すぎるぞ! ここは戦場だぞ!」
ドライがブツクサと文句を言いながら、キリタイの女に背を向けた。
ドライは文句を言いつつも、ジェシカの言うことをきいた。
キリタイの女を手当てすることに賛成なのだ。
大トカゲ族のドライは、青い肌で細い目。
冷酷そうに見えるけど、実はまめまめしく世話を焼くヤツだ。
そうじゃなきゃ、ロッソが大トカゲ族の族長なんて出来ない。
ドライがサポートしているから、ロッソが威張っていられるのだ。
俺はドライの態度に内心ニヤニヤしながら、キリタイ女に背を向けた。
もちろん、横目でキリタイの男を牽制したのは、言うまでもないことだ。
油断大敵……。





